RVG サウンドはカッティング時の EQ カーブではなく、録音段とマスタリング段の音作りで決まる。1958 *Somethin' Else* の 3 種類の CD (1987 McMaster / 1999 RVG Edition / 2009 AP) を 3-way LTAS で比較検証
RVG サウンドはどこで作られるか: Somethin' Else 3-way LTAS
このページで答える問い: Rudy Van Gelder の「あの音」 はどこで作り込まれているのか。カッティング時の EQ カーブで決まるのか、それとも別の工程で作られているのか。1958 年録音 Somethin' Else の 3 種類の CD (1987 McMaster / 1999 RVG Edition / 2009 AP) を長期平均スペクトル (LTAS) で比較して検証する。
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RVG サウンドの正体は EQ カーブではない
Van Gelder の録音には独特の音質があり、「RVGサウンド」として知られています。この音質の由来をEQカーブの違いに求める議論がありますが、実際にはシグナルチェーン全体が「あの音」を作り出していました。
Van Gelder は 1951年頃に、当時アメリカ国内にまだほとんど存在しなかったドイツ製コンデンサーマイク Neumann U47 を入手し、1953年1月からセッションに投入しています。従来の RCA リボンマイクや Western Electric マイクにはない高域の感度と繊細さが、RVGサウンドの出発点のひとつとなりました(RVG Legacy)。
マイクの選択に加えて、プログラムEQ、テープへのダビング手法、コンプレッション処理など、複数の段階が重なり合ってひとつのサウンドを形作っていました。ここで重要なのは、Van Gelder の仕事には大きく セッション録音段(マイクからテープまで)と マスタリング段(LP のカッティングマスター作成、後年の CD リマスター)の 2 つの工程があり、それぞれで音への関与のしかたが質的に違っていたことです。
セッション録音段 — 「派手なEQはかけていない」
ジャズ史研究者 Dan Skea が 2002年に Columbia 大学の Current Musicology nos.71-73 に発表した論考 Rudy Van Gelder in Hackensack: Defining the Jazz Sound in the 1950s には、Van Gelder と長年交流のあったギタリスト Les Paul の電話インタビュー証言(1999年)が引用されています。
"The most impressive thing about Rudy ... is that Rudy was conservative and not being radical with any equalization or extreme experiments. He was one to remain stable. ... if something good went in, it came out that way."
(ルディの最も印象的な点は ... イコライゼーションや極端な実験で派手なことをやるのではなく、保守的だったことだ。ぶれずに安定したやり方を貫いていた ... 良い音が入れば、そのまま出てきた)
— Les Paul, telephone interview, 1999, quoted in Dan Skea, "Rudy Van Gelder in Hackensack: Defining the Jazz Sound in the 1950s," Current Musicology nos.71-73 (2002), p.67
※ Les Paul はこの証言で対象工程(セッション録音段か、カッティング段か、全体の作業姿勢か)を明示的には区別していませんが、少なくとも「極端な EQ 実験を派手にやる流儀ではなかった」という点は読み取れます。
ただし Van Gelder が録音段で何もしていなかったわけではありません。音作りの中心は EQ の操作ではなく、Hackensack の自宅リビングルームを録音空間として活かすことと、楽器ごとのマイクの選択と配置でした。
Hackensack スタジオは Van Gelder の両親が 1946年に建てた自宅(25 Prospect Avenue)のリビングルームでした。10 フィート(約 3 メートル)の高い天井、隣のダイニングルームへのアーチウェイ、キッチンや寝室につながる廊下や入り組んだ角といった構造が、結果的に小編成ジャズの録音に適した、適度に乾いていながら立体感のある響きを作っていました(Skea 2002, pp.57, 68)。
Van Gelder は当時主流だった「単一マイクをオーケストラから一定距離に置く」方式を採らず、Telefunken U47 を含む複数のマイクを各楽器に近接配置するスタイルを採用しました。U47 のアンプ部は本来この近距離使用には設計上対応していませんでしたが、エンジニアの Rein Narma が回路を改造することで、近接でも歪まないよう仕立て直しています(Skea 2002, p.61)。
特にピアノについては、Van Gelder は同じフレーズを何度も弾いてもらいながらマイクを置き直すという地道な試行錯誤を重ねて、独自の音像を作り上げていました。1949〜1950年頃から Van Gelder のスタジオで録音していたピアニスト Billy Taylor が、後年こう振り返っています。
"He was the first engineer that I worked with who was that sensitive, and really just took time and cared about mike placement and all that sort of stuff. ... I'd play something, and he'd put a mike in one place and go back in the other room. And then say, 'Okay, let's try that again,' and put a mike somewhere else. ... And he actually captured the sound that I was looking for, and ultimately that seemed, to my ear, to be the basis of his piano sound."
