1958年録音 *Somethin' Else* の 3 種 CD を LTAS で比較 — RVG Edition 1999 で新たに加えられた処理を客観計測で確定

最終更新: 2026年6月14日 読了時間の目安: 約12分

Somethin' Else 3-way LTAS — RVG Edition で新たに加えられた処理を計測する

このページで答える問い: Van Gelder のマスタリング段の音作りは、客観的な計測でも見えてくるか。 1958年録音 Somethin' Else (Cannonball Adderley) の 3 種類の CD (1987 McMaster / 1999 RVG Edition / 2009 AP) を長期平均スペクトル (LTAS) で比較して、Hoffman 解釈・LD+3 メモが示す Van Gelder の音作りがどう裏付けられるかを検証する。

← 前提となる「録音段とマスタリング段の音作り」「Hoffman 解釈と LD+3 メモ」 は姉妹 FAQ: RVG サウンドはどこで作られるか — 録音段とマスタリング段の音作り

← カッティング機材と EQ カーブの話は別の FAQ: Rudy Van Gelder はどんな機材でカッティングしていたのか?



1958年録音 Somethin' Else を計測してみる

以下は、姉妹 FAQ の中心的な論点「マスタリング段の音作りはカッティング時の EQ カーブとは別の話」を実例で示す ケーススタディ です。

Van Gelder のマスタリング段の音作りが何の軸で起きているのかは、デジタル音源の客観的な計測でも見えてきます。泣く子も黙る大名盤 Somethin' Else / Cannonball Adderley(Blue Note BST-81595, 1958年録音)について、リリース年順に並ぶ 3 種類の CD 音源を比較しました。

  1. Capitol / Blue Note 0777 7 46338 2 6(1987年): CD 黎明期に Ron McMaster の手で作られた CD 化盤。ジャケット表記は "Digital Transfer by Ron McMaster" であり、後年確立する「リマスター」という言葉以前の、テープからの素朴な転写と推測されます
  2. Blue Note 7243 4 95329 2 2(1999年): RVG Edition、Van Gelder 本人による CD 用リマスター盤
  3. Analogue Productions CBNJ 81595 SA(2009年): Kevin Gray + Steve Hoffman による SACD/CD ハイブリッド盤の CD レイヤー。両エンジニアは「処理を最小限にとどめる」マスタリング方針を公表しており(Steve Hoffman, Tape Op interview)、本盤も能動的な音作りを抑えた転送に近いものと推測されます

(1) は CD 黎明期の素朴な転写、(2) は本人による CD 化リマスター、(3) は能動的な音作りを最小限にとどめた録音マスターからの転送、と性格が異なります。

筆者がこの 3 枚の全 6 トラックを長期平均スペクトル(LTAS)で比較解析した結果が以下です(解析条件: Welch PSD、Hann 窓、64k FFT、50% overlap、1/12 オクターブ平滑化、6 トラック duration-weighted 平均)。

ラウドネスとダイナミクス

計測項目 (1) Mc 1987 (2) RVG 1999 (3) AP 2009
アルバム平均 RMS レベル -21.10 dBFS -15.35 dBFS -23.06 dBFS
アルバム平均 波高率(ピーク − RMS) 20.80 dB 15.15 dB 20.45 dB
全 6 トラックのピークレベル -2.01 〜 0.00 dBFS(自然なバラつき) 全曲 -0.18 dBFS で揃う -0.20 〜 -4.75 dBFS(自然なバラつき)

(1) と (3) はほぼ同じ RMS レベルとほぼ同じ波高率を示し、トラックごとのピークも自然にバラついています。一方 (2) RVG Edition だけが約 +6〜+8 dB ラウドで、波高率は約 5 dB 小さく、全 6 トラックのピークが -0.18 dBFS という値で揃っています。これは (2) でリミッター/正規化処理が掛けられている強い証拠です。

Album-average LTAS, absolute level — McMaster 1987 / RVG Edition 1999 / AP SACD CD layer 2009
全 6 トラックの長期平均スペクトル、絶対レベル表示。 McMaster と AP はほぼ同じレベルで重なり、RVG Edition だけが約 +6〜+8 dB 上にシフトしている (筆者解析、2026 年 5 月 11 日)

スペクトル形状(1 kHz 規準化)

帯域 (1) Mc 1987 (2) RVG 1999 (3) AP 2009
100〜200 Hz +10.4 〜 +10.8 dB +7.2 〜 +7.4 dB +9.9 〜 +10.6 dB
500 Hz 〜 4 kHz ±0.5 dB 以内(3 盤完全に一致) (同左) (同左)
12 kHz -18.9 dB -17.1 dB -20.5 dB
16 kHz -15.9 dB -12.3 dB -20.0 dB
20 kHz -25.1 dB -15.5 dB -28.5 dB

