同一レコード上で同一音源 (テストトーンではない) を複数カーブで聞き分けられる例はあるか?
録音カーブの違いを自分の耳で確かめられるレコードはあるか?
このページで答える問い: もう少し正確に言い換えれば、「同一レコード上で、同一音源 (テストトーン以外) を複数のカーブで聞き分けられる、客観的に裏付けのある例はあるか?」ということになります。
RIAA 策定前後の移行期のレコードについては、例えば Esoteric Sound Re-Equalizer III のマニュアル で、RIAA 以前のカーブでカッティングされたことが判明している LP と、同一内容・同一カタログ番号で RIAA に切り直されたことが確定している LP との見分け方の一般論 (デッドワックスのマトリクス、レーベル、ステッカー等) が解説されています。
ただし、どのカーブでカッティングされたかは事後的な推定に頼ることが多く、「同じ録音を別のカーブで聴き比べる」のは聴感判断の領域に踏み込みがちです。しかし、製作者自身が意図的に複数のカーブを使い分けて切ったレコードであれば、「カーブの違い」そのものを耳で確かめることができます。
筆者が知る範囲では、この条件を満たす例として広く知られているのは、Folkways の "Sounds of Frequency" シリーズ (FPX-100 / FX-6100, 1954) ただ一つです。この盤は、1954 年に RIAA カーブが策定されたまさにその時期、複数のカーブが並立していた過渡期に作られた、極めて稀な実例です。
1. FPX-100 / FX-6100 とは何か
"Sounds of Frequency" は、Folkways レーベルが 1954 年に発売したテスト LP で、録音・カッティング・解説執筆を Peter Bartók (1924-2020) 自身が担当しました。Peter は、20 世紀を代表する作曲家 Béla Bartók (1881-1945) の息子です。
カタログ番号は、ファーストプレスが FPX-100 (LP ボックス、B 面 11 トラック)、セカンドプレスが FX-6100 (通常の LP ジャケット、B 面 10 トラック) の 2 種類が確認されています。詳しい盤の情報や Peter Bartók 自身については Pt.17 セクション 17.5.7 を参照してください。
このページで注目するのは、B 面の最後の 3 トラックです。FPX-100 では Band 9 / Band 10 / Band 11、FX-6100 では Band 8 / Band 9 / Band 10 に、Bartók-Serly 編 "Mikrokosmos Suite" 第 8 曲 (Sixth Dance in Bulgarian Rhythm) の同一演奏が、それぞれ異なるディスク録音カーブで収録されています:
- Band 9 (FX では 8): 500 cps ターンオーバー、プリエンファシスなし (Band 10 のプリエンファシスなし版)
- Band 10 (FX では 9): 500 cps ターンオーバー、プリエンファシス 2,000 cps から (= 1954 年 RIAA とほぼ等価)
- Band 11 (FX では 10): 630 cps ターンオーバー、プリエンファシス 1,600 cps から (= 通称「Bartók カーブ」相当)
ライナーノーツの記述は周波数 (cps) の丸め値で書かれていますが、後年の時定数による厳密な表記 (75 µs = 2,122 Hz、100 µs = 1,591 Hz) とは異なる点に注意が必要です。
2. ライナーノーツに残された Peter Bartók 本人の説明
FPX-100 / FX-6100 のライナーノーツ B 面解説の末尾には、Peter Bartók 自身の手による次の説明が記されています。
"From bands 9, 10 and 11 it should be evident that the loudest is Band 11, thus the advantage of the long-playing characteristics are proven. (The choice of recording characteristics is made with the purpose of finding one that will make it possible to record with the highest volume without overcutting at low frequencies and without creating excessive distortion at high frequencies.)
No sample of a completely 'flat' characteristics was included inasmuch as this would have been rather soft and only bass notes would have been heard."
