(ざっくり歴史 1) なぜ最初から統一規格にならなかったのか — 電気録音の誕生(1925年)からNABカーブ策定(1942年)まで

最終更新: 2026年4月8日 読了時間の目安: 約25分

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なぜ最初から統一規格にならなかったのか

フォノEQカーブの歴史は、1925年に始まります。 しかし「規格」という概念が登場するのは、それから17年後のことです。 なぜそれほど時間がかかったのか。その答えは、技術の成り立ちそのものにあります。

なお、最終的に統一規格となる RIAA 録音再生特性は、 ターンオーバー(低域の振幅抑制が始まる周波数)、 高域プリエンファシス(高域を強調して記録し、再生時に戻すことでノイズを低減する)、 ベースシェルフ(重低域を強調して記録し、再生時に抑制することで、ランブルノイズや盤の反りの影響を低減する) の3つの時定数で定義されるカーブです。再生時にはこの逆特性を適用します。 歴史上のさまざまなカーブの違いは、この3つのパラメータの有無や値の違いとして整理できます。


1. レコードに音を刻む、という物理的な問題

電気録音が発明される以前、レコードに刻める音の帯域は非常に狭いものでした。 アコースティック録音時代には、せいぜい 250Hz〜2,500Hz 程度の帯域しかありませんでした。 しかし1925年の電気録音の登場により、下は 80〜100Hz、上は 5,000Hz 前後まで 記録できるようになりました。

これは大きな進歩でしたが、同時に新たな問題を生み出しました。

低音域の問題: レコードの溝は、音の大きさに応じて左右に振れます。 一定の音量であれば、周波数が低いほど振れ幅(振幅)は大きくなります。 電気録音で低音域が広がったことで、低音の溝が隣の溝と接触しないよう、 溝の間隔を大きく取らなければなりません。 その結果、1面に収録できる時間が極端に短くなってしまいます。

(参考として:1954年の Wireless World 誌の解説記事によると、12インチ78回転盤は 通常片面に5分ほど収録できますが、低音を抑制せずに記録すると「1分未満になるだろう」 とされています)

高音域の問題: 逆に高音域では振幅が小さくなりすぎ、 盤面のノイズ(サーフェスノイズ)に埋もれてしまいます。 1925年当時は、5,000Hz あたりが記録上限だったため、低音域ほど問題とされませんでしたが、 のちに記録上限があがるに従い、こちらも対策が必要になっていきました。


2. 世界初の電気録音が生み出した「解」

この問題を解決したのが、Bell Telephone Laboratories(Bell Labs)の J.P. Maxfield と H.C. Harrison です。

彼らが1925年に実用化した電気録音システムは、こう設計されていました:

この切り替わりとなる周波数を「ターンオーバー周波数」と呼びます。 最初期の電気録音では、このターンオーバーは 250Hz 付近に設定されていました (当時の技術資料では「200〜300Hz程度」とゆるい精度での規定)。

“Stylus in Wonderland”, O.J. Russell, Wireless World, Oct. 1954, p.505.
source: “Stylus in Wonderland”, O.J. Russell, Wireless World, Oct. 1954, p.505.

EQカーブは「回路」ではなく「機械の物性」だった

ここが、後の「規格化の難しさ」を理解する鍵です。

現代のフォノイコライザは、電子回路によって正確にEQカーブを制御します。 しかし1925年当時は、こうした特性を実現する電子回路は存在しませんでした。

Maxfield と Harrison が設計したのは「ラバーラインレコーダー」と呼ばれる機構です。 これはゴム製の機械的な振動伝達系で、電話工学における伝送線路の原理を応用したものでした。 EQカーブの特性は、この機械を構成する各部品の物性(材質・形状・重量など)によって 物理的に決まっていました。

つまり、カーブは「設計するもの」ではなく「機械の性質として決まるもの」 だったのです。

US Patent 1,678,116A, 1928
source: “Device for the transmission of mechanical vibratory energy“, US Patent 1,678,116A, 1928

再生側の補償も、当初はアコースティック機器が担っていました。 Victor の Victrola Credenza(蓄音機)は、ロガリズミックホーン(対数曲線状のホーン)を 巧妙に設計することで、電気録音の特性に合わせた低音の増幅を実現していました (Pt.1 を参照)。


3. 1920年代後半〜1930年代:技術の進化とカーブの変化

1925年以降、電気再生機器(電蓄)が普及し始めます。 Brunswick の Panatrope(1925〜26年頃)、Columbia の Kolster、Victor の Electrola…… アコースティック再生から電気再生への移行が進むにつれ、 再生側の補償も機械的なホーンから電気回路へと移っていきました。

この変化は、EQカーブの扱いにも影響を与えました。

ターンオーバー周波数の上昇: 1930年代初頭までに、 Columbia(1930〜31年頃)と RCA Victor(1932年頃)は、ターンオーバー周波数を 250Hz 付近から 約500Hz へと引き上げていたことが、当時のさまざまな資料から確認されています (Pt.3 を参照)。

なぜ上昇したのか。ターンオーバーを引き上げるとは、低音を抑制する帯域を広げるということです。 カッターヘッドやマイクロフォンの改良で、より低い周波数まで記録できるようになっていたため、 溝の振幅を抑えて安定した記録を実現するには、ターンオーバーの引き上げが合理的でした。

