ストコフスキーとベル研の共同実験録音 — 指揮者とエンジニアが切り拓いた高忠実度録音の前史
ストコフスキーとベル研の共同実験録音
このページで答える問い: 20世紀を代表する指揮者レオポルド・ストコフスキーは、なぜベル研究所と共同で録音実験を行い、それは録音再生技術の歴史にどのような影響を残したのか。
ラジオ放送への失望
1930年、レオポルド・ストコフスキーはフィラデルフィア管弦楽団の音楽監督・常任指揮者として18年目を迎えていました。
NBC(RCA の子会社)との契約により、1930〜31年シーズンのコンサートがラジオ生中継されることになり、1930年8月に放送機材が設置されました。しかし、実際に放送されたその音質にストコフスキーは満足しませんでした。
1930年4月、ストコフスキーはニューヨークの Bell Telephone Laboratories(ベル研究所)を初めて訪問し、研究者たちと意気投合していました。NBC 放送の4回目にして最後の生中継が終わった3日後の1931年4月8日、ストコフスキーは Western Electric の Harry D. Arnold に手紙を送ります。
もし、私やフィラデルフィア管弦楽団が、ベル研における音響実験研究において、何がしかお役に立てることがあるのならば、いつでもご相談ください。実験をリハーサル中に行えば、費用は一切かかりません。リハーサルには誰も同席させないようにすれば、非公開で実験を遂行でき、またご希望であれば実験結果も秘密にしておけます。
— Robert E. McGinn, "Stokowski and the Bell Telephone Laboratories", Technology and Culture, Vol.24, No.1, Jan. 1983, pp.46-47
エンジニアでも開発者でもない指揮者が、自らの楽団を「実験台」として差し出したのです。
「単に指揮をして、あとはエンジニアに任せる」人ではなかった
ストコフスキーは、単なる音楽上の協力者にとどまりませんでした。
McGinn の論文は、ストコフスキーの姿勢をこう記しています。
レコーディングにおいてもストコフスキーは、単に指揮をして、他のことは全てエンジニアに任せる、ということに満足していなかった。マイクの位置、オーケストラの座席配置、音響反射板、モニターパネルなど、録音に関わるあらゆる道具や機材に強い興味を持っていた。
— McGinn, ibid., pp.44-45
音響やオーディオ技術を自らの「究極の腕」として使いこなそうとする姿勢は、後に伝説的とすら評されるようになります。
1931〜32年:世界初の意図的ステレオ録音
1931年秋、フィラデルフィア管弦楽団の本拠地アカデミー・オブ・ミュージックに、ベル研の縦振動記録システムが設置されました。
1931〜32年シーズンにかけて、数えきれないほどの実験録音が行われます。全曲通しの録音はほとんどなく、ダイナミックレンジの広い特定の楽章が実験的に記録されました。
その中には、1932年3月12日に録音されたスクリャービンの交響曲第5番「プロメテウス:火の詩」や、ムソルグスキーの「展覧会の絵」も含まれます。これらは世界初の「意図的に」記録されたステレオ録音でした。
1932年5月2日:音響学会での公開デモと即興講演
1932年5月2日、アメリカ音響学会(ASA)がベル研で開催した学会で、ストコフスキー=フィラデルフィア管弦楽団の実験録音が公開デモンストレーションされました(RCA Victor の許可のもと実施)。縦振動トランスクリプションの開発者 J.P. Maxfield による技術解説に続き、ストコフスキー自身が講演を行いました。
論文誌 The Journal of the Acoustical Society of America には、その講演 "New Horizons in Music" が9ページにわたって収録されています。注釈には「この演説は原稿なしでアドリブで話されたものである」と記されています。物理学者、心理学者、エンジニアを前にして、ストコフスキーはこう語りました。
一体我々は何をしようとしているのか? 我々は音に関わる者だ。究極の目的は、世界中のできるだけ多くの人々に、可能な限り最高品質の音楽を届け投影することだ。我々はその方法を見つけなければならないのだ。現時点においては、まだ不完全であり限定されているが、我々の努力により、新たなる地平、新たなる可能性が、眼前に現れることになるのだ。
— Leopold Stokowski, "New Horizons in Music", The Journal of the Acoustical Society of America, 4, 11 (1932), p.11
1933年:ワシントンDCでのステレオ公開実験
1933年4月27日、ワシントンDC の Constitution Hall で、ペンシルバニアとフィラデルフィアを電話回線で結んだ壮大なステレオフォニック公開実験が行われました。
当時の民生用レコードやラジオ放送を大きく凌駕する、10,000Hz から 13,000Hz に至る周波数特性が実現され、招待客を驚かせたと記録されています。ベル研とストコフスキーの共同実験は、その後も1940年まで、3チャンネル・ステレオのフィルム録音などを含めて続きました。
