RIAA以前に使われていた主要なEQカーブの一覧と、なぜそれほど多くのカーブが存在したのか
RIAA 以前にはどんな EQ カーブがあったか?
このページで答える問い: 1954年の RIAA 標準化以前、レコードの録音にはどのような EQ カーブが使われていたのか。なぜそれほど多くのカーブが存在したのか。
概要
1954年に RIAA カーブが策定される以前、レコードの録音再生特性は統一されていませんでした。各レコード会社、放送局、カッティングスタジオが、それぞれの機材と目的に合わせて独自のカーブを使用していました。
以下に、米国で使われた主要なカーブを示します。ここでは、各カーブを時定数の組み合わせで簡潔に記述しています。
→ EQ カーブの基礎(時定数、ターンオーバー、ベースシェルフ、ロールオフ)については フォノイコライゼーションとは?
主要なプレ RIAA カーブ一覧
| カーブ名称 | 使用者 | 使用開始時期 | 通称 | ターンオーバー周波数 (時定数) | 高域時定数 | ベースシェルフ時定数 | 備考 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| Orthacoustic | RCA/NBC | 1939年頃〜 | 500B-16 | 500Hz (318μs) | 100μs (±16dB at 10kHz) | 3,180μs | 放送局トランスクリプション盤用。NAB 規格の原型 |
| 1942/1949 NAB | 放送局全般 | 1942年〜1953年 | 500B-16 | 500Hz (318μs) | 100μs (±16dB at 10kHz) | 3,180μs | 史上初の標準規格。Orthacoustic をほぼそのまま採用 |
| Columbia LP | Columbia Records | 1948年〜1955年 | 500C-16 | 500Hz (318μs) | 100μs (±16dB at 10kHz) | 1,590μs | LP 用。低域ブースト特性が NAB と異なる |
| Old Orthophonic | RCA Victor | 1950年〜1952年7月 | 500N-12.7 | 500Hz (318μs) | 75μs + ローパスフィルタ (±12.7dB at 10kHz) | なし | 78回転盤および初期45回転盤用。低域ブーストなし。ローパスフィルタ適用 |
| AES | 学会提唱 | 1951年〜 | 400N-12 | 400Hz (398μs) | 64μs (±12dB at 10kHz) | なし | 各社カーブの折衷案として提案された再生カーブ |
| New Orthophonic | RCA Victor | 1952年8月〜 | 500R-13.7 | 500Hz (318μs) | 75μs (±13.7dB at 10kHz) | 3,180μs | のちの RIAA と実質同一 |
| ffrr (LP #1) | Decca (UK) | 1950年〜1952年頃 | 500N-FLAT | 500Hz (318μs) | なし | なし | 英 Decca の最初期LPで使用された、当時の78回転盤と同じ特性 |
| ffrr (LP #2) | Decca (UK) London (US) | 1952年頃〜 | 500N-10.5 | 500Hz (318μs) | 50μs (±10.5dB at 10kHz) | なし | 英 Decca が RIAA に移行するまで(〜1957年頃)、また米 London が RIAA に移行するまで(〜1954年中頃)使用された。欧州盤に広く影響 |
注意: 上の表は簡略化したものです。時定数や特性の詳細はカーブごとに文献によって記載が異なる場合があります。また、この表に含まれていないカーブも多数存在します(特に欧州各国のカーブ)。
→ 米国各レーベルが RIAA 以前に使用していたカーブの調査は ブログ記事 Pt.17
→ 全体の総括は ブログ記事 Pt.25
なぜこれほど多くのカーブが存在したのか
「統一すれば便利なのに、なぜ各社がばらばらのカーブを使っていたのか」は自然な疑問です。その背景には、当時の技術的事情があります。
カッターヘッドの特性がフラットではなかった。 RIAA 策定以前の時代、カッティングに使われるカッターヘッド自体に大きな周波数特性の偏りがありました。録音エンジニアは、カッターヘッドの癖と録音イコライザを「合わせて」目的の録音特性を実現していました。使用するカッターヘッドが異なれば、イコライザの設定も異なり、現場でのさまざまなプラクティスによって目的の録音特性にもばらつきが出た可能性が考えられます。