中域 (500 Hz 〜 4 kHz) では 3 盤が完全に一致しており、同じ録音マスターテープ(カッティングマスターではない)由来であることを強く示唆しています。低域 100〜200 Hz は (1) と (3) がほぼ同じ値を示し、(2) RVG Edition だけが約 -3 dB 削減されています。高域は (1) と (2) が比較的近く、(3) AP がやや抑え気味(おそらく録音マスターテープのヒス領域への何らかのノイズリダクション処理)です。

Album-average LTAS, 1 kHz normalized — spectral shape comparison
1 kHz を 0 dB に正規化した相対スペクトル。 500 Hz から 4 kHz の中域では 3 盤が完全に重なる。 100〜200 Hz の低域では McMaster と AP が同じレベルで、RVG Edition だけが約 -3 dB 削減されている (筆者解析、2026 年 5 月 11 日)
Difference spectra (1 kHz normalized) — McMaster as reference
McMaster を基準にした差分プロット。 AP は中域でほぼゼロ線に乗り、高域 10 kHz 以上で徐々に下回る。 RVG Edition は低域 100〜200 Hz で約 -3 dB、高域 16 kHz 以上で +3〜+10 dB と、中域から両端に向かって発散する形状 (筆者解析、2026 年 5 月 11 日)

Mid/Side パワー比(ステレオ像の中央寄り度)

帯域 (1) Mc 1987 (2) RVG 1999 (3) AP 2009
500 Hz +3.6 dB +18.4 dB +3.9 dB
1 kHz +3.4 dB +19.8 dB +2.4 dB
2 kHz +1.8 dB +21.0 dB +1.4 dB
4 kHz +1.2 dB +19.4 dB +1.6 dB
8 kHz +0.4 dB +13.5 dB +1.1 dB

(1) Mc と (3) AP はいずれも +1〜+4 dB 程度の自然なステレオ像を保持(1958 年録音の広いステレオ像が活きている)であるのに対し、(2) RVG Edition だけが +13〜+21 dB と桁違いに中央寄りになっています。

Mid/Side power ratio comparison — higher value indicates more centered stereo image
Mid (左+右) と Side (左−右) のパワー比 (dB)。値が大きいほどステレオ像が中央寄り。 McMaster と AP はいずれも +1〜+4 dB の自然なステレオ像、RVG Edition だけが +13〜+21 dB と桁違いに中央寄り (筆者解析、2026 年 5 月 11 日)
Per-track LTAS — all 6 tracks across the 3 discs
全 6 トラックそれぞれの LTAS を 3 系列で重ねた図 (1 kHz 基準で規準化)。中域 500 Hz 〜 4 kHz では 3 系列が重なり、3 盤がいずれも同じ録音マスター由来であることを曲レベルでも確認できる。一方、低域 100 Hz 付近で RVG Edition (赤) だけが他 2 盤より約 -3 dB 下に、超高域 16 kHz 以上では AP (青) だけが他 2 盤より下に分布する 3 盤間の差が、曲によらず一貫して観察される (筆者解析、2026 年 5 月 11 日)

中央寄せと圧縮は RVG Edition CD 1999 段で新たに加えられた処理

3 盤の比較から、決定的な事実が読み取れます。

(1) Mc 1987 は CD 黎明期の素朴な転写、(3) AP 2009 は能動的な音作りを最小限にとどめた転送、この 2 つは共に 自然なステレオ像と自然な波高率を保持 しています。両盤が独立に同じ性質を示すということは、それは 録音マスターテープと LP カッティングマスターテープの両方に共通する性質 であり、別々のマスターテープから作られた偶然ではないと言えます。

(2) RVG Edition CD 1999 だけが、中央寄せ(M/S +14〜+21 dB)と圧縮(リミッター + 波高率約 -5 dB)と低域削減を併せ持っています。これらは (2) RVG Edition CD のリマスター段(1999 年)で新たに加えられた処理 であることが、3 盤比較で客観的に確定しました。

3 つの拠り所 (Hoffman 推測・LD+3 メモ・3-way LTAS) が示すもの

姉妹 FAQ RVG サウンドはどこで作られるか — 録音段とマスタリング段の音作り で挙げた Hoffman の 5 項目(Hoffman 自身の web で公表された解釈)、Van Gelder 自身が残した LD+3 メモ(LP カッティング段の一次史料)、本節の 3-way LTAS(CD 段の客観的な観測)を並べると以下のようになります。