(Band 9 / 10 / 11 を比べれば、最も大きな音量で再生されるのは Band 11 であることが明らかであり、これによって長時間記録特性の優位性が示されたことになる。録音特性の選択は、低域でオーバーカットせず、高域で過大な歪を発生させずに、可能な限り大音量で記録できる特性を見つけることを目的に行う。
完全にフラットな特性で記録されたサンプルは収録していない。それでは音が柔らかすぎて、通常のマグネットカートリッジ用補正回路で再生したときに低音しか聞こえなくなるからだ。)
— Liner notes of Sounds of Frequency (Folkways FPX-100 / FX-6100, 1954), Side B 解説末尾、Peter Bartók 執筆
つまり Bartók 自身が、Band 11 (630 cps ターンオーバー / 100 µs プリエンファシス相当) を長時間記録特性として最良の選択と位置づけ、「低域オーバーカット回避 + 高域歪み抑制 + 最大音量記録」というカッティング最適化のロジックでその採否を説明しています。
注目すべきは、Bartók が Band 10 を "(RIAA curve)" と明示的に呼んでいる点です。1954 年 1 月の RIAA 規格策定と同年、Bartók は 630 cps 提案と RIAA を並立する選択肢のひとつとして扱い、その上で 630 cps を「長時間記録の優位性」根拠で推しています。
629 と 630: Bartók 氏本人による表記揺れ
通称「Bartók カーブ」のターンオーバー周波数については、629 cps と 630 cps の両方の表記が混在しています。これは出典側の丸め誤差ではなく、Bartók 氏自身が両方を使い分けていたことが分かっています。
- 630 cps: 1954 年 Folkways FPX-100 ライナーノーツ Band 11 説明 (本節で引用)
- 629 cps: Bartók 氏自身が立ち上げた Bartók レーベルの BR-918 (1954) 裏ジャケに
"Recording characteristics: turn-over frequency — 629 cps. preemphasis 16 db, at 10 kc."と明記。詳しくは Pt.17 セクション 17.5.7 参照
数値としては 629 cps ≒ 253 µs、630 cps ≒ 253 µs と、同一カーブの丸め誤差です。本ページでは Bartók 氏自身が両方を使っていた事実を尊重し、文脈に応じて両方の表記を併用します。
後年のインタビューとの整合性
Bartók 氏は、後年の audioXpress 誌インタビュー では「ターンオーバーは 500 サイクル、高域プリエンファシスは 2,122 サイクルから始まる、それが RIAA カーブだった」と RIAA (500 Hz / 75 µs) を語るのみで、630 cps には触れていません。
これは矛盾ではなく、業界が RIAA に収束したあとのマスタリング実務を語っているため時期が違うだけです。1954 年の FPX-100 は RIAA 規格策定とちょうど同じ年に作られており、当時は 630 cps 提案と RIAA が並立する過渡期でした。本ページで扱う Bartók の 630 cps 選好は、あくまで 1954 年時点の過渡期の記録として位置づけてください。
100 µs プリエンファシスは NAB/NARTB 議論で「過大」とされていた
引用文末尾の「高域で過大な歪を発生させずに」は、当時の業界文脈に重ねると一見不思議な記述です。NAB/NARTB の Recording and Reproducing Standards Committee (RRSC) 議論では、100 µs 級の高域プリエンファシス (16 dB at 10 kHz) は、カッターヘッドの過負荷やトレーシング歪の懸念から繰り返し論点となっており、最終的に 1954 年に承認された RIAA カーブは 75 µs (= 約 13.6 dB at 10 kHz) と、より穏やかな数字に収束しています。Bartók 氏が同じ 1954 年に 100 µs を「高域歪みなし」として採用しているのは、業界主流の判断と逆向きに見えます。
ただし、1954 年当時の録音技術がどれだけ高域を捉えていたかを考慮する必要があります。本盤の Band 10 (RIAA でカッティングされたトラック) を素材スペクトルとして長時間平均スペクトル (LTAS、Long-term Average Spectrum) で実測すると、1 kHz を基準に 10 kHz が −29 dB、15 kHz が −43 dB と、高域成分は中音域より大幅に低い値で記録されています。
