(ざっくり歴史 2) なぜ最終的に統一できたのか — 戦後〜RIAAカーブ誕生(1942年〜1954年)

最終更新: 2026年4月27日 読了時間の目安: 約15分

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なぜ最終的に統一できたのか

Part 1 では、1942年に放送局向けの規格(NAB)が生まれたことを見ました。 しかし、民生用レコードの世界では、そこからさらに12年かかります。 しかもその間に、カーブの乱立はむしろ悪化しました。 それでも最終的に統一が実現した背景を見ていきましょう。


1. 戦時中に生まれた「協力」の土壌

1942年NAB規格が策定された頃、米国は第二次世界大戦のただなかにありました。 戦時下では、レコードの原材料であるシェラック(主産地が東南アジア)が不足し、 真空管やアルミニウムも軍需に優先配分されていました。

この危機が、皮肉にも業界の壁を崩すきっかけとなりました。

各レーベルのエンジニアたちは、ラッカー盤や真空管の余剰分を融通し合うため、 定期的に会合を持ちはじめました。 「サファイア・グループ」と呼ばれるこの集まりは、 当初はビジネス面での協力が目的でしたが、やがて技術的な議論の場へと発展していきました。

それまで各社の録音技術は門外不出の企業秘密でした。 しかしサファイア・グループの活動を通じて、技術情報の公開と共有が進み、 標準化への機運が醸成されていきました。 この人的ネットワークは、のちのAES(Audio Engineering Society)の設立や、 RIAA規格策定の母体となっていきます (Pt.16 を参照)。

“Hollywood Sapphire Group”, Robert J. Callen, Audio Engineering Magazine, Vol.32, No.1, January 1948, pp.17,39-41.
source: “Hollywood Sapphire Group”, Robert J. Callen, Audio Engineering Magazine, Vol.32, No.1, January 1948, pp.17,39-41.
1947年2月13日、Hollywood の Brittingham’s レストランで模様された、Hollywood Sapphire Group の初会合の写真

2. LPと45回転盤 ——「回転数戦争」とカーブの乱立

2つの新フォーマットの登場

1948年6月18日、Columbia が 33⅓回転の LP(Long Playing)レコード を発表しました。 従来のシェラック78回転盤と異なり、ヴィニライト製マイクログルーヴ盤は、 圧倒的に静粛で、12インチ片面に約20分以上の収録が可能でした (Pt.11 を参照)。

LIFE Magazine, July 26, 1948, pp.39-40
source: LIFE Magazine, July 26, 1948, pp.39-40

半年後の1949年1月10日には、RCA Victor が 7インチ45回転盤 を発表。 米国全レーベルを巻き込んだ「回転数戦争」(Battle of the Speeds)が勃発しましたが、 1950年頃には「アルバムはLP、シングルは45回転」という棲み分けに落ち着きました (Pt.13 / Pt.14 を参照)。

The New York Times, Tuesday, January 11, 1949, p.29.
source: The New York Times, Tuesday, January 11, 1949, p.29.

磁気テープの登場

ほぼ同時期の1948年、Ampex 200A テープレコーダ が登場し、 録音スタジオのワークフローを根本から変えました。 それまでのダイレクトカッティング(ラッカー盤に直接録音)に代わり、 テープに録音してから編集・カッティングするプラクティスが急速に普及。 同時に、録音からカッティングまでの過程で、 イコライザなどを駆使した「音作り」が一般化していきました。

“History of The Early Days of Ampex Corporation, as recalled by John Leslie and Ross Snyder”, AES Historical Committee, December 17, 2010.
source: “History of The Early Days of Ampex Corporation, as recalled by John Leslie and Ross Snyder”, AES Historical Committee, December 17, 2010.

カーブの乱立

こうした技術変革のなか、マイクログルーヴ盤用のEQカーブが乱立しました。 1950年代前半の米国で存在していた主なカーブは、大きく5つのグループに分けられます:

  1. Columbia LP / NAB カーブ(500C-16 / 500B-16)—— LP開発元の Columbia が使用したカーブと、ベースシェルフの時定数のみが異なる NAB カーブ。両者はほぼ同一とみなされ、独立系スタジオが NAB 録音イコライザを民生盤のカッティングに転用した例も知られている
  2. RCA Victor Orthophonic / New Orthophonic カーブ(500N-12 / 500R-13.7)—— RCA Victor が使用。Old Orthophonic にはベースシェルフがなかったが、1952年に New Orthophonic へ移行しベースシェルフを追加。New Orthophonic は RIAA と同一の特性となった
  3. AES 再生カーブ(400N-12)—— 学会 AES が1951年に提唱。既存の複数カーブとの互換性を考慮した折衷案
  4. Bartók カーブ(630C-16)—— 独立系スタジオ Peter Bartók が使用
  5. Decca ffrr カーブ(500C-10.5)—— 英国 Decca が使用(米国 London レーベルに該当)

