フォノEQカーブの歴史をざっくり読む — 3パート構成

最終更新: 2026年4月8日

フォノEQカーブの歴史:ざっくり版

このセクションは、フォノEQカーブの歴史を3つのパートに分けて読める 「超短縮版技術史読み物」です。

各パートはそれぞれ独立したページで、1つの問いに答える構成になっています。 順番に読むことをおすすめしますが、興味のあるパートから読み始めても構いません。

Esoteric Sound Re-Equalizer III (above) and Re-Equalizer (bottom)
Esoteric Sound Re-Equalizer III (above), bought in 2021
Esoteric Sound Re-Equalizer (bottom), bought in 2006


Part 1:なぜ最初から統一規格にならなかったのか

時代: 1925年〜1942年(電気録音の誕生から放送局向け初の規格まで)

電気録音が生まれた瞬間から、EQカーブという概念も生まれました。 しかしなぜ、最初からひとつの規格にまとまらなかったのか。 その背景には、技術的な制約から業界構造まで、いくつもの要因が絡み合っていました。 1942年、放送局向けには初めての規格(NAB)が生まれますが、 一般消費者向けのレコードは依然として各社バラバラのままでした。

読了時間の目安:約25分

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Part 2:なぜ最終的に統一できたのか

時代: 1942年〜1954年(戦時下の技術者交流から民生用レコード初の統一規格まで)

1948年、Columbia が LP を発表。続いて RCA Victor が45回転盤で応戦し、 「回転数戦争」が勃発します。カーブの乱立はむしろ悪化しました。 それでも1954年、3つの団体がほぼ同時に同じ結論に達します。 戦時下に生まれたエンジニア同士の協力から、統一規格の誕生までをたどります。

読了時間の目安:約20分

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Part 3:その歴史は、今のレコード再生に何を意味するか

時代: 1954年〜現在(RIAA以降:移行期からステレオLP誕生、そして現在)

RIAA規格が策定された1954年から、ステレオLPが米国で一般発売される1958年までは 移行期でした。旧規格のプレスが混在し、スタジオによって移行のタイミングも異なりました。 しかし1958年のステレオLP登場とともに、米国ではRIAA前提での録音・再生が事実上完成します(欧州の移行はやや遅れた可能性があります)。 最後に、この歴史全体が「今のあなたのレコード再生」に何を示唆するかを考えます。

読了時間の目安:約15分

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変更履歴

  • 2026年4月8日: 初版公開