Decca LXT 2529 (1948 年録音、van Beinum 指揮 Concertgebouw Orchestra、Bartók 作曲 Concerto for Orchestra) を同じ手法で測ると、1 kHz 以上の高域分布が本盤 Band 10 と 2 dB 以内で揃います。一方、Mercury Living Presence SR-90179 (1958 年録音、Doráti 指揮 Philharmonia Hungarica Orchestra、Bartók 作曲 Two Romanian Dances Sz.43) は 10 kHz で 8 dB、15 kHz で 18 dB ほど高域を多く残しており、同じ作曲家の管弦楽作品でも、1958 年の広帯域録音は 1948-1954 年頃よりかなり多くの高域を捕捉できていたことが分かります。
つまり、1954 年当時の録音技術と素材を前提にすれば、100 µs プリエンファシスでもカッター入力の高域余裕は大きく、歪みの発生は実用上気にならない範囲だった可能性が高い (推測) と読めます。一方、4 年後の 1958 年 Mercury のような広帯域録音では、同じ 100 µs プリエンファシスでカッター入力の高域余裕が大きく目減りすると見込まれます。1950 年代半ばは録音技術もカッティング技術も急速に進歩する過渡期にあたり、業界が 1954 年に 75 µs に収束したのは、当時の素材だけを見れば必要なかったかもしれませんが、進歩しつつあった録音系統への先回りだったと読むこともできます。
ベースシェルフは Bartók 本人も明示していない
通称「Bartók カーブ」については、turnover (= 中音域から下のロールオフ開始周波数、629 / 630 cps) と高域プリエンファシス (16 dB at 10 kHz、= 100 µs 時定数相当) は明示されていますが、より低い周波数で曲線を平坦に戻す「ベースシェルフ」(RIAA で言えば 3,180 µs に相当する超低域の平坦化点) については、Bartók 氏自身も明示的に語っていません。
- 本ページ §2 で引用した FPX-100 / FX-6100 ライナーノーツ Side B 解説: turnover と高域プリエンファシスのみ
- Bartók レーベル BR-918 裏ジャケ:
"turn-over frequency — 629 cps. preemphasis 16 db, at 10 kc."のみ - 後年の audioXpress 誌インタビュー: RIAA カーブのみに言及、Bartók カーブの低域については語らず
そのため、「Bartók カーブ」の完全な定義は 1954 年時点では Bartók 氏本人の文書だけからは決定できません。
後年の研究はこの欠落部について 2 段階で示唆を与えます。まず、Bartók 氏自身が立ち上げた Bartók レーベルのオリジナル盤については、Audacity Team の「Playback equalization for 78 rpm shellacs and early 33⅓ LPs」が BRS 301-307 / 309 / 906-920 を 630C-16 (= ターンオーバー 630 cps / 「C」ベースシェルフ / 16 dB at 10 kHz) と分類しています。「C」は Columbia LP と同じ 1,590 µs のベースシェルフを意味します。
本ページが扱う FPX-100 / FX-6100 の Mikrokosmos Suite 第 8 曲の素材は、もとは Bartók Records BRS 303 (1950 年録音) からの音源で、まさにこの 301-307 のグループに含まれます。つまり BRS 303 (Bartók レーベルのオリジナル盤) のカッティングは 630C-16 で切られたと推定されます。
