フォノEQカーブに関する基本用語の定義 — ターンオーバー、時定数、カーブ表記法など
用語集
本サイトで頻出する技術用語をまとめて説明します。
定振幅特性と定速度特性(constant amplitude / constant velocity)
レコードの溝に刻まれる信号には、2つの基本的なふるまいがあります。
- 定振幅特性: 周波数が変わっても、溝の振れ幅(振幅)が一定になる特性。低域では周波数が低いほどカッター針の移動速度は遅くなるが、振幅は同じ
- 定速度特性: 周波数が変わっても、カッター針の移動速度が一定になる特性。高域では周波数が高いほど振幅は小さくなる
なぜこの区別が重要かというと、低域を定振幅のまま記録すると溝の振れ幅が大きくなりすぎて、隣の溝と干渉してしまうからです。そこで、低域では振幅を抑えて記録し(定速度特性)、再生時にその分を増幅して戻すという手法が使われます。これがフォノイコライゼーションの出発点です。
→ Pt.1 — 定速度・定振幅の物理
ターンオーバー周波数(turnover frequency)
低域の定振幅特性から定速度特性へ切り替わる周波数のことです。
たとえば RIAA 規格ではターンオーバーは 500Hz に設定されています。つまり、500Hz より下の周波数は録音時に振幅を抑えて記録し、再生時に増幅して戻します。
歴史的には、ターンオーバー周波数はレーベルや時代によって異なっていました。
- 最初期の電気録音(1925年頃):250Hz 付近
- 1930年代初頭〜:Columbia と RCA Victor が 500Hz 付近に引き上げ
- AES(1951年):400Hz
- RIAA(1954年):500Hz(時定数 318μs に相当)
→ なぜ最初から統一規格にならなかったのか(In a Nutshell Part 1)
高域プリエンファシス(high-frequency pre-emphasis)
高域を強調して記録し、再生時に同じ量だけ抑制して元に戻す手法です。
レコードの盤面には、ヴァイナルの粒子やプレス工程に由来するサーフェスノイズ(「シャー」という雑音)がつきまといます。このノイズは高域に集中しているため、再生時に高域を抑制すればノイズも一緒に減らせます。しかし、そのままでは高域の音楽信号も失われてしまいます。
そこで、録音時にあらかじめ高域を強調(プリエンファシス)しておき、再生時に高域を抑制(デエンファシス)することで、音楽信号は元通りに復元しつつ、ノイズだけを減らすことができます。
この発想は1930年代のベル研=ストコフスキーの実験録音(縦振動トランスクリプション盤)にまで遡ります。民生用レコードに本格的に導入されたのは1940年代以降で、プリエンファシスの量(10kHz で何 dB 強調するか)はレーベルや規格によって異なっていました。RIAA 規格では 10kHz で +13.7dB(時定数 75μs)と定められています。
→ なぜ最初から統一規格にならなかったのか(In a Nutshell Part 1)
ベースシェルフ(bass shelf / low-frequency shelving)
重低域を強調して記録し、再生時に抑制する手法です。ターンオーバーによる低域抑制とは別に、さらに低い周波数帯(50〜100Hz 以下)に適用されます。
ベースシェルフの目的は、ターンテーブルのランブルノイズ(回転機構に由来する低い振動音)や盤の反りによる超低域信号を、再生時に抑制することです。
ベースシェルフの概念が導入されたのは、33⅓回転のトランスクリプション盤が放送業界で使われ始めた1930年代後半です。78回転盤よりも回転数が低いぶん、ターンテーブルの振動が低い周波数で溝と干渉しやすくなるため、この対策が必要になりました。1942年の NAB 規格にはベースシェルフが含まれています。
ただし、すべてのカーブにベースシェルフがあったわけではありません。AES カーブ(400N-12)や RCA Victor の Old Orthophonic カーブ(500N-12)にはベースシェルフがなく、カーブ表記法で「N」と記されるのはこのためです。
時定数(time constant)
EQカーブの特性を記述するために使われる値で、単位はマイクロ秒(μs)です。
時定数と周波数は以下の関係で換算できます:
周波数 (Hz) = 1,000,000 ÷ (2π × 時定数 μs)
たとえば RIAA 規格の3つの時定数は:
| 時定数 | 対応する周波数 | 役割 |
|---|---|---|