約50年後のLP復刻
実験録音のマスターやスタンパーは、長らくベル研の倉庫に厳重に保管されていました。
1979年と1980年、ベル研はこれらの録音を2枚の限定LPとして復刻しました(BTL-7901 "Early Hi-Fi"、BTL-8001 "Early Hi-Fi Volume 2")。録音から約50年を経て、一般のリスナーもこの革命的な記録を耳にできるようになりました。正規のCD再発は行われていないようです。
EQカーブの歴史とのつながり
この一連の実験は、EQカーブの規格化とは直接結びつきません(Pt.5 でもそう断っています)。
ただし、ベル研の縦振動トランスクリプション技術には、専用のEQカーブが存在していました。このカーブは LCR 回路で実装されたイコライザによるもので、Western Electric のカッティングシステムでは1930年代から1960年代まで同一の特性が使われ続けました。のちに1942年の NAB 規格で策定された縦振動用カーブは、この WE の縦振動カーブと同一です(横振動用の NAB カーブとは異なります)。
さらに、録音再生における周波数特性の拡大という視点で見ると、この共同実験の意義はより広がります。
1925年の電気録音で下は 80〜100Hz、上は 5,000Hz 程度だった記録可能帯域を、ベル研の縦振動トランスクリプション技術は大幅に広げました。ストコフスキーとの共同実験は、この技術を実際のオーケストラ録音で限界まで試す機会となり、得られた知見は後のマイクログルーヴ録音技術に影響を与えています。
縦振動 vs 横振動:当時の評価
ベル研=ストコフスキーの実験録音が使った縦振動記録方式は、1930年代には横振動方式と並んでトランスクリプション盤の一角を占めていました。ハリウッドの映画産業や一部のトランスクリプション・レーベルで広く使われ、高音質の面では横振動方式を上回るとさえ考えられていました。
Fortune 誌1939年9月号の特集記事「Phonograph Records」には、民生用レコードも縦振動方式に切り替えるべきだという意見が掲載されているほどです。同記事は「縦振動のマスターを数年間保管しておき、ラインナップが揃ったところで、横振動と縦振動の両方を再生できる新しい蓄音機とともに発売すればよい」とまで提案しています(Pt.5 を参照)。
しかし、1938年にハーバード大学の Pierce & Hunt が発表した論文 "Distortion in Sound Reproduction from Phonograph Records" は、横振動記録の方が縦振動記録よりも歪みが大幅に少ないことを理論的・実験的に示しました。横振動の溝は左右の壁で針を支えるプッシュプル構造であり、2次高調波歪がキャンセルされるためです(Pt.6 を参照)。Fortune 誌の記事はこの論文より後に書かれたものですが、Pierce & Hunt の知見が業界に浸透するには時間がかかったことがうかがえます。
結果として、民生用レコードは横振動方式のまま進化し、マイクログルーヴ LP(1948年)もステレオ LP(1958年)も横振動を基本としました。ストコフスキーとベル研が追求した「より広い帯域をレコードに収める」という技術的挑戦は、最終的には横振動方式の枠組みの中で受け継がれていくことになります。
そして、より広い帯域をレコードに収めようとすれば、低域の溝振幅と高域のノイズという物理的制約が先鋭化します。それこそが、EQカーブという概念が必要とされる根本的な理由です。ストコフスキーとベル研のコラボレーションは、その技術的冒険の最前線にありました。実際、Bell Labs / Western Electric の縦振動トランスクリプション盤において、録音再生EQに意図的な高域プリエンファシスが史上初めて用いられたのです。この技術は、のちに横振動方式の民生用レコードにも受け継がれていくことになります。
→ なぜ最初から統一規格にならなかったのか(In a Nutshell Part 1)
さらに読むなら
- Pt.5 — ベル研=ストコフスキーのコラボレーション全容と Orthacoustic カーブの登場
- McGinn, Robert E. "Stokowski and the Bell Telephone Laboratories: Collaboration in the Development of High-Fidelity Sound Reproduction", Technology and Culture, Vol.24, No.1, Jan. 1983
- O'Brien, Gabrielle E. "The New Age of Sound: How Bell Telephone Laboratories and Leopold Stokowski Modernized Music", Acoustics Today, Vol.14, Issue 2, Summer 2018
- The Stokowski Legacy — O'Brien による詳細記事 "Leopold Stokowski, Harvey Fletcher and Bell Laboratories" を含む
変更履歴
- 2026年4月8日: 初版公開