一方、本ページが扱う FPX-100 / FX-6100 における Band 11 については、§3 の LP 盤起こし LTAS 実測がもう一つの手がかりを与えてくれます。もし Band 11 のベースシェルフが「C」(1,590 µs) であれば、現代の RIAA 補正で再生したとき 50 Hz 付近では Band 10 (= RIAA、「R」= 3,180 µs) より数 dB 高く出る理論予測になります (C は 100 Hz でカーブが平坦になるため、それ以下の帯域で RIAA 補正が過剰補正になる)。実際の §3 LP 盤起こし実測では、Band 11 が Band 10 より 50 Hz で約 −3 dB 低く、これはターンオーバー周波数 500 cps と 630 cps の差 (理論 −2 dB at 50 Hz) でほぼ説明できる範囲です。もし Band 11 が C シェルフであれば、ターンオーバー差を上回って 50 Hz で逆方向 (高い側) に振れるはずですが、実測はそうなっていません。
LTAS 分析の結果からは、Peter Bartók 氏が FPX-100 / FX-6100 として切り直した際、ベースシェルフも RIAA に揃えて「630R-16」(= 630B-16) 相当で切ったと考えるのが自然です (FPX-100 はテスト盤として読者の RIAA 補正再生を前提とするため、ベースシェルフを RIAA に揃える判断は合理的)。
§3 の LP 盤起こし実測では、Band 10 と Band 9 (両方ともターンオーバー 500 cps) の差が 50 Hz でほぼ 0 dB であり、Band 9 のベースシェルフも Band 10 と共通であることが示唆されます。Band 9 のライナーノーツ表記 (「500 cps ターンオーバー、プリエンファシスなし」、つまり Band 10 から高域プリエンファシスを取り除いたもの) を素直に読めば、Band 9 のベースシェルフも Band 10 と同じ「R」または「B」(3,180 µs) と考えるのが自然です。
3. 測定で見えてきたこと: デジタル配信版と LP 盤起こしの LTAS
FPX-100 / FX-6100 はオリジナル盤こそ稀少ですが、Smithsonian Folkways がオリジナル音源を「Science Series: Sounds of Frequency」としてデジタル化・配信しています。この配信版を聴くだけでも 3 種類のカーブの違いはおおむね体験できますが、定量的に測定してみると、ライナーノーツに記された 3 種類のカーブから素直に予想される結果とは少し違う、興味深い観察が得られます。
配信版の LTAS: Band 11 が Band 10 と非常に似る
筆者は Smithsonian Folkways 直販の FLAC 版 (44.1 kHz / 16 bit) を購入し、Band 9 / 10 / 11 (FX-6100 では Track 23 / 24 / 25) について LTAS を 1/12 オクターブ平滑化で算出しました。Band 9 を基準にした差分は次の通りです (主要周波数のみ抜粋、単位 dB):
| 周波数 (Hz) | Band 10 − Band 9 | Band 11 − Band 9 | (Band 11 − Band 10) |
|---|---|---|---|
| 50 | −1.21 | −1.40 | −0.19 |
| 100 | −1.12 | −1.11 | +0.01 |
| 500 | −0.77 | −0.83 | −0.06 |
| 2,000 | +2.16 | +2.27 | +0.11 |
| 5,000 | +8.14 | +8.69 | +0.55 |
| 10,000 | +13.56 | +14.00 | +0.44 |
| 15,000 | +10.50 | +10.93 | +0.43 |
Band 10 − Band 9 の +13.56 dB @ 10 kHz は、RIAA 75 µs プリエンファシスの理論値 +13.6 dB とほぼ一致しています。Band 9 が Band 10 から高域プリエンファシスを抜いたものという §1 / §2 の記述と整合します。
ところが Band 11 については、「Bartók カーブ」(100 µs プリエンファシス、16 dB at 10 kHz) が記述通りに切られていれば、Band 11 − Band 9 が 10 kHz で +16 dB 程度、つまり Band 10 より +2.4 dB 程度高く出るはずです。実測では Band 11 − Band 10 ≈ +0.44 dB @ 10 kHz と、ほぼ差がありません。デジタル配信版上では、Band 11 のカーブが Band 10 すなわち RIAA カーブとほぼ同等になっているのです。
これはライナーノーツの記述と一致しません。配信版だけを見ると、Bartók カーブの効果はほとんど観測できないのです。なぜでしょうか?