(「500C-16」等の表記の読み方は → 用語集

大手レーベルが使用する録音イコライザは自社開発で固定特性であり、 しかもその詳細は企業秘密とされていました。 一方、独立系スタジオの多くは放送局用の NAB 録音イコライザを転用していたと考えられますが、 いずれにせよリスナーやアンプ設計者にとっては、 「どのレコードにどのカーブを適用すべきか」を推測するしかない状況でした (Pt.17 を参照)。


3. 統一を可能にした条件

では、なぜ最終的に統一できたのでしょうか。 Part 1 で見た「統一できなかった理由」の裏返しとして、 1950年代前半までに、いくつかの条件が揃いました。

技術が「固められる」段階に達した

フィードバックカッターヘッド が実用化されました。カッターヘッド単体でフラット特性を実現したものも、 連動する録音システム内の補正回路でフラットを実現したものもありましたが、 いずれにせよEQカーブの実装がカッターヘッドの物性から独立し、電子回路で自由に制御できるようになりました。 Part 1 で見た「カーブは機械の性質込みで決まるもの」という制約が、ここでようやく解消されたのです (Pt.18 を参照)。

また、ホットスタイラス方式(加熱式カッター針)の登場により、 33⅓回転の内周でも高域を精密にカッティングできるようになりました。 これにより、従来の過剰な高域プリエンファシス(NABの100μs)を 75μsへ低減することが可能になり、高域の歪も軽減されました (Pt.12 を参照)。

「忠実な再生」が商品価値になった

1950年代初頭から、民生用コンポーネントオーディオ市場が急成長し、 「ハイファイブーム」が到来しました。 音質を重視するリスナーが増え、レコードの正確な再生が求められるようになりました。

カーブの乱立は、リスナーにとっても再生機器メーカにとっても深刻な問題でした。 再生機器メーカは、複数のEQカーブを切り替えられるフォノイコライザを搭載せざるを得ず、 リスナーは「このレコードにはどの設定が正しいのか」と悩むことになります。 統一規格への需要が、市場の側からも生まれた のです。

人と場が準備されていた

サファイア・グループから AES へとつながった人的ネットワークが、 標準化を議論する場を提供していました。 企業秘密だった技術が徐々に公開され、共通の議論の基盤ができていました。

議論の語彙が「時定数」で揃った

もうひとつ、あまり語られない変化がありました。 規格文書の「書き方」自体が、グラフから時定数(マイクロ秒)の数値表現へ移行していったのです。

1951年1月、AES の標準化委員会は、録音側を統一するという目標を「不可能な課題」と明言し、 再生側の規格化に舵を切りました。

"impossible task of achieving a universal recorded characteristic"
(録音特性の統一は不可能な課題である)
Journal of the Audio Engineering Society, Vol.1 No.1, January 1951, pp.22-23

1953年7月には、RCA Victor で H. E. Roys のもと録音特性の仕事に携わっていた Moyer が、時定数表記への移行の動機を次のように説明しました。

"The obvious difficulty with a curve alone is that the true crossover frequency and pre-emphasis are usually obscured, making the design of suitable equalizers possible only by the cut and try method."
(カーブだけで示す方法の明らかな難点は、真のターンオーバー周波数とプリエンファシスの値がたいてい見えなくなってしまい、適切なイコライザの設計は試行錯誤に頼るしかなくなることだ)
— Moyer, "Evolution of Disk Recording Characteristics," Audio Engineering, Vol.37 No.7, July 1953, p.22

Moyer の論点は「測定できない」ではなく「グラフだけでは実用的なイコライザ設計に不便だ」というものでした。 1947年以降、業界誌の議論では、規格文書がまだグラフ形式だった時期から、 技術者たちは既に時定数(35〜40μs / 50μs / 75μs / 100μs)で思考し、発言していました。 1953年の NARTB と翌年の AES / RIAA 規格がしたのは、新しい測定技術の導入ではなく、 業界が実務ですでに採用していた語彙を、規格文書の書式に反映させることだったと考えられます。

(詳しくは 1942年 NAB 規格はなぜ時定数ではなくカーブ + 許容差で定義されたのか? を参照)


4. 3つの規格、1つのカーブ(1953〜1954年)

こうした条件のもと、わずか1年余りの間に、放送局(NARTB)・学会(AES)・レコード業界(RIAA)の 3つの団体がほぼ同じ特性の規格を策定しました。

1953年6月:NARTB 規格

放送局の団体 NARTB(NABの後継組織)が、トランスクリプション盤用の規格を改訂。 RCA Victor の New Orthophonic 録音特性が採用されました。 NAB/NARTB 規格としては初めて、3つの時定数(75μs、318μs、3,180μs)が 厳密に定義されました。

“Figure 2: NARTB Lateral Disk Standard Recording Characteristic, Supplement No.2 to NAB (NARTB) Engineering Handbook (Fourth edition, 1949): NARTB Recording and Reproducing Standards (June, 1953), p. 1-3-10.
source: “Figure 2: NARTB Lateral Disk Standard Recording Characteristic, Supplement No.2 to NAB (NARTB) Engineering Handbook (Fourth edition, 1949): NARTB Recording and Reproducing Standards (June, 1953), p. 1-3-10.