(ルディは、私が今まで一緒に仕事をした中でマイクの配置にあれほど神経を使って時間をかけてくれた最初のエンジニアだった。私が何か弾くと、彼はある場所にマイクを置いて、別の部屋に戻る。そして「よし、もう一回やってみよう」と言って、別のところにマイクを置き直す。そうやって彼は、私が求めていた音を実際に捉えてくれた。それが結局、彼のピアノサウンドの基礎になっているんだと思う)
— Billy Taylor, telephone interview, 1999, quoted in Dan Skea, "Rudy Van Gelder in Hackensack: Defining the Jazz Sound in the 1950s," Current Musicology nos.71-73 (2002), pp.59-60
1959年、Van Gelder は Hackensack のリビングルームを離れ、ニュージャージー州 Englewood Cliffs に専用スタジオを新築します。設計を担当したのは Frank Lloyd Wright に師事した建築家 David Henken。Van Gelder は、自身が録音と音響観察を続けてきた Boston Symphony Hall と Columbia Records の 30th Street Studio に着想を得て設計を進めました(30th Street Studio について Van Gelder は「あそこから出てくる音はほとんど何でも好きだった」と語っています)。tan 色顔料を練り込んだカスタム鋳造のシンダーブロック壁、4 本の巨大なラミネート加工 Douglas fir のアーチが支える高く尖ったシダー材の天井という構造で、専門の音響設計者は雇わず、当時主流の防音施工法も用いていません。1970年代にアイソレーションブースが増設されるまで、ライブルームは Columbia 30th Street Studio と同じく単一の大空間でした(RVG Legacy Construction, Opening)。
偶然の音響を活かしていた Hackensack 期と異なり、Englewood Cliffs では音響そのものを意図的に設計しています。録音段の音作りの中心が EQ の操作ではなく、空間とマイクの設計にあったことは、Van Gelder がそこに投じた手間と資金の方向からも見て取れます。
こうしたスタジオ空間の音響、楽器ごとの近接マイク配置、ピアノに代表されるマイク試行錯誤による音作りは、録音マスターテープに刻まれた段階で確定します。後段のカッティング(LP の溝への刻印)や CD リマスタリングではこの「録音段の音」を書き換えることはできず、同じ録音マスターから派生する各リイシューに共通して受け継がれる成分です。
Van Gelder 自身も、2005年の All About Jazz 記事 (Chris M. Slawecki) が引用する Michael Cuscuna のインタビューで、セッション録音時の自分の役割をこう語っています。
"I had a different responsibility at that time. ... I was trying to make these individual people be heard in the way that they wanted to be heard."
(あの時の私の責任は別のものだった ... 一人ひとりの音楽家が、自分が聴かれたい姿で聴かれるように支援することだった)
— Van Gelder, interview by Michael Cuscuna, quoted in Chris M. Slawecki, "Blue Note and Recording Master Re-Present RVG's Heritage – Rudy Van Gelder," All About Jazz, June 14, 2005
Van Gelder 自身も、2012年に音楽ジャーナリスト Marc Myers が Englewood Cliffs スタジオで 1 年がかりで行った JazzWax のインタビューで、Blue Note の音は自分一人の判断ではなく、プロデューサーの Alfred Lion が望む音を技術的に実現したものだ、と振り返っています。
"Alfred was rigid about how he wanted Blue Note records to sound, so I just had to give him what he had in mind."