LP 盤起こしによる確認
この問いを掘り下げるため、筆者は手持ちの FPX-100 オリジナル盤を以下の構成で盤起こしし、配信版と比較しました。
- ターンテーブル: Michell Engineering Orbe SE
- トーンアーム: SME Series IV
- カートリッジ: Hana MH (MC 型、ステレオ、Microline 針)
- フォノイコライザ: Musical Surroundings SuperNova II (RIAA 補正)
- プリアンプ: Benchmark LA4
- A/D コンバータ: KORG DS-DAC-10R
- 録音アプリ: KORG AudioGate 4 (24 bit / 96 kHz / ステレオ)
モノラル盤をステレオカートリッジで再生しているため、L / R を加算 ((L+R)/2) して垂直成分のノイズ (偏心や軽微なスクラッチ等) を打ち消しています。
配信版と LP 盤起こしの LTAS を並べた結果が次の図です。
LP 盤起こしの差分数値 (Band 9 を基準、単位 dB):
| 周波数 (Hz) | Band 10 − Band 9 | Band 11 − Band 9 | (Band 11 − Band 10) |
|---|---|---|---|
| 50 | −0.84 | −3.84 | −3.00 |
| 100 | −1.20 | −3.95 | −2.75 |
| 500 | −0.87 | −1.92 | −1.05 |
| 2,000 | +2.32 | +3.37 | +1.05 |
| 5,000 | +9.13 | +11.01 | +1.88 |
| 10,000 | +15.16 | +16.68 | +1.52 |
| 15,000 | +13.62 | +16.41 | +2.79 |
LP 盤起こしでは、配信版とは違う姿が現れます:
- Band 10 − Band 9 は、配信版とほぼ同じ振る舞い (10 kHz で +15.16 dB、配信版 +13.56 dB、いずれも RIAA 75 µs プリエンファシスに対応する範囲)
- Band 11 − Band 10 が高域で +1.5 〜 +2.8 dB の有意な差を示す (理論 +2 dB に近い)。低域側でも Band 11 が −2 〜 −3 dB 低く、ターンオーバー 500→630 cps の理論差 (50 Hz で約 −2 dB) と一致
- つまり LP には Band 11 の Bartók カーブ (630 cps + 100 µs) と Band 10 の RIAA カーブ (500 cps + 75 µs) の差が、高域にも低域にも理論通りに刻まれている
観察の整理: 筆者の推察
ここまでの観察を整理します:
- 物理的事実: LP 盤起こしには、Band 11 と Band 10 の EQ 差 (Bartók 100 µs プリエンファシス + 630 cps ターンオーバー) が理論通りに刻まれている
- 盤起こし痕跡の不在: デジタル配信版にはサーフェスノイズ・スクラッチノイズ・偏心ワウフラッターといった盤起こし系のノイズ要素が筆者の聴感では確認できない
- 非対称処理の不自然さ: もしデジタル化過程で Folkways が意図的に Band 10 と Band 11 を同一化したとすれば、Band 9 はなぜ別処理 (高域プリエンファシスを抜いた状態) として保存されているのか、積極的な理由を見出しにくい
これら 3 点から、筆者は「デジタル配信版はカッティングマスターから直接転写されたものであり、Band 10 と Band 11 のカーブ差は LP カッティング時に物理的に切り替えられて初めて生じる」という仮説が、ここまでの観察に対して最も説得力が高いと考えました。製作プロセスについての筆者の仮説の詳細は §5 で改めて整理します。
なお、FPX-100 / FX-6100 のカッティング担当者は Peter Bartók 氏であることが、両盤現物のデッドワックスに刻まれた「P と B を重ねた印」(Peter Bartók 氏のカッティングを示す刻印として知られる) から確認できます。
ただしこれは観察に基づく筆者の推察であり、Folkways の制作ノートや関係者の証言などの一次史料による確認は今後の課題です。Smithsonian Folkways には現在問合せ中で、回答到着後に本ページを更新する予定です。
