78回転盤(SP盤)にはどのEQカーブを使えばよいか — 開かれた問いとしての誠実な整理

最終更新: 2026年4月8日 読了時間の目安: 約5分

78回転盤(SP盤)には、どのEQカーブを使えばよいか?

このページで答える問い: 78回転のシェラック盤を再生するとき、フォノイコライザはどのカーブに設定すればよいか。



正直な答え:これは開かれた問いです

78回転盤の再生カーブについて、何レーベルは何年から何年までどのカーブ、というように、簡単な話ではありません。 一次資料が残っている一部を除くと、調査研究の結果なお諸説あるなど、当てはまる単一の「正解」がない状況です。 当時の事情を考えると、これはやむを得ないことです。

78回転盤の時代(おおむね1925〜1957年の電気録音期に限っても)は、 録音特性の標準化が不十分であり、 使用された特性が正確に記録されていないケースが大半です。


時代ごとの状況

アコースティック録音期(〜1925年頃)

電気的なイコライゼーションは存在しません。 録音ホーンとサウンドボックスの機械的特性がそのまま刻まれています。 したがって、「再生EQカーブ」という概念自体が当てはまりません。

電気録音初期(1925〜1942年頃)

Western Electric のラバーライン録音機、RCA の独自システム、 各社の独立系録音設備など、使用機材によって録音特性が異なりました。

ただし、当時の精度はおおらかなものでした。 文献や当時の技術資料に記された値も「ターンオーバー 200〜300Hz 付近」といった幅のある記述が多く、 現代のような小数点以下の精度で管理されていたわけではありません。

NAB 標準化以降(1942年〜)

1942年にNABが録音特性を標準化しましたが、 これは放送用トランスクリプション盤(業務用)を対象としたものであり、 一般消費者向けのシェラック盤には直接適用されませんでした。

実際には、NAB標準の影響を受けて似た方向に収束したレーベルもありましたが、 依然として独自カーブを使うレーベルも多く、統一はされないままでした。

業界の秘密主義

標準化の機運が高まらなかった背景には、各社が自社の録音技術を門外不出にしていたことがあります。 録音システムやカッティング機材の仕様は企業秘密として扱われ、技術詳細が公開されることはほとんどありませんでした。 このため、さまざまなカーブが並立する状況が生まれただけでなく、 当時どのような特性が使われていたかを事後的に確認することも困難になっています。

(→ サファイア・グループ — 秘密主義から標準化へ


実践的な出発点

正解がひとつではないとしても、出発点は示せます。

米国の電気録音期の78回転盤 には、500N-FLAT(ターンオーバー 500Hz / 高域プリエンファシスなし)を出発点として、さまざまな研究資料をもとに個々の盤に合ったカーブを探っていくのが現実的なアプローチです。

ヨーロッパの78回転盤 は、米国盤よりもターンオーバーが低い傾向があります(250〜300Hz 付近)。 また、高域のプリエンファシスが少ない(あるいはない)ケースが多いとされています。

いずれも一般的な傾向であり、個々の盤に対する保証ではありません。


詳細なカーブ一覧表について

インターネット上には、レーベルごと・年代ごとに詳細なEQカーブを一覧にした表が存在します。 これらは実用的な参考資料ですが、利用にあたっては注意が必要です。

元の録音が持っていなかった精度を、表に求めないこと。 先述のとおり、78回転盤の時代の録音特性は、 現代の基準からすれば大まかなものでした。 レーベル名と年代だけでカーブを特定できるかのように見える表は、 実際の録音が持っていた以上の精度を暗示している可能性があります。

ターンオーバーとロールオフだけでは表せない事情。 当時の録音特性は、カッターヘッドの電気的な設定だけで決まっていたわけではありません。 たとえば、コンデンサマイクの共振特性やリボンマイクのプリアンプによる中高域の増幅が、 結果的に高域プリエンファシスと似た効果を生んでいたケースがあります。 これらは意図的な「録音カーブ」の一部ではありませんが、再生時の音のバランスには影響します。 こうした事情から、カッターヘッドの記録特性のみを尊重して「FLAT」とする見方と、 マイク系統の特性も含めて「ロールオフあり」とする見方が併存しており、 同じレーベル・同じ時期の盤に対して一覧表ごとに異なる値が記載されている一因となっています。

(→ Pt.3 セクション 3.4.5 — マイク特性と録音カーブの関係について詳しく解説しています)

信頼できる資料の選び方については: → 信頼できるEQカーブの資料はあるか?


それでも聴くことに意味はある

「正解がわからない」ことは、「何をしても同じ」ということではありません。

可変EQフォノイコライザで設定を変えながら聴くことで、 78回転盤の音のバランスが改善されることは実際にあります。 それが「録音時の設定」と一致しているかどうかは別として、 音楽をより楽しめるなら、それ自体に価値があります。

大切なのは、「好ましく聴こえる設定」と「歴史的に正しい設定」を 区別しておくことです。

可変EQフォノイコライザは必要か?

RIAA以前にはどんなカーブがあったのか?

詳しくは → Pt.1Pt.9Pt.21


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変更履歴

  • 2026年4月8日: 初版公開