RIAA統一以前、リスナーはどのようにレコードを再生していたか — カジュアル・マニア・プロの3層

最終更新: 2026年4月12日 読了時間の目安: 約11分

当時のリスナーはどうやってレコードを聴いていたのか?

このページで答える問い: RIAA カーブによる統一以前、一般のリスナー、オーディオ愛好家、プロの現場は、それぞれどのようにレコードを再生していたのか。



カジュアルリスナー — 特に何も考えずに聴いていた

1940年代の一般的な家庭用電蓄には、 再生EQカーブを選択する機能はありませんでした。

多くの民生機にはクリスタル(圧電式)ピックアップが搭載されており、 その定振幅特性が録音カーブをおおまかに打ち消してくれるため、 EQ回路がなくてもそれなりの帯域バランスで音が出ました。 (→ レコード再生の技術はどう進化したか?

リスナーが唯一操作できたのはトーンコントロールです。 主な用途はサーフェスノイズ(盤面のシャーという雑音)の軽減で、 高域を適度に絞って聴くのが一般的でした。

実際、1945年に行われた聴取テスト(B.B. Bauer, Electronics誌)では、 非技術者100名のうち71%が、3,000Hz でカットオフした音を好みました。 一方、ラジオエンジニア100名以上では、87%が5,000Hz 以上の再生を好んでいます。

当時の一般的なリスナーにとって、 高域はノイズの原因であり、「もっと聴きたい」ものではなかったのです。


「まがいものの高忠実度」

1944年、音楽評論家の D.J. Julian は American Music Lover 誌で、 当時の録音に対する不満を率直に述べています。

3,000Hz 付近の周波数を強調して、安いセットでは「きらびやかに」聞こえるような 「まがいものの高忠実度」(phony high fidelity)が横行している。 出力トランスが 3,000Hz 以上で急降下する安い機器では映えるが、 良い機器で聴くと、トーンコントロールを最大限絞らないと耳が痛い。

このように、録音側がリスナーの安い再生機器に合わせて音を作り、 それが高品質な再生環境ではかえって問題になるという状況が、 1940年代にはすでに生じていました。


オーディオ愛好家 — 知りたいが情報がない

一般リスナーとは対照的に、より良い音を求めるオーディオ愛好家たちは、 レコードの「正しい再生設定」を知りたがっていました。

Audio Engineering 誌の編集部には、読者から次のような質問が届いていました。

  • 「○○レーベルのレコード○○の、正しいターンオーバー/ロールオフの値を教えてほしい」
  • 「全レーベルの再生EQカーブの完全なリストを提供してほしい」

編集長 John H. Potts は1947年11月号で、こう訴えています。

より良いピックアップやアンプが手に入るようになった今、 レコードの技術データがもっと必要だ。 これらの機器を賢く使うためには、 録音に使われたクロスオーバー周波数とプリエンファシスの量を 購入者が知ることができなければならない。

しかし、レーベル各社が録音特性を積極的に公開することはなく、 愛好家たちは手持ちのトーンコントロールで試行錯誤するほかありませんでした。

前述の Julian は、同じ1944年の記事でこうも書いています。

各社のエンジニアたちが気まぐれに話す、さまざまな言語の混乱を、 忍耐強いクラシックレコード購入者に押しつけることが賢明だとは思えない。 実験は研究所の中でやるべきであって、消費者を相手にすべきではない。


プロの現場 — 規格化された切替式イコライザ

放送局などのプロフェッショナルな現場では、事情が異なりました。

業務用トランスクリプションターンテーブルには、 再生イコライザの切替機能が備わっていました。 ただし、その選択肢は現代の可変EQフォノイコライザほど多くはありません。

RCA 70-C1(1945年)/ 70-D(1948年):

  • NAB ラテラルカーブ
  • FLAT(500Hz 以上フラット)
  • 高域減衰数段階(サーフェスノイズ対策、摩耗盤用)

Pickering 163A(1948年):

  • 5ポジション切替(フラット / NABトランスクリプション / 高域減衰数段階)

Western Electric 171A + KS10066 スイッチ(1945年):

  • トランスクリプション規格に対応した複数ポジション

注目すべきは、プロ用機材でさえ 「NAB規格 / フラット / ノイズ対策」という比較的少ない選択肢に限られていたことです。 当時は、NAB標準化の対象だった業務用トランスクリプション盤以外については、 プロの現場でもカーブの特定が難しい状況でした。


