同一レコード上で同一音源 (テストトーンではない) を複数カーブで聞き分けられる例はあるか?

最終更新: 2026年4月25日

録音カーブの違いを自分の耳で確かめられるレコードはあるか?

このページで答える問い: もう少し正確に言い換えれば、「同一レコード上で、同一音源 (テストトーン以外) を複数のカーブで聞き分けられる、客観的に裏付けのある例はあるか?」ということになります。

通常のレコードでは、どのカーブでカッティングされたかは事後的な推定に頼ることが多く、「同じ録音を別のカーブで聴き比べる」のは聴感判断の領域に踏み込みがちです。しかし、製作者自身が意図的に複数のカーブを使い分けて切ったレコードであれば、「カーブの違い」そのものを耳で確かめることができます。

筆者が知る範囲では、この条件を満たす例として広く知られているのは、Folkways の "Sounds of Frequency" シリーズ (FPX-100 / FX-6100, 1954) ただ一つです。この盤は、1954 年に RIAA カーブが策定されたまさにその時期、複数のカーブが並立していた過渡期に作られた、極めて稀な実例です。



1. FPX-100 / FX-6100 とは何か

"Sounds of Frequency" は、Folkways レーベルが 1954 年に発売したテスト LP で、録音・カッティング・解説執筆を Peter Bartók (1924-2020) 自身が担当しました。Peter は、20 世紀を代表する作曲家 Béla Bartók (1881-1945) の息子です。

カタログ番号は、ファーストプレスが FPX-100 (B 面 11 トラック)、セカンドプレスが FX-6100 (B 面 10 トラック) の 2 種類が確認されています。詳しい盤の情報や Peter Bartók 自身については Pt.17 セクション 17.5.7 を参照してください。

このページで注目するのは、B 面の最後の 3 トラックです。FPX-100 では Band 9 / Band 10 / Band 11、FX-6100 では Band 8 / Band 9 / Band 10 に、Bartók-Serly 編 "Mikrokosmos Suite" 第 8 曲 (Sixth Dance in Bulgarian Rhythm) の同一演奏が、それぞれ異なるディスク録音カーブで収録されています:

  • Band 9 (FX では 8): 500 cps turn-over、プリエンファシスなし (= 通称 500N-FLAT 相当)
  • Band 10 (FX では 9): 500 cps turn-over、プリエンファシス 2,000 cps から (= 1954 年 RIAA とほぼ等価)
  • Band 11 (FX では 10): 630 cps turn-over、プリエンファシス 1,600 cps から (= 通称「Bartók カーブ」、629/630N-16 相当)

ライナーノーツの記述は周波数 (cps) の丸め値で書かれていますが、後年の時定数による厳密な表記 (75 µs = 2,122 Hz、100 µs = 1,591 Hz) とは異なる点に注意が必要です。


2. ライナーノーツに残された Peter Bartók 本人の説明

FPX-100 / FX-6100 のライナーノーツ B 面解説の末尾には、Peter Bartók 自身の手による次の説明が記されています。

"From bands 9, 10 and 11 it should be evident that the loudest is Band 11, thus the advantage of the long-playing characteristics are proven. (The choice of recording characteristics is made with the purpose of finding one that will make it possible to record with the highest volume without overcutting at low frequencies and without creating excessive distortion at high frequencies.)

No sample of a completely 'flat' characteristics was included inasmuch as this would have been rather soft and only bass notes would have been heard."

(Band 9 / 10 / 11 を比べれば、最も大きな音量で再生されるのは Band 11 であることが明らかであり、これによって長時間記録特性の優位性が示されたことになる。録音特性の選択は、低域でオーバーカットせず、高域で過大な歪を発生させずに、可能な限り大音量で記録できる特性を見つけることを目的に行う。

完全にフラットな特性で記録されたサンプルは収録していない。それでは音が柔らかすぎて、通常のマグネットカートリッジ用補正回路で再生したときに低音しか聞こえなくなるからだ。)

— Liner notes of Sounds of Frequency (Folkways FPX-100 / FX-6100, 1954), Side B 解説末尾、Peter Bartók 執筆

つまり Bartók 自身が、Band 11 (630 cps turn-over / 100 µs preemphasis 相当) を長時間記録特性として最良の選択と位置づけ、「低域オーバーカット回避 + 高域歪み抑制 + 最大音量記録」というカッティング最適化のロジックでその採否を説明しています。

注目すべきは、Bartók が Band 10 を "(RIAA curve)" と明示的に呼んでいる点です。1954 年 1 月の RIAA 規格策定と同年、Bartók は 630 cps 提案と RIAA を並立する選択肢のひとつとして扱い、その上で 630 cps を「長時間記録の優位性」根拠で推しています。

629 と 630 — Bartók 氏本人による表記揺れ

通称「Bartók カーブ」のターンオーバー周波数については、629 cps と 630 cps の両方の表記が混在しています。これは出典側の丸め差ではなく、Bartók 氏自身が両方を使い分けていたことが分かっています。

  • 630 cps: 1954 年 Folkways FPX-100 ライナーノーツ Band 11 説明 (本節で引用)
  • 629 cps: Bartók 氏自身が立ち上げた Bartók レーベルの BR-918 (1954) 裏ジャケに "Recording characteristics: turn-over frequency — 629 cps. preemphasis 16 db, at 10 kc." と明記。詳しくは Pt.17 セクション 17.5.7 参照

