Rudy Van Gelder のカッティング機材とEQカーブ — 機材記録・本人証言から読み解く事実

最終更新: 2026年5月17日 読了時間の目安: 約9分

Rudy Van Gelder はどんな機材でカッティングしていたのか?

このページで答える問い: Blue Note や Prestige のカッティングを手がけた Rudy Van Gelder は、どのような機材を使い、どのEQカーブでカッティングしていたのか。そしてそれは、EQカーブをめぐる議論とどう関係するのか。



録音からカッティングまで、一人で完結させたエンジニア

Rudy Van Gelder(1924–2016)は、Blue Note、Prestige、Impulse! をはじめとするジャズレーベルの録音・カッティング(マスタリング)を数十年にわたって手がけたエンジニアです。

Van Gelder の特異さは、録音からカッティングまでを一人で行ったことにあります。多くのレーベルは録音とカッティングを別のスタジオ、別のエンジニアに委託していましたが、Van Gelder はマイクの選択からラッカー盤のカッティングまで、すべてを自分のスタジオで完結させていました。

もともと検眼士(optometrist)を本業としていた Van Gelder は、1930年代から自宅で78回転ラッカーへの直接録音を始めました。1950年頃にテープ録音(Ampex 300-C、1951年6月購入)へ移行し、1953年には Fairchild 523 カッティングレースを導入して、自前でのマスタリングを開始します。この自前カッティングへの参入が、Blue Note Records と Vox Records を顧客として獲得する契機となりました(RVG Legacy)。

プロデューサーの Bob Porter は、Van Gelder について「業界の誰よりも高いレベルで LP をカッティングできた」と評しています。


カッティング機材の変遷

Grampian / Gotham 以前(1953年〜1955年初頭)

1953年に Fairchild 523 カッティングレースを導入した時点では、Van Gelder は AES カーブでカッティングしていたと考えられています。Blue Note は Van Gelder 以前、WOR Studios でカッティングしており、WOR Studios のチーフエンジニアは AES 標準規格委員会のメンバでもありました(→ Pt.17)。Van Gelder が引き継いだ当初も、同じ AES カーブが使われていた可能性が高いでしょう。

Grampian / Gotham システム以降(1955年初頭〜):RIAA への移行

その後、Van Gelder はカッターヘッドとカッティングアンプの改良に取り組みます。

BBC 規格の Grampian B1/AGU カッターヘッドを採用し、付属の Grampian RA4 カッティングアンプでは出力が不足するため、マンハッタンの Gotham Audio 社のエンジニア Rein Narma に、より強力なカッティングアンプの開発を依頼しました。その結果生まれたのが Gotham PFB-150WA(150W カッティングアンプ、RIAA 録音特性内蔵)です(RVG Legacy)。

Gotham PFB-150WA Recording Amplifier
Grampian-Gotham のパンフレットより、Gotham PFB-150WA カッティングアンプの仕様説明ページ。150W の出力と RIAA 録音特性を内蔵し、Van Gelder の RIAA 移行を支えた機材

1955年3月11日付の周波数測定グラフ(Jay McKnight 測定、Rein Narma 確認)が RVG Estate サイトで公開されています。

同年、Van Gelder は Scully 601 カッティングレース($8,500、現在の約 $80,000 相当)を導入。1962年には2台目を導入し、同時に2枚のマスターをカッティングできる体制を整えました。

詳しくは → Pt.18Pt.19

ステレオ時代:Fairchild → Westrex(1950年代末〜)

ステレオ時代に入ると、Van Gelder は Fairchild 642 ステレオカッターヘッドを採用しました。このカッターヘッドは、Gotham 時代から協力関係にあった Rein Narma が共同設計したものです。業界では競合する Westrex 方式が主流となりましたが、Van Gelder は数年間 Fairchild を使い続けました。

Fairchild Model 644 Power Amplifier
Fairchild 641 ステレオ録音システムの Model 644 パワーアンプ(正面と背面)。642 カッターヘッドを駆動するアンプで、内蔵イコライザが前段の 643 ベータアンプと合わせて RIAA 録音特性を実現する(写真は Nicholas Bergh 氏提供)

1965年頃、最終的に Westrex 3D II カッターヘッドに移行。このシステムはその後数十年にわたって使用されました(RVG Legacy)。

Westrex RA-1574-B and RA-1567-B
Westrex の RA-1574-B カッティングアンプ(右)と RA-1567-B 電源ユニット(左)。Western Electric が1958年に Westrex 3A ステレオカッターヘッドと同時期に発表した機材で、RIAA 録音特性を内蔵する。Van Gelder が1965年頃に導入した Westrex 3D II システムの系統の録音アンプ(出典: Reverb.com 出品 "Westrex RA1574B Tube Record Disc Cutting Amplifier w/ RA-1567B Power Supply #3")

Fairchild 641 システム(642 カッターヘッドを含む)も Westrex システムも、いずれも RIAA 録音特性を前提とした設計です(→ Pt.19)。


Van Gelder 自身の証言

1955年10月19日の Down Beat 誌に掲載された寄稿記事 "How Quality Of Old Discs Is Brought Up In Standard" で、Van Gelder は旧音源のリマスタリング工程を解説しています。その中で、カッティングに関して次のように述べています。

"Incidentally, these remastered recordings should be played back with the same reproduction curve as any new records. In my case, I use the standard RIAA curve."