(Alfred は Blue Note のレコードをどういう音にしたいかについて厳格だったから、彼が頭に描いていた音を実現するしかなかった)
— Rudy Van Gelder, interview by Marc Myers, JazzWax Pt.4, 2012年2月16日
そして同インタビュー Pt.3 では、録音段だけで仕事を完結させるつもりはなく、後段のマスタリングまでを自分の責任領域として捉えていたことを明言しています。
"I always wanted to be in control of the entire recording chain—from the initial recording through mastering. Why not? It had my name on it."
(初期録音からマスタリングまで、録音チェーン全体を自分の制御下に置きたかった。当然じゃないか、そこに私の名前が刻まれるんだから)
— Rudy Van Gelder, interview by Marc Myers, JazzWax Pt.3, 2012年2月15日
つまり Blue Note オリジナル盤の音は、Van Gelder の録音、Alfred Lion の音響的指示、そして後段のマスタリング全工程を含めた共同作業の結果であり、録音マスターテープに刻まれた音とは別の工程が積み上がった完成物です。
マスタリング段 — 「意図的に音を変える」工程
ここでは、カッティング時の EQ カーブ(RIAA など)の選択とは別に、音量・帯域バランス・ダイナミクス・ステレオ像を調整する工程を広く「マスタリング段」と呼びます。LP のカッティングマスター作成と後年の CD リマスターでは、媒体制約も目的も違いますが、いずれも(録音マスターテープを起点として)何らかの音作りを加えるという点で共通しています。
Van Gelder 自身が 1995年の Audio 誌インタビューで、こうしたマスタリング段の音作りについて、自分が「意図的に音を変えている」と率直に認めています。
"Intentionally changing the sound! Changing the loudness to softness, the highs to lows. Yes, it's a very elaborate procedure; it is a part of the recording process that most people don't even know exists."
(意図的に音を変える! ラウドネスをソフトネスに、ハイをローに。そう、これは非常に手の込んだ手続きで、ほとんどの人がその存在を知らない、レコーディング工程の一部分だ)
— Van Gelder, interview by James Rozzi, Audio Magazine, November 1995
※ ここでいう「音を変える」は、カッティング時の EQ カーブ(RIAA など)の選択ではなく、レベル・ダイナミクス・帯域バランスといったプログラム処理の話です。
LP のメディアとしての制約に対する Van Gelder 自身の評価も率直です。
"The biggest distorter is the LP itself. ... It was a constant battle to try to make that music sound the way it should. It was never any good."
(最大の歪源は LP それ自体だ ... 音楽をあるべき音に聞こえさせようとする闘いの連続だった。それが満足のいく結果になったことは一度もなかった)
— Van Gelder, interview by James Rozzi, Audio Magazine, November 1995
そして 1999年から始まった Blue Note の RVG Edition CD シリーズ(Van Gelder 自身が当時の録音マスターテープから CD 用にリマスターした再発シリーズ)について、Van Gelder は 2005年の All About Jazz 記事 (Chris M. Slawecki) が引用する Michael Cuscuna のインタビューでこう述べています。
"When you first called me, I thought, 'Wow. That's the best job I ever had.' ... This is my opportunity to present my version of how those things should sound. What a great job this is!"
(最初に君から電話をもらったとき、「これは私が今までやった中で最高の仕事だ」と思った ... これは、それらの作品があるべき音について、私のバージョンを提示する機会だ。なんて素晴らしい仕事なんだ!)
— Van Gelder, interview by Michael Cuscuna, quoted in Chris M. Slawecki, "Blue Note and Recording Master Re-Present RVG's Heritage – Rudy Van Gelder," All About Jazz, June 14, 2005
"The remastering series has enabled me to get closer to the music ... much closer than I ever could before. ... I could do a much better job."
(このリマスタリング・シリーズで、私は音楽により近づけるようになった。以前にできた以上に近く ... もっと良い仕事ができる)
— Van Gelder, interview by Michael Cuscuna, quoted in Chris M. Slawecki, "Blue Note and Recording Master Re-Present RVG's Heritage – Rudy Van Gelder," All About Jazz, June 14, 2005
「あるべき音」「もっと良い仕事ができる」という Van Gelder 自身の言葉から読み取れるのは、CD 時代の RVG Edition は LP 時代の音をそのまま CD で再現する仕事ではなく、Van Gelder が CD というメディアの自由度の中で再構成した「あるべき音」だということです。
Van Gelder 自身は、2012年の JazzWax インタビュー Pt.4 で、最終テープからラッカーマスター盤を切る工程について次のように振り返っています。
"I'd put a blank lacquer disc on the Scully's platter and make adjustments for lines per inch and levels. Then I'd start the platter turning and lower the lathe's stylus."