数値としては 629 cps ≒ 253 µs、630 cps ≒ 253 µs と、同一カーブの丸め差です。本ページでは Bartók 氏自身が両方を使っていた事実を尊重し、文脈に応じて両方の表記を併用します。

後年のインタビューとの整合性

Bartók 氏は、後年の audioXpress 誌インタビュー では「ターンオーバーは 500 サイクル、高域プリエンファシスは 2,122 サイクルから始まる、それが RIAA カーブだった」と RIAA (500 Hz / 75 µs) を語るのみで、630 cps には触れていません。

これは矛盾ではなく、業界が RIAA に収束したあとのマスタリング実務を語っているため時期が違うだけです。1954 年の FPX-100 は RIAA 規格策定とちょうど同じ年に作られており、当時は 630 cps 提案と RIAA が並立する過渡期でした。本ページで扱う Bartók の 630 cps 選好は、あくまで 1954 年時点の過渡期の記録として位置づけてください。


3. デジタル配信版でも測定可能な EQ 差

FPX-100 / FX-6100 はオリジナル盤こそ稀少ですが、Smithsonian Folkways がオリジナル音源を「Science Series: Sounds of Frequency」としてデジタル化・配信しており、現在は Apple Music / Spotify などのストリーミングサービスおよび Smithsonian Folkways の直販サイトで誰でも入手できます。具体的な入手経路と聴取トラック番号は次の §4 で案内します。

このデジタル配信版を実測してみると、ライナーノーツに記された 3 種類のカーブ差が、測定可能なレベルでそのまま保たれていることが確認できます。筆者は Smithsonian Folkways 直販の FLAC 版 (44.1 kHz / 16 bit) を購入し、Band 9 / 10 / 11 (FX-6100 では Track 23 / 24 / 25) について Long-term Average Spectrum (LTAS) を 1/12 オクターブ平滑化で算出、Band 9 を基準にした差分をプロットしました。

主な数値は次の通りです (Band 9 を基準とした差分、dB):

周波数 (Hz) Band 10 − Band 9 Band 11 − Band 9
50 −1.5 −0.5
500 −0.7 +0.7
1,000 +0.1 +1.5
2,000 +2.3 +3.6
5,000 +8.4 +10.2
10,000 +13.6 +15.5
15,000 +10.3 +12.2

これらの数値は、ライナーノーツの記述と次のように整合します。

  • Band 10 (= 500 cps turn-over、2,000 cps preemphasis) の +13.6 dB @ 10 kHz は、RIAA 75 µs の理論値 +13.6 dB と完全に一致します
  • Band 11 (= 630 cps turn-over、1,600 cps preemphasis) の +15.5 dB @ 10 kHz は、100 µs (1,591 Hz corner) の理論値 +16 dB とほぼ一致します
  • 15 kHz 付近で理論値よりやや下がる傾向は 3 トラックに共通しており、LP プレスから A/D 変換に至る系全体での HF 減衰によるものと考えられます。3 トラックすべてで同方向に効くため、トラック間の差分そのものには影響しません

つまり、ライナーノーツに書かれた 3 種類のカーブが、デジタル配信版でも文献どおりに保存されていることが、定量的に確認できます。テープからカッティング、デジタル化に至るどこかでカーブを「揃えてしまう」ような操作は (上記の HF 減衰を除けば) 加えられていない、ということです。

読者がストリーミングサービスや Smithsonian Folkways で入手すれば、この測定可能な差を自分の耳で確かめることができます。次節では、具体的なトラック番号と聴取の手順を案内します。


4. 聴取の手順

入手経路:

注目するトラック: FX-6100 のデジタル配信版では、Track 23 / 24 / 25 が Band 9 / 10 / 11 に相当します。同一の Bartók-Serly 編 "Mikrokosmos Suite" 第 8 曲 (Sixth Dance in Bulgarian Rhythm) の演奏が、3 つの異なるカーブで連続して収録されています。

聴き取り方:

聴感で違いを確かめる際の最初の手がかりは、ライナーノーツで Bartók 自身が予告している通り、音量感と帯域バランスです。配信版を現代の RIAA 補正で再生したときに、3 トラックは次のように違って聞こえます。

  • Track 23 (Band 9, 500N-FLAT 相当): 高域プリエンファシスがないため、他の 2 つに比べて高域が控えめに、また音量もやや小さめに聞こえます
  • Track 24 (Band 10, RIAA 相当): RIAA カーブで切られているため、現代の RIAA 補正では最もフラットに近いバランスで聞こえます
  • Track 25 (Band 11, Bartók カーブ): 100 µs (= 1,600 cps から) の高域プリエンファシスのため、他の 2 つに比べて最も明るく、最も大きな音量で聞こえます (§2 で引用した Bartók 自身の "the loudest is Band 11" の発言と一致します)

3 トラックを通して聴くと、同じ演奏なのに音量感と帯域バランスがこれだけ変わることが直接実感できます。これは「カーブ違いを耳で確かめる」体験として、ほかに代えがたい価値があります。

ただし、聴感だけで未知の盤のカーブを当てるというのは、本ページが扱う話とは別の問題です。聴感は音量感や帯域バランスの違いに対する感度こそ高いものの、特定のカーブを 100 % の確度で識別する手段ではありません。本ページは、ライナーノーツによる客観的な裏付けが先にあり、その差を耳でも確かめられるという順序で読んでいただくのが最も誠実です。



MATSUBAYASHI 'Shaolin' Kohji <shaolin@rhythmaning.org>