(ちなみに、これらのリマスター盤は、新譜と同じ再生カーブで再生される必要がある。私の場合、標準規格である RIAA カーブを使っている)

— Rudy Van Gelder, "How Quality Of Old Discs Is Brought Up In Standard," Down Beat, October 19, 1955, p.20

機材記録と本人の証言が一致しています。1955年初頭に導入した Gotham PFB-150WA(RIAA 録音特性内蔵)、1950年代末からの Fairchild 641(RIAA 録音特性)、1965年からの Westrex(RIAA 録音特性)——いずれも RIAA 特性を前提とした機材です。

詳しくは → Pt.20


EQカーブの議論との関係

Van Gelder のカッティング機材と本人の証言は、いずれも RIAA 特性の使用を裏づけています。

これらの客観的事実から論理的に推論すると、Van Gelder は1955年初頭以降、RIAA カーブでカッティングしていたことになります。

Blue Note BLP-5058 back cover (RIAA marking)
Blue Note BLP-5058 のジャケット裏のクローズアップ。「This album is recorded with a standard R.I.A.A. recording characteristic. Recording Engineer: Rudy Van Gelder.」 と印刷されている。本盤は Down Beat 誌 1955年4月20日号 p.24 の 'BLUE NOTE April Releases' 広告に掲載されており、ジャケットで RIAA と明記された最初期の Blue Note LP のひとつ

Blue Note と Prestige のレコードは、レーベルのアートワークこそ異なりますが、カッティングはすべて同じ Van Gelder のスタジオで、同じ機材を使って行われていました。

米国のステレオLPは、本当にすべてRIAAカーブで録音されているのですか?

「リイシューと音が違う」はカッティング時のカーブの話ではない

「同じ録音のオリジナル盤と現代リイシューを聴き比べたら音が違う、だからオリジナルは別のカーブでカッティングされていたのではないか」という議論を耳にすることがあります。しかし、オリジナル盤とリイシューの音の違いは、カッティング時のカーブとは独立した、マスタリング段の音作りの違いとして説明できます。

Van Gelder 自身が、Audio 誌 1995年11月号のインタビューで次のように語っています。

"Reissuing is nothing but post-production."

(リイシューとは、ポストプロダクション以外の何物でもない)

— Van Gelder, interview by James Rozzi, Audio Magazine, November 1995

リイシュー時のマスタリングは、カッティング時の EQ カーブとは別の工程です。

「リイシュー間で音が違う」 という聴感差が、カッティング時の EQ カーブ違いではなく、マスタリング段の音作り (RVG Edition CD 1999 段で新たに加えられた中央寄せ + 圧縮 + 低域削減) で説明できることを、1958 年録音 Somethin' Else の 3-way LTAS 比較で示しています。

RVG サウンドはどこで作られるか: Somethin' Else 3-way LTAS


さらに読むなら

  • RVG Legacy — Richard Capeless 氏が、Van Gelder Estate の協力のもと、一次資料に基づいて構築した Van Gelder の機材と録音の総合サイト。未公開写真や技術資料を含む
  • Pt.18 — Grampian B1/AGU カッターヘッドと Gotham PFB-150WA
  • Pt.19 — Gotham PFB-150WA、Fairchild 641、Westrex 3D II の詳細
  • Pt.20 — Down Beat 1955年の Van Gelder インタビュー

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変更履歴

  • 2026年5月17日: 図版を追加 (Blue Note BLP-5058 ジャケット裏の RIAA カーブ明記クローズアップ、ジャケットで RIAA と明記された最初期 Blue Note LP のひとつ)
  • 2026年5月11日: 「RVGサウンドの正体はEQカーブではない」 「1958年録音 Somethin' Else を計測してみる」 「EQカーブと音の作り込みは別の話」 の各節を新 FAQ RVG サウンドはどこで作られるか: Somethin' Else 3-way LTAS として独立化。本 FAQ は「EQカーブの議論との関係」 節末尾で新 FAQ への誘導を加える形に縮減
  • 2026年5月11日: 1958年録音 Somethin' Else の LTAS 比較を 3 盤比較 (Capitol/Blue Note 1987 McMaster / RVG Edition 1999 / Analogue Productions 2009) に拡張、図版を 5 枚に拡充。中央寄せ処理が RVG Edition CD 1999 段で新たに加えられたことを 3 盤比較で確認。Steve Hoffman による LP カッティングマスター段の音作りに関する解釈を整理し、3-way LTAS との対応を表にまとめた。Van Gelder 本人の 2012年 JazzWax インタビュー (聞き手 Marc Myers) からの引用を追加 (Alfred Lion との共同作業、録音チェーン全体の制御、ラッカーマスター工程の自己説明)
  • 2026年5月6日: 「RVGサウンドの正体はEQカーブではない」節をセッション録音段・マスタリング段の 2 段構成に拡充。セッション録音段に Skea 2002 から Hackensack スタジオの音響特性、Telefunken U47 近接マイク戦略、Billy Taylor のピアノ録音証言、および 1959年の Englewood Cliffs 専用スタジオ建設 (David Henken 設計、RVG Legacy) と Hackensack との対比を追加。Van Gelder 1995年 Audio 誌インタビュー (聞き手 James Rozzi) および 2005年 All About Jazz 記事 (Chris M. Slawecki) から本人証言を引用追加。1958年録音 Somethin' Else の LTAS 比較 (筆者解析) を表と図で追加
  • 2026年4月14日: 図版を追加
  • 2026年4月8日: 初版公開

MATSUBAYASHI 'Shaolin' Kohji <shaolin@rhythmaning.org>