| 3,180μs | 50.05Hz | ベースシェルフの開始点 |
| 318μs | 500.5Hz | ターンオーバー周波数 |
| 75μs | 2122Hz | 高域プリエンファシスの開始点 |
歴史的な経緯から、EQカーブは周波数で表記されることも時定数で表記されることもあります。初期の資料では「10kHz で +Xdb」のように dB 値で特性を記述することも一般的でした。
カーブ表記法(500C-16 等の読み方)
本サイトのカーブ一覧表では、各カーブを以下の形式で表記しています。
[ターンオーバー周波数][ベースシェルフの有無]-[高域プリエンファシス量]
各部の意味:
- 数字(500, 400, 630 等): ターンオーバー周波数(Hz)
- アルファベット:
- N = ベースシェルフなし(No shelf)
- B = NAB 型ベースシェルフ(時定数 3,180μs = 50Hz。NAB 横振動カーブに由来)
- C = Columbia 型ベースシェルフ(時定数 1,590μs = 100Hz)
- R = RCA/RIAA 型ベースシェルフ(時定数 3,180μs = 50Hz。NAB 型と同一)
- ハイフン後の数字(16, 13.7, 12, 10.5 等): 10kHz における高域プリエンファシス量(dB)
例:
| 表記 | 読み方 |
|---|---|
| 500C-16 | ターンオーバー 500Hz、Columbia 型ベースシェルフあり、高域 +16dB at 10kHz |
| 500N-12 | ターンオーバー 500Hz、ベースシェルフなし、高域 +12dB at 10kHz |
| 500R-13.7 | ターンオーバー 500Hz、RCA/RIAA 型ベースシェルフあり、高域 +13.7dB at 10kHz(= RIAA) |
| 400N-12 | ターンオーバー 400Hz、ベースシェルフなし、高域 +12dB at 10kHz(= AES) |
| 500N-FLAT | ターンオーバー 500Hz、ベースシェルフなし、高域プリエンファシスなし |
録音カーブと再生カーブ(recording curve / playback curve)
録音カーブと再生カーブは、互いに鏡像の関係にあります。
- 録音カーブ: カッティング時に周波数特性を意図的に変化させる特性。低域を抑制し、高域を強調して記録する
- 再生カーブ: 録音カーブの逆特性。低域を増幅し、高域を抑制して、元の信号に復元する
フォノイコライザが行っているのは、この再生カーブの適用です。
注意すべきは、歴史的な資料では「カーブ」が録音側を指しているのか再生側を指しているのかが曖昧なことがある点です。たとえば「AES カーブ」は AES が定義した再生カーブを指しますが、対応する録音カーブのことを指して使われることもあります。文脈に注意が必要です。
マイクログルーヴとワイドグルーヴ(microgroove / widegroove)
レコードの溝の幅による分類です。
- ワイドグルーヴ(widegroove / coarse groove): 78回転シェラック盤に使われていた幅の広い溝。溝幅は約 6 mil(約 0.15mm)、再生針の先端半径は 3 mil(約 0.076mm)が標準。1インチあたり約 85〜100本の溝が刻まれていた
- マイクログルーヴ(microgroove / fine groove): 1948年に Columbia が LP で導入した細い溝。溝幅は約 2.5 mil(約 0.064mm)、再生針の先端半径は 1 mil(約 0.025mm)。1インチあたり約 224〜300本の溝を刻めるようになった
溝を細くすることで、同じ盤面により多くの溝を詰め込め、再生時間を大幅に延ばすことが可能になりました。ただし、マイクログルーヴの実現には複数の技術的前提が必要でした。
- 軽い針圧 — 細い溝を重い針で再生すると溝が壊れる。Pierce & Hunt が1938年に実験室で達成した 5g の針圧が、1948年の LP プレーヤーでようやく民生化された
- ヴァイナル素材 — シェラックは硬くてもろく、マイクログルーヴには不向き。柔軟なヴァイナル(ヴィニライト)が必要だった
- ホットスタイラス技術 — 加熱したカッター針で安定した細溝を刻む技術
この技術の連鎖については playback-technology-evolution で詳しく解説しています。
変更履歴
- 2026年4月8日: 初版公開