(ブランクのラッカー盤を Scully のプラッターに乗せ、1 インチあたりの溝数とレベルを調整する。それからプラッターを回転させて、レースのスタイラスを下ろす)
— Rudy Van Gelder, interview by Marc Myers, JazzWax Pt.4, 2012年2月16日
Van Gelder 本人は LP カッティングマスターを切る工程を「lines per inch(溝の密度)と levels(レベル)の調整」とだけ説明しており、ここで EQ や圧縮の具体的な操作については語っていません。具体的にこの段でどのような音作りが行われていたのかは、本人の 2012年の証言からは直接導けず、別途の証言や計測で見ていく必要があります。
Steve Hoffman の解釈と RVG 自身の語り
マスタリング段で具体的にどんな音作りがあったか、特に LP カッティングマスター段では何が起きていたかについては、米国のマスタリングエンジニア Steve Hoffman が web 上で次のような解釈を公表しています。
(1) 3:1 以上のダイナミックレンジ圧縮、(2) 中高域 (3〜6 kHz 付近) に +5〜6 dB のブースト、(3) 中低域にもたついたブースト、(4) 低音域 (60 Hz 以下) の完全カット、(5) 最上の高域 (12 kHz 以上) の完全カット。これら 5 項目を組み合わせた「中域を前に押し出した『古いハイファイ風』の帯域整形と強い圧縮」が Van Gelder の LP カッティング段の音作りだった、というのが Hoffman の解釈です(Hoffman 自身の web サイト、および Music Matters Blue Note reissue forum 投稿)。
ただしこれは Hoffman の解釈であり、Van Gelder 本人発言ではありません。Van Gelder は 2012年の JazzWax インタビューで技術面の詳細について詳しく語ることを避けており、
"nothing is simple and everything is complex."
(単純なものなどない、すべては複雑だ)
— Rudy Van Gelder, interview by Marc Myers, JazzWax Pt.3, 2012年2月15日
具体的な EQ や圧縮のチェックリストには乗ってこない応答スタイルです。
いずれにせよ、これらの音作りはすべて マスタリング段 の話であり、カッティング時の EQ カーブ (RIAA など) の選択とは独立した、別の工程です。次節で 1958年録音 Somethin' Else の 3 種類の CD 音源を計測して、Hoffman の 5 項目(推測)と客観的な計測結果(観測)の対応を見ます。
1958年録音 Somethin' Else を計測してみる
以下は、本 FAQ の中心的な論点「マスタリング段の音作りはカッティング時の EQ カーブとは別の話」を実例で示す ケーススタディ です。
Van Gelder のマスタリング段の音作りが何の軸で起きているのかは、デジタル音源の客観的な計測でも見えてきます。泣く子も黙る大名盤 Somethin' Else / Cannonball Adderley(Blue Note BST-81595, 1958年録音)について、リリース年順に並ぶ 3 種類の CD 音源を比較しました。
- Capitol / Blue Note 0777 7 46338 2 6(1987年): CD 黎明期に Ron McMaster の手で作られた CD 化盤。ジャケット表記は "Digital Transfer by Ron McMaster" であり、後年確立する「リマスター」という言葉以前の、テープからの素朴な転写と推測されます
- Blue Note 7243 4 95329 2 2(1999年): RVG Edition、Van Gelder 本人による CD 用リマスター盤
- Analogue Productions CBNJ 81595 SA(2009年): Kevin Gray + Steve Hoffman による SACD/CD ハイブリッド盤の CD レイヤー。両エンジニアは「処理を最小限にとどめる」マスタリング方針を公表しており(Steve Hoffman, Tape Op interview)、本盤も能動的な音作りを抑えた転送に近いものと推測されます
(1) は CD 黎明期の素朴な転写、(2) は本人による CD 化リマスター、(3) は能動的な音作りを最小限にとどめた録音マスターからの転送、と性格が異なります。