Battle of the Speeds — さらなる混乱(1949年〜)

1948年6月に Columbia が LP(33⅓回転)を、1949年1月に RCA Victor が 45回転盤を発表。 従来の78回転盤と合わせて、3つの回転数が併存する事態になりました。

New York Times は1949年1月10日の見出しで、こう報じています。

「Trade War Traps Record Buyers; 3 Devices Needed to Play All Types」 (業界の争いがレコード購入者を罠にかける — すべてのタイプを再生するのに3つの機器が必要)

混乱は回転数だけではありません。 レーベルごとに録音特性が異なり、スタイラスの径さえ統一されていませんでした。 レコード史家 Read & Welch は1959年の著書 From Tin Foil to Stereo で、こう記しています。

Julian がその文章を書いた時よりも、録音特性に関する状況はさらに悪化した。 現行の LP の録音特性は各社でばらばらであり、 再生に使うスタイラスの径にさえ違いがあった。


民生用アンプとカーブ切替

1950年代に入ると、ハイファイブームの波に乗って、 民生用のプリアンプやレシーバーにもフォノEQの切替機能が搭載され始めます。

しかし、その選択肢は意外なほど限られていました。

1952〜1953年頃の民生用アンプ(Bell 2200、Fisher 50-C、Newcomb Classic 25、 Stromberg-Carlson AR-425 など)を調べると、 マイクログルーヴ盤用のポジションはほとんどが「Columbia LP / NAB」と「AES」の2種類程度です。 Newcomb Classic 25 に至っては、マイクログルーヴ用には「AES」しかありませんでした。 「RCA」や「Orthophonic」というポジションを持つアンプは、この時期にはほぼ見当たりません。

例外的に多機能だったのが Marantz Audio Consolette(1951年)で、 ターンオーバーとロールオフを独立に設定できる設計でした。 しかし、こうしたアンプはまだ非常にまれな存在でした。

さらに厄介なのは、同じ「AES」や「LP」という名前のポジションでも、 アンプの実装によって実際の再生カーブが異なっていたことです。 回路図を見比べれば容易に確認できるこの事実は、 当時のリスナーにとってはさらなる混乱の種でした。

RIAA 策定の前年、1953年4月に発表されたエンジニア記事(Charles P. Boegli, "New Developments in Phono Equalizers", Radio & Television News)は、この状況をより直接的に描写しています。Cincinnati Research Company のオーディオエンジニア Boegli は、記事の中で、各レコードメーカに直接問い合わせて録音特性のデータを集めたと述べています。RCA Victor などは協力的でしたが、返信が遅いメーカや、問い合わせを完全に無視するメーカもあった、と記されています。得られた情報に基づき、Boegli は 250N-FLAT、NAB、Columbia LP、AES、London ffrr、New Orthophonic など10種類以上の再生カーブ用回路図を整理しました。そして記事の結論部で、当時の民生用レコード再生の実態をこう書いています:

「リスナーは一般的に、アーティストやテクニカルディレクターが音の再生に関して何を望んでいるのかを知る術がない。そのため、耳(試聴)頼りでイコライザを無作為に選択することとなり、そのため上述の通り満足のいく再生が得られることはほとんどない。そしてこれが、イコライザの設計について、数多くの記事が発表されてきている本質的な理由である。」

1954年に出版されたハイファイ入門書(Lewis C. Kendall, Hi-Fi Handbook)は、アンプ製造メーカの立ち位置を端的に示しています。同書は、レコードコンペンセーター(カーブ切替スイッチ)について「リスナーにおおむね正確な補正 (more or less accurate compensation) を提供するもの」と説明し、完全に正確な補正を提供するイコライザは存在しない、と明言しています。その理由として、部屋やスピーカーの音響特性のばらつき、レコード自体がスタンパーの摩耗により高域特性が変化し意図された規格からずれること、そしてレコード製造メーカ間でカーブが統一されていないことを挙げています。

1953年の Boegli、1954年の Kendall ― エンジニア側とユーザ啓蒙書側という異なる立場からの2つの一次資料が、同じ状況を証言しています。当時の民生用フォノ再生は、厳密なカーブ一致ではなく「耳頼りのおおよその補正」に留まっていた、ということです。