高域プリエンファシスのトレードオフ。 高域プリエンファシスを強くすれば再生時のノイズ低減に有利ですが、録音時に歪みが増えるというトレードオフがあります。このバランスをどこに置くかは、各社・各エンジニアの判断に委ねられており、結果としてカーブの違いが生じる1つの要因となりました。
「標準化」の対象が異なっていた。 1942年 NAB 規格は放送局のトランスクリプション盤を対象としたものであり、民生用の78回転盤やLP盤は対象外でした。つまり「標準化以前」といっても、放送局向けと民生向けとで事情が異なります。
RCA の R.C. Moyer は、1950年代初頭に少なくとも8種類の "recognized characteristics"(認知されていた録音特性)が使用されていた、もしくは検討対象となっていたと回想しています。具体的には、ターンオーバーが 250〜800Hz、10kHz での高域プリエンファシスが約 8〜16dB、低域補償はさまざま、という幅のあるパラメータ空間です(Moyer 1957)。策定に至る経緯の詳細は → なぜ RIAA が標準になったのか?
「RIAA 以前」と「標準化以前」の区別
「プレ RIAA」という言葉は便利ですが、注意が必要です。
1954年の RIAA 策定以前にも、放送局向けには1942年から NAB 標準規格が存在していました。完全な「無秩序」だったわけではなく、部分的な標準化は段階的に進んでいました。
一方、民生用レコード(78回転盤、LP、45回転盤)については、RIAA 以前に業界全体を拘束する統一規格は存在しませんでした。各社や各カッティングスタジオの判断で録音カーブを決定しており、それが「多様なカーブ」の主要な原因です。
この多様性は、RIAA 策定から2年後の1956年時点でも民生市場に現実の問題として残っていました。1956年の一般読者向け書籍 The Saturday Review Home Book of Recorded Music and Sound Reproduction (Second Edition, 1956) において、C. G. Burke は家庭用 control unit に備えるべき再生カーブとして Old Columbia / London / AES / RIAA / NAB の5種類に加え、補正なしの「flat」ポジションを挙げており (pp.133-134)、同書末尾の「truisms」節では次のように断じています。
"An equalizing device (compensator, control unit) is a necessary auxiliary in the reproduction of any but the most restricted collection of records."
(範囲の極端に狭いレコードコレクションを除き、equalizing device (compensator, control unit) は再生に欠かせない補助装置である)
— C. G. Burke, 同書, pp.246-247
RIAA 策定の2年後でも、幅広いコレクションを持つ家庭ではプレ RIAA 盤の再生こそが民生機の現実的な対象であり、多カーブ対応の equalizer は必需品と認識されていた、という一次証言です。
→ 圧縮版:電気録音誕生から NAB カーブまで -- 標準化以前の歴史を短時間で把握する
→ 圧縮版:戦後から RIAA カーブ誕生まで -- LP 登場から RIAA 策定まで
「正しいカーブ」は特定できるのか?
プレ RIAA 期のレコードに「正しい再生カーブ」を適用したいと考えるのは自然なことです。しかし、現実にはいくつかの困難があります。
- レーベル名だけではカーブを特定できない場合がある(同一レーベルでも時期やカッティングスタジオによって異なる)
- 当時の文献に記載された「推奨再生設定」が、実際の録音カーブと一致しているとは限らない
- 複数の「推奨カーブ一覧表」が、同一レーベルに対して異なるカーブを示している場合がある
こうした点については、以下のページで詳しく扱っています。
変更履歴
- 2026年4月19日: 1956年 Saturday Review 書籍からの Burke 記述(民生機が備えるべき5カーブ + equalizer 必需論)を追加
- 2026年4月12日: Moyer 1957 への短い参照を追加(少なくとも8種類、パラメータ幅)
- 2026年4月8日: 初版公開