4. 聴取の手順
入手経路:
- Smithsonian Folkways 直販: folkways.si.edu/science-series-sounds-of-frequency/nature/album/smithsonian で FLAC または MP3 のダウンロード購入が可能
- Apple Music: アルバム「Science Series: Sounds of Frequency」(Smithsonian Folkways) で配信中
注目するトラック: デジタル配信版は FX-6100 構成 (B 面 10 トラック) に基づいており、Track 23 / 24 / 25 が FPX-100 の Band 9 / 10 / 11 (FX-6100 の Band 8 / 9 / 10) に相当します。同一の Bartók-Serly 編 "Mikrokosmos Suite" 第 8 曲 (Sixth Dance in Bulgarian Rhythm) の演奏が、3 つの異なるカーブで連続して収録されています。
聴き取り方:
聴感で違いを確かめる際の最初の手がかりは、ライナーノーツで Bartók 自身が予告している通り、音量感と帯域バランスです。配信版を現代の RIAA 補正で再生したときに、3 トラックは次のように違って聞こえます。
- Track 23 (FPX-100 Band 9 / FX-6100 Band 8、500 cps ターンオーバー / 高域プリエンファシスなし): 高域プリエンファシスがないため、他の 2 つに比べて高域が控えめに、また音量もやや小さめに聞こえます
- Track 24 (FPX-100 Band 10 / FX-6100 Band 9、RIAA 相当): RIAA カーブで切られているため、現代の RIAA 補正では最もフラットに近いバランスで聞こえます
- Track 25 (FPX-100 Band 11 / FX-6100 Band 10、Bartók カーブ): 100 µs (= 1,600 cps から) の高域プリエンファシスのため、§2 で引用した Bartók 自身の「Band 11 が最も大きな音量である」との発言に従うならば、他の 2 つに比べて最も明るく、最も大きな音量で聞こえるはずです (ただし §3 で示したとおり、デジタル配信版では Track 24 と Track 25 がほぼ同じレベル・帯域バランスで聞こえます)
3 トラックを通して聴くと、同じ演奏なのに音量感と帯域バランスがこれだけ変わることが直接実感できます。これは「カーブ違いを耳で確かめる」体験として、ほかに代えがたい価値があります。
ただし、聴感だけで未知の盤のカーブを当てるというのは、本ページが扱う話とは別の問題です。聴感は音量感や帯域バランスの違いに対する感度こそ高いものの、特定のカーブを 100 % の確度で識別する手段ではありません。本ページは、ライナーノーツによる客観的な裏付けが先にあり、その差を耳でも確かめられるという順序で読んでいただくのが最も誠実です。
5. 3 種類のカーブはどう作られたのか (筆者の仮説)
§3 で示した観察と、Peter Bartók 氏が FPX-100 / FX-6100 のカッティング担当者であるという確定事実から、筆者は次の仮説 (以下「仮説 A」) を立てています。
マスターテープ上では Band 9 / 10 / 11 は同一の素材であり、Peter Bartók 氏が LP カッティング時にカッティングアンプ側のターンオーバーと高域プリエンファシスを物理的に切り替えて 3 種類の Band を切り分けた
Peter Bartók 氏のカッティング工房という背景
Peter Bartók 氏は、自身が立ち上げた Bartók Records (1947 年設立) で父親の作品の録音・カッティングを担っていました。FPX-100 / FX-6100 で扱う Mikrokosmos Suite 第 8 曲は、もとは Bartók Records BRS 303 (1950 年録音) の音源です。Bartók レーベル時代から、Peter Bartók 氏は 同じ素材を異なる EQ で切り分けるカッティング作業を日常的に行っていた ことになります。FPX-100 / FX-6100 のような教育用テスト盤の制作も、彼の手で違和感なく行えたはずです。