ただし、これは再生側での対応が前提です。録音時に抑えた低域を、再生時に増幅して戻す必要があります。 米国では早くから電気再生機器(電蓄)が普及していたため、再生アンプの回路定数を変更するだけで この対応が可能でした。

一方、英国・欧州では事情が異なりました。植民地市場を含め、アコースティック蓄音機が 依然として主流だったため、ターンオーバーを引き上げると、再生側で低域を補償する手段がなく、 リスナーにとっては低音が不足して聞こえることになります。 そのため、英国・欧州では1950年代初頭まで 250Hz 付近のターンオーバーが維持されました。 (本シリーズでは以降、米国史に限定して話を進めます)

各社は独自に進化していた: しかしこれらの変化に「業界共通の基準」はありませんでした。 カーブは各社のカッターヘッド設計・録音アンプ設計に依存しており、 RCA Victor と Columbia でさえ、厳密には異なる特性を持っていました。

なぜ統一しなかったのか——というより正確には、当時は 「統一する必要がある」という認識自体が薄かったのです。

そもそも、この時代の民生用レコード再生には「高忠実度再生」という概念が 存在しませんでした。シェラック盤のS/N比はせいぜい30dB程度で、 数百グラムもの針圧で鉄針を使って再生するしかない時代です。 音質の点では、レコードはラジオ放送や映画の光学録音に遅れをとっていました。

レコード会社の広告も、音質よりもアーティストとエンターテインメントの魅力を訴求していました。 Victor は莫大な広告予算を投じ、著名音楽家の起用に多大な費用をかけ、 Victrola を「最も優雅なリビングルームやパーラーにふさわしい楽器」として売り出していました。

こうした状況では、リスナーが各自のトーンコントロールで 「いい感じに聴こえるように」調整するのは当たり前のことでした。 加えて、技術はまだ急速に進化しており、 「今の設計を規格として固める」必然性も薄い状況でした。 しかし、レコードより高音質だったラジオ放送の現場から、最初の「規格」が生まれることになります。


4. 放送局が最初の「規格」を作った(1942年)

民生用レコードより先に、標準化の必要性を強く感じていた分野がありました。 ラジオ放送局です。

放送局はプログラム素材を「トランスクリプション盤」(業務用16インチ盤)として やり取りしていました。送り出す局と受け取る局の機材が異なる以上、 録音・再生特性がバラバラでは困ります。

1941年5月、全米放送事業者協会(NAB: National Association of Broadcasters)が 標準化作業を開始しました。太平洋戦争突入をまたぎながら審議が続けられ、 1942年5月、NAB規格が正式に決定されました (Pt.8 を参照)。

これが、業界団体が正式に策定した、史上初のディスク録音規格です。

Western Electric Vertical/Lateral Recording Characteristics (1942 NAB), drawn on Nov. 23, 1942
Western Electric 社の縦振動/横振動用録音カーブ (1942 NAB vertical/lateral) をプロットした貴重なグラフ (Nicholas Bergh 氏提供)

横振動トランスクリプション盤の録音特性(のちに「500B-16」と呼ばれる)が 標準として採用されました。ターンオーバー周波数は 500Hz(時定数 318μs に相当)、高域プリエンファシスは 10kHz で +16dB(時定数 100μs に相当)です。 また、33⅓回転盤特有のランブルノイズや盤の反りに対応するため、 ベースシェルフも規格に含まれていました。

しかし、民生用レコードには適用されなかった

重要なのは、この1942年NAB規格は放送局向けのトランスクリプション盤のための規格であり、 一般消費者向けのレコードには適用されなかったことです。

NABの規格委員会は、将来的にはトランスクリプション盤と民生用レコードの規格を 関連づけたいという意図を表明していましたが、 戦時下へ向かう時期でもあり、最低限の規格化にとどまりました。

民生用78rpmレコードは相変わらず、各レーベル・各スタジオ独自の特性のままでした。 一方、先述の通り、「高忠実度再生」という概念がまだ一般的でなかった民生用レコード再生の世界では、 一部のマニアを除いて大きな問題になることはありませんでした。

民生用レコードの標準化が実現するのは、マイクログルーヴ盤(LP・45回転盤)の登場を経た 12年後、RIAA規格(1954年)を待つことになります。


まとめ:統一規格が生まれなかった理由

1925年から1942年までの歴史を振り返ると、 「なぜ最初から統一規格にならなかったのか」への答えが見えてきます:

  1. EQカーブは最初、機械の物性として決まっていた——設計で自由に変えられるものではなかった
  2. 技術が急速に進化していた——今日の設計を規格として固めることへのためらいがあった
  3. 各社が独自に進化した——録音技術は企業秘密であり、業界共通の調整の場もなかった
  4. 「忠実な再生」が商品価値ではなかった——民生用レコードには「高忠実度再生」の概念がなく、売りはアーティストとエンターテインメントだった。リスナーは各自のトーンコントロールで調整するのが当たり前だった
  5. 標準化の動機は放送局が担った——民生用には波及しなかった

1942年に放送局向けの規格が生まれた一方、民生用レコードの規格化はさらに10年以上かかります。 その間に、ひとつの大きな転換が起きます——LPレコードの登場です。

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変更履歴

  • 2026年4月8日: 初版公開