ステレオ時代の急速な収束

1958年春にステレオレコードが登場すると、状況は急速に変わります。

初期のステレオアンプの中には、非RIAAカーブが左チャンネルにしか効かない設計のものもあり、 取扱説明書には一様に「最新のLP・45回転盤・ステレオ盤はRIAAポジションで聴くように」と書かれていました。

1960年代半ばまでに、RIAA専用のフォノイコライザを搭載するアンプが全体の80〜90%を占めるようになります。 複数カーブ対応を維持したのは、McIntosh C-20(1959年)や Harman-Kardon Citation I(1960年)など、 ごく一部の高級機に限られました。


プロフェッショナル現場での再生対応

放送局や録音スタジオでは、民生用とは異なる課題がありました。

マイクログルーヴへの適応(1950年頃)

LP と 45回転盤が登場しても、プロ用再生機材の対応はすぐには追いつきませんでした。

1950年の RCA Broadcast News に掲載された記事 (H.E. Roys, "How to Use Standard Filters with New Flat Magnetic Pickup")は、 NABトランスクリプション用の再生フィルター MI-4975 を新しいマイクログルーヴ盤に使う方法を解説しています。 しかし、Columbia と RCA Victor では録音特性が異なるため、 両方を完全にフラットに再生することはできず、 抵抗とコンデンサによる「妥協的な」補正回路が紹介されていました。

プロの現場でさえ、マイクログルーヴ盤の再生特性は手探りだったのです。

同時期の Gray 602 イコライザ(1950-51年)は、放送局向けに4つのポジションを用意していました。

  1. FLAT
  2. Transcriptions(NAB)& Quiet Records
  3. Good Records
  4. Poor Records

「良いレコード」と「悪いレコード」という分類名に、 当時のカーブ選択がいかに手探りだったかが表れています。

NARTB / AES / RIAA による標準化(1953〜1954年)

1953年6月に NARTB(旧NAB)が録音・再生規格を改訂し、 1954年1月に RIAA が規格を承認(標準文書の流通は同年6月)、同年6月に AES も最終承認。 3つの規格は実質的に同一の特性を定めたものでした。

この標準化を受けて、プロ用再生機材も RIAA 対応に移行していきます。 Cinema Engineering Type 7087 のようなパッシブ型再生イコライザが登場し、 スタジオでのモニター再生に使われるようになりました。

録音システムに組み込まれた再生イコライザ

注目すべきは、1950年代後半以降の録音システム(カッティングシステム)にも、 モニター用の RIAA 再生イコライザが内蔵されるようになったことです。

Gotham PFB-150WA 録音アンプ(1954-55年頃)は RIAA カーブとの誤差 2dB 以内の周波数特性を持ち、 Fairchild 641 ステレオ録音システム(1958年)や Westrex 3A/2B システムにも RIAA モニター再生回路が組み込まれていました。

1950〜70年代の多くの録音システムの回路図やマニュアルを調べると、 録音アンプに RIAA 録音イコライザが、 モニター再生アンプに RIAA 再生イコライザが内蔵されていることが確認できます。

民生用アンプがカーブ切替を維持していた移行期にも、 プロ用の録音・再生システムは RIAA 固定へと収束していったのです。


RIAA 統一でようやく解決へ

1954年にRIAAカーブが策定され、レーベル各社が順次移行していくことで、 「どのカーブで再生すればよいのか」という問いは、少なくとも新譜については解消に向かいます。

しかし、それ以前に録音された膨大なレコードについては、 「正しいカーブ」を特定する困難さは今も残っています。

RIAA以前にはどんなEQカーブがあったか?

可変EQフォノイコライザは必要か?

なぜEQカーブについてこれほど意見が分かれるのか?

詳しくは → Pt.9Pt.11Pt.12Pt.13Pt.17Pt.18Pt.19Pt.22


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変更履歴

  • 2026年4月12日: RIAA 標準文書の流通時期(1954年6月)を補足
  • 2026年4月9日: 民生用アンプとカーブ切替セクションに Boegli (1953) と Kendall (1954) の引用を追加
  • 2026年4月8日: 初版公開

MATSUBAYASHI 'Shaolin' Kohji <shaolin@rhythmaning.org>