Side B Band 1-11 全体の EQ 構成
ライナーノーツに基づく FPX-100 の Side B 全体の構成は次のとおりです:
| Band | 内容 | カッティング時の EQ |
|---|---|---|
| 1 | 100 cps 矩形波 | 500 cps ターンオーバー、プリエンファシスなし |
| 2 | 1,000 cps 矩形波 | (記述なし、推定で Band 1 と同じ) |
| 3 | 16 kHz + 60 cps 振幅変調 | 630 cps ターンオーバー、1,600 cps からプリエンファシス |
| 4 | 8 kHz + 60 cps 振幅変調 | 同上 |
| 5–8 | 各種チェック用トーン | 630 cps、1,600 cps からプリエンファシス |
| 9 | Mikrokosmos Suite | 500 cps ターンオーバー、プリエンファシスなし |
| 10 | 同上 | 500 cps ターンオーバー、プリエンファシス 2,000 cps から (= RIAA 75 µs) |
| 11 | 同上 | 630 cps ターンオーバー、プリエンファシス 1,600 cps から (= 100 µs) |
矩形波テスト用の Band 1-2 と、定常波チェック用の Band 3-8 では用途に応じて異なる EQ ラインが使い分けられています。これは Peter Bartók 氏のカッティング工程で「同じ素材を異なる EQ で切る」がルーチンであったことの傍証です。Band 9 / 10 / 11 の Mikrokosmos Suite を 3 種類の EQ で切り分けるのも、特殊な作業ではなかったと考えられます。
なお、セカンドプレスの FX-6100 では B 面が 10 トラック構成に再編されており、Band 1-2 (矩形波、プリエンファシスなし) と Band 3-4 (同じ矩形波素材をプリエンファシス 2,000 cps から で切ったもの) という対が冒頭に置かれ、続いて Band 5-6 (16 kHz / 8 kHz 正弦波 + 60 cps AM)、Band 7 (周波数別チェックトーン)、Band 8-10 (Mikrokosmos Suite × 3 種類の EQ) と続きます。FPX-100 の Band 3-4 (正弦波 + AM、Bartók EQ) はここでは省かれ、矩形波の RIAA プリエンファシス版が代わりに加わっています。
「同じ素材を複数の EQ で切り分ける」という運用が、FX-6100 では矩形波テスト (Band 1-2 vs Band 3-4) と Mikrokosmos Suite (Band 8-10) の 両方 で明示的に行われていることが分かります。FX-6100 のジャケット裏 Side B 末尾には "Recorded by Peter Bartok" と明記されており、本盤も Peter Bartók 氏のカッティングであることが文書的にも確認できます。
別の可能性 (仮説 B) との比較
考えられるもう一つの仮説として、「マスターテープ側に 3 トラック分の差分 EQ を事前に焼き込み、カッティングは単一 EQ で行う」(以下「仮説 B」) という製作プロセスもあり得ます。仮説 B が正しければ、テープからカッティング、デジタル化に至る過程で 3 トラックの EQ 差はそのまま保存されるはずで、デジタル配信版にも Band 10 / 11 の EQ 差がそのまま現れるはずです。実測ではこれが消失しているため、仮説 B は §3 の LTAS 観察と整合しません。
これに対して仮説 A は、§3 の観察 3 点 (LP に EQ 差が刻印されている / 配信版に盤起こし痕跡が無い / 非対称処理の不自然さ) のすべてに整合します。
一次史料による確認は今後の課題
繰り返しになりますが、本ページのこの仮説は、観察と論理的整合性に基づく筆者の推察であり、一次史料 (Folkways の制作ノート、Peter Bartók 氏の証言など) による確認は今後の課題です。Smithsonian Folkways には現在問合せ中で、回答到着後に本ページを更新する予定です。読者の皆様で関連情報をお持ちの方がいらっしゃいましたら、筆者 までご連絡いただければ幸いです。
変更履歴
- 2026年5月1日: 用語の表記整理と§5 の説明整理
- 2026年4月30日: 初版公開