筆者がこの 3 枚の全 6 トラックを長期平均スペクトル(LTAS)で比較解析した結果が以下です(解析条件: Welch PSD、Hann 窓、64k FFT、50% overlap、1/12 オクターブ平滑化、6 トラック duration-weighted 平均)。
ラウドネスとダイナミクス
| 計測項目 | (1) Mc 1987 | (2) RVG 1999 | (3) AP 2009 |
|---|---|---|---|
| アルバム平均 RMS レベル | -21.10 dBFS | -15.35 dBFS | -23.06 dBFS |
| アルバム平均 波高率(ピーク − RMS) | 20.80 dB | 15.15 dB | 20.45 dB |
| 全 6 トラックのピークレベル | -2.01 〜 0.00 dBFS(自然なバラつき) | 全曲 -0.18 dBFS で揃う | -0.20 〜 -4.75 dBFS(自然なバラつき) |
(1) と (3) はほぼ同じ RMS レベルとほぼ同じ波高率を示し、トラックごとのピークも自然にバラついています。一方 (2) RVG Edition だけが約 +6〜+8 dB ラウドで、波高率は約 5 dB 小さく、全 6 トラックのピークが -0.18 dBFS という値で揃っています。これは (2) でリミッター/正規化処理が掛けられている強い証拠です。
スペクトル形状(1 kHz 規準化)
| 帯域 | (1) Mc 1987 | (2) RVG 1999 | (3) AP 2009 |
|---|---|---|---|
| 100-200 Hz | +10.4 〜 +10.8 dB | +7.2 〜 +7.4 dB | +9.9 〜 +10.6 dB |
| 500 Hz 〜 4 kHz | ±0.5 dB 以内(3 盤完全に一致) | (同左) | (同左) |
| 12 kHz | -18.9 dB | -17.1 dB | -20.5 dB |
| 16 kHz | -15.9 dB | -12.3 dB | -20.0 dB |
| 20 kHz | -25.1 dB | -15.5 dB | -28.5 dB |
中域 (500 Hz - 4 kHz) では 3 盤が完全に一致しています(同じ録音マスターテープ由来であることの整合性確認)。低域 100-200 Hz は (1) と (3) がほぼ同じ値を示し、(2) RVG Edition だけが約 -3 dB 削減されています。高域は (1) と (2) が比較的近く、(3) AP がやや抑え気味(おそらく録音マスターテープのヒス領域への何らかのノイズリダクション処理)です。
Mid/Side パワー比(ステレオ像の中央寄り度)
| 帯域 | (1) Mc 1987 | (2) RVG 1999 | (3) AP 2009 |
|---|---|---|---|
| 500 Hz | +3.6 dB | +18.4 dB | +3.9 dB |
| 1 kHz | +3.4 dB | +19.8 dB | +2.4 dB |
| 2 kHz | +1.8 dB | +21.0 dB | +1.4 dB |
| 4 kHz | +1.2 dB | +19.4 dB | +1.6 dB |
| 8 kHz | +0.4 dB | +13.5 dB | +1.1 dB |
(1) Mc と (3) AP はいずれも +1〜+4 dB 程度の自然なステレオ像を保持(1958 年録音の広いステレオ像が活きている)であるのに対し、(2) RVG Edition だけが +13〜+21 dB と桁違いに中央寄りになっています。
中央寄せと圧縮は RVG Edition CD 1999 段で新たに加えられた処理
3 盤の比較から、決定的な事実が読み取れます。
(1) Mc 1987 は CD 黎明期の素朴な転写、(3) AP 2009 は能動的な音作りを最小限にとどめた転送、この 2 つは共に 自然なステレオ像と自然な波高率を保持 しています。両盤が独立に同じ性質を示すということは、それは 録音マスターテープと LP カッティングマスターテープの両方に共通する性質 であり、別々のマスターテープから作られた偶然ではないと言えます(以前の AP と RVG Edition だけの 2 盤比較では、両者が異なるマスターテープを使った可能性が論理上残っていました)。
(2) RVG Edition CD 1999 だけが、中央寄せ(M/S +14〜+21 dB)と圧縮(リミッター + 波高率約 -5 dB)と低域削減を併せ持っています。これらは (2) RVG Edition CD のリマスター段(1999 年)で新たに加えられた処理 であることが、3 盤比較で客観的に確定しました。