Hoffman の主張(推測) LD+3 メモ(LP 段の一次史料) 3-way LTAS(CD 段の観測)
(1) 3:1 以上のダイナミックレンジ圧縮 圧縮比 8:1 RVG だけ +6〜+8 dB ラウド + 全曲ピーク -0.18 dBFS で揃う、Mc/AP は自然
(2) 中高域 (3〜6 kHz) +5〜6 dB ブースト 高域 EQ +5 dB @ 5,000 c/s 3 盤とも 1〜4 kHz で差 ±0.5 dB 以内
(3) 中低域のブーミーなブースト (記載なし) 100〜200 Hz は Mc と AP が同等、RVG は約 -3 dB
(4) 低音域と最上の高域のカット 低域カットオフ 45 c/s、高域カットオフ 12,000 c/s 50 Hz わずかに整合 / 高域は AP のノイズリダクションが主因
(5) 中央寄せ (center channel collapse) (記載なし) M/S +14〜+21 dB は RVG だけ、Mc/AP は +1〜+4 dB の自然なステレオ像

(1) 圧縮 と (5) 中央寄せ は 3-way LTAS で RVG Edition CD 1999 段の新規処理として決定的に確定 しました。一方 LD+3 メモは、Van Gelder が LP カッティング段でも既に 圧縮 8:1 + 高域 +5 dB @ 5,000 c/s + 低域 45 c/s カット + 高域 12,000 c/s カット という具体的かつ強い処理を施していたことを示す一次史料です。

LD+3 は Lou Donaldson 1959年録音のメモであり、1958年録音 Somethin' Else のオリジナル LP カッティング時の処理を直接示すものではないため、同一作品における LP→CD の連続性そのものは推察の域を出ません。ただし、Hoffman の解釈・LD+3 メモ・3-way LTAS という 3 つの異なる拠り所が共通して示すのは、Van Gelder が LP 時代も CD 時代も能動的に音作りを行っていた事実であり、媒体ごとに「その時点での自分の理想のサウンド」を追求し続けたエンジニアだった、と整合的に読めます。

「ストレートさのスペクトラム」: McMaster ≧ AP ≫ RVG Edition

3 盤の音作りをストレートさで並べると以下のようになります。

  • 最もストレート: (1) McMaster 1987: ジャケット表記通りの "Digital Transfer"。録音マスターテープのヒスを含めて素朴に転写
  • ほぼストレート: (3) AP 2009: Kevin Gray + Steve Hoffman の「処理を最小限」流儀と整合。ただし完全に手つかずではなく、超高域に何らかのノイズリダクション処理あり
  • 突出した音作り: (2) RVG Edition 1999: 3 盤の中で唯一、ラウドネス・圧縮・中央寄せ・低域削減という能動的な音作りが入った盤

EQカーブと音の作り込みは別の話

ここまでの整理から導かれることは、シンプルです。

  • カッティング時の EQ カーブ は、機材記録と Van Gelder 自身の証言から、1955年初頭以降は RIAA で一貫しています(→ Rudy Van Gelder はどんな機材でカッティングしていたのか?
  • マスタリング段 で行われる音の作り込み(LP のカッティングマスター作成も、CD リマスターも)は、カッティング時の EQ カーブとは独立した、別の工程です。上で観測した中央寄せ・圧縮・低域削減は、いずれも (2) RVG Edition CD 1999 段で新たに加えられた処理であることが客観計測で確認できました
  • 「オリジナル盤とリイシュー盤の音が違う」「CD A と CD B の音が違う」といった聴感差は、それだけではカッティング時の EQ カーブ違いを推論する根拠にはなりません

EQカーブ以外に、レコードの音を決めている要素は?


さらに読むなら


謝辞

本 FAQ を含む RVG カッティングとマスタリングに関する 4 本 FAQ は、RVG Legacy を主宰する Richard Capeless 氏から原稿への助言とコメントを頂いて改訂・分割しました。深く感謝いたします。

FAQ トップに戻る

変更履歴

  • 2026年6月1日: 録音段とマスタリング段の音作り (Hoffman 解釈、LD+3 メモ、JazzWax 本人発言など) を新 FAQ RVG サウンドはどこで作られるか に分割。本 FAQ は 1958年録音 Somethin' Else の 3-way LTAS 計測ケーススタディに集中
  • 2026年5月21日: Billy Taylor が Van Gelder のスタジオで録音した時期について、出典で確認できない年代の記述を削除
  • 2026年5月11日: 初版公開(FAQ「Rudy Van Gelder はどんな機材でカッティングしていたのか?」から「RVGサウンドの正体はEQカーブではない」「1958年録音 Somethin' Else を計測してみる」「EQカーブと音の作り込みは別の話」を切り出して独立FAQとした)

MATSUBAYASHI 'Shaolin' Kohji <shaolin@rhythmaning.org>