1954年6月:新 AES 再生カーブ

学会 AES が、1951年版の再生カーブを改訂。 1953年12月に暫定承認され、1954年6月に最終承認されました。 1953年 NARTB と同じ3つの時定数を採用し、 ベースシェルフ(3,180μs)が追加されました。

“The Proposed AES Standard: Standard Playback Characteristic For Lateral Disk Recordings”, Journal of the Audio Engineering Society, Vol. 2, No. 1, January 1954, pp.3-7.
source: “The Proposed AES Standard: Standard Playback Characteristic For Lateral Disk Recordings”, Journal of the Audio Engineering Society, Vol. 2, No. 1, January 1954, pp.3-7.

1954年1月:RIAA 規格

レコード業界の団体 RIAA の技術委員会で、米国5大レーベルのチーフエンジニアが 1年をかけて調査・議論を行い、RIAA 標準録音再生特性 が策定されました。 これも同じ 75μs、318μs、3,180μs の3つの時定数です。 承認は1954年1月29日ですが、RIAA の標準文書として業界に流通したのは同年6月です。

“RIAA Dimensional Standards: Bulletin No. E 1: Standard Recording and Reproducing Characteristics”
source: “RIAA Dimensional Standards: Bulletin No. E 1: Standard Recording and Reproducing Characteristics”

3つの規格は本質的に同一のカーブです。 放送局(NARTB)、学会(AES)、レコード業界(RIAA)が、 それぞれ独立に、しかしほぼ同時に、同じ結論に到達しました。 特に AES TSA-1-1954 と RIAA は同じ特性を同年に採用しており、 AES 標準化の中心人物 McKnight が 1982 年に振り返ったところでは、 RIAA の元文書は番号も日付もない状態で配布され、 「Bulletin No. E1」という呼称は後年遡及的に付けられたものでした (J. Audio Eng. Soc. 30(4), p.244, 1982 April)。


まとめ:なぜ最終的に統一できたのか

電気録音の誕生(1925年)からRIAA規格(1954年)まで、約30年。 その間に何が変わったのかを整理すると:

Part 1 で見た「阻害要因」 1950年代前半に起きた変化
カーブは機械の物性で決まった フィードバックカッターで電子制御が可能に
技術が急速に進化中だった ホットスタイラス等で技術が成熟段階に
録音技術は企業秘密で、業界共通の場もなかった サファイア・グループ → AES → RIAA委員会
忠実な再生が商品価値でなかった ハイファイブームで音質が商品価値に
標準化の動機は放送局だけだった リスナー・メーカ・レーベルすべてが必要とした

しかし、RIAA規格が策定されたからといって、 翌日から全レコードがRIAAになったわけではありません。 移行には時間がかかり、その過程には、今も未解明の部分が残されています。

Part 3 へ:その歴史は、今のレコード再生に何を意味するか →


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詳しくは(ブログ記事連載)

  • Pt.9 — 第二次大戦中の停滞、1940年代の技術記事と機器から読み取れること
  • Pt.10 — 1949年 NAB 規格改訂の議論と策定
  • Pt.11 — Columbia LP の発表(1948年)と開発史
  • Pt.12 — ホットスタイラス技術、LP の技術的背景
  • Pt.13 — RCA Victor 45回転盤の登場と回転数戦争
  • Pt.14 — 1949年の各レーベルの対応と回転数戦争の収束
  • Pt.15 — 「ハイファイ」概念の誕生と普及
  • Pt.16 — AES の設立、サファイア・グループ、AES 再生カーブ
  • Pt.17 — 独立系スタジオの録音実態、カーブ乱立の詳細、民生アンプのEQ対応
  • Pt.18 — フィードバックカッターヘッド、NARTB / AES / RIAA 規格策定

変更履歴

  • 2026年4月27日: §4「3 つの規格、1 つのカーブ」末尾に McKnight (J. Audio Eng. Soc. 30(4), p.244, 1982 April) からの記述(AES TSA-1-1954 と RIAA の同 characteristic 採用、Bulletin No. E1 名称の遡及的付与)を追加
  • 2026年4月16日: §3 に「議論の語彙が『時定数』で揃った」小節を追加(AES 1951「impossible task」および Moyer 1953「curve alone」の一次史料引用)
  • 2026年4月12日: RIAA 標準文書の流通時期(1954年6月)を補足
  • 2026年4月9日: Hollywood Sapphire Group 初会合の日付を修正
  • 2026年4月8日: 初版公開

MATSUBAYASHI 'Shaolin' Kohji <shaolin@rhythmaning.org>