Hoffman の 5 項目(推測)と 3-way LTAS(観測)の対応
前節で挙げた Hoffman の 5 項目(Steve Hoffman 自身の web で公表された解釈)を、3-way LTAS の観測結果と並べると以下のようになります。
| Hoffman の主張(推測) | 3-way LTAS(観測) | 判定 |
|---|---|---|
| (1) 3:1 以上のダイナミックレンジ圧縮 | RVG だけ +6〜+8 dB ラウド + 全曲ピーク -0.18 dBFS で揃う、Mc/AP は自然 | (2) RVG Edition CD 段で加えられた処理 |
| (2) 中高域 (3-6 kHz) +5〜6 dB ブースト | 3 盤とも 1-4 kHz で差 ±0.5 dB 以内 | LTAS 平均では非支持 |
| (3) 中低域のもたついたブースト | 100-200 Hz は Mc と AP が同等、RVG は約 -3 dB | LP カッティング段のもたついた加工が CD で反復された証拠なし |
| (4) 低音域と最上の高域のカット | 50 Hz わずかに整合 / 高域は AP のノイズリダクションが主因 | 一部のみ整合 |
| (5) 中央寄せ (center channel collapse) | M/S +14〜+21 dB は RVG だけ、Mc/AP は +1〜+4 dB の自然なステレオ像 | (2) RVG Edition CD 段で加えられた処理(3-way で決定的に確定) |
(1) 圧縮 と (5) 中央寄せ は 3-way LTAS で RVG Edition CD 1999 段の新規処理として決定的に確定 しました。Hoffman の 5 項目はあくまで Hoffman の解釈であり本人発言ではないため、各項目の所属工程(録音段か、LP カッティングマスター段か、CD リマスター段か)は、客観計測で個別に裏付ける必要があります。
「ストレートさのスペクトラム」: McMaster ≧ AP ≫ RVG Edition
3 盤の音作りをストレートさで並べると以下のようになります。
- 最もストレート: (1) McMaster 1987: ジャケット表記通りの "Digital Transfer"。録音マスターテープのヒスを含めて素朴に転写
- ほぼストレート: (3) AP 2009: Kevin Gray + Steve Hoffman の「処理を最小限」流儀と整合。ただし完全に手つかずではなく、超高域に何らかのノイズリダクション処理あり
- 突出した音作り: (2) RVG Edition 1999: 3 盤の中で唯一、ラウドネス・圧縮・中央寄せ・低域削減という能動的な音作りが入った盤
EQカーブと音の作り込みは別の話
ここまでの整理から導かれることは、シンプルです。
- カッティング時の EQ カーブ は、機材記録と Van Gelder 自身の証言から、1955年初頭以降は RIAA で一貫しています(→ Rudy Van Gelder はどんな機材でカッティングしていたのか?)
- マスタリング段 で行われる音の作り込み(LP のカッティングマスター作成も、CD リマスターも)は、カッティング時の EQ カーブとは独立した、別の工程です。上で観測した中央寄せ・圧縮・低域削減は、いずれも (2) RVG Edition CD 1999 段で新たに加えられた処理であることが客観計測で確認できました
- 「オリジナル盤とリイシュー盤の音が違う」「CD A と CD B の音が違う」といった聴感差は、それだけではカッティング時の EQ カーブ違いを推論する根拠にはなりません
さらに読むなら
- Rudy Van Gelder はどんな機材でカッティングしていたのか? — RVG のカッティング機材変遷、AES → RIAA 移行、Van Gelder 本人による 1955 年 Down Beat 証言
- EQカーブとマスタリング、どちらが音を決めるのか? — マスタリング段の影響の大きさを概念的に整理
- EQカーブ以外に、レコードの音に影響する要素は何か? — シグナルチェーンの各段が音に与える影響
変更履歴
- 2026年5月11日: 初版公開(FAQ「Rudy Van Gelder はどんな機材でカッティングしていたのか?」から「RVGサウンドの正体はEQカーブではない」「1958年録音 Somethin' Else を計測してみる」「EQカーブと音の作り込みは別の話」を切り出して独立FAQとした)