米国のステレオLPはRIAAカーブで録音されているのか。レーベル別EQカーブ一覧表は何を示しているのか。ステレオ用カッティング機材の設計とカッティングエンジニア本人の証言から、事実を整理します。

最終更新: 2026年4月17日 読了時間の目安: 約15分

米国ステレオLPは、すべてRIAAカーブで録音されているのか?

このページで答える問い: 1958年以降の米国メジャーレーベルのステレオLPは、RIAAカーブで録音されているのか。それとも、レーベルごとに異なるEQカーブが使われていたのか。



はじめに:2つの異なる行為

本題に入る前に、区別しておきたいことがあります。

  • カーブを変えて聴き比べ、好みの音を見つけること — これはレコード再生の楽しみのひとつです。好みの音で聴くことは、個人の自由です
  • 「このレコードは○○カーブで録音された」と同定すること — これは歴史的・技術的な検証が必要な、別の行為です

このページでは後者、つまり「事実としてどのカーブで録音されたか」を扱います。


答え:米国のステレオLPはRIAAカーブで録音されている

1958年以降の米国メジャーレーベルのステレオLPは、RIAAカーブで録音されています。

これは、以下の複数の独立した根拠から確認できます。


根拠1:ステレオ用カッティング機材の設計

1958年に米国でステレオLPが一般発売された際、 米国でカッティングに使われた録音システム全体 (ステレオカッターヘッドと録音アンプの組み合わせ)が、 RIAAの録音特性を前提として設計されていました。

ステレオLPを制作するには、これらの新しいカッティング機材を導入する必要がありました。 つまり、ステレオ盤を制作した時点で、録音システム全体がRIAA前提に更新されています。

このことは、当時の機材開発者自身による技術論文からも確認できます。 1958年のステレオディスク標準化に中心的な役割を果たした Westrex 3A ステレオレコーディングシステムについて、開発者の C.C. Davis と J.G. Frayne は『The Westrex Stereodisk System』(IRE 論文, 1958年)の中で、 次のように記しています:

"the input network of the recording amplifier provides the RIAA reproducing equalization."

(録音アンプの入力ネットワークが RIAA 再生イコライゼーションを提供する)

さらに同論文は、商用カッティングにおいてはこの特性に RIAA の録音プリエンファシス特性が追加されると明記しています:

"This characteristic is modified in commercial practice by inserting the RIAA or equivalent recording pre-equalization characteristic."

(この特性は、商用ではRIAAまたは等価な録音プリエンファシス特性を挿入することによって変更される)

つまり、Westrex 3A は設計段階から RIAA を前提としており、 他のEQカーブを想定した設計にはなっていませんでした。

RIAA以外のカーブでステレオ盤をカッティングするには、 機材の設計を意図的に回避する特別な措置が必要であり、 そのような措置を取ったという記録は見つかっていません。

(→ Pt.19 を参照)

一次資料: C.C. Davis and J.G. Frayne, "The Westrex Stereodisk System," Proceedings of the IRE, Vol. 46, No. 10, pp. 1686–1693, October 1958.


根拠2:カッティングエンジニアの証言

複数のカッティングエンジニアが、自らの録音現場でRIAAカーブが使われていたことを証言しています。

  • Capitol のマスタリングエンジニアは、「Capitol のマスタリングは RIAA カーブを使用していた。以上」と証言しています
  • 英 Deccaのカッティングエンジニア(1957〜1972年在籍)は、「FFSSカーブなるものは存在しない。FFSSはマーケティング用語であり、Decca は RIAA を使用していた」と証言しています
  • Columbia のマスタリングエンジニアは、先輩エンジニアに照会した結果として「1955年までに全レースでRIAAへの切替が完了した」と報告しています
  • 別の Columbia のベテランマスタリングエンジニアは、「ステレオ時代に Columbia カーブが使われていたということは、絶対に、断じて、ない」と証言しています

(→ Pt.20 を参照)


根拠3:Columbia の社内文書

Columbia の電子工学・研究部門ディレクターであった William Bachman が作成した社内文書が発見されています。 この文書には以下の内容が記されています:

  • Columbia カーブと RIAA カーブの類似性をグラフで示した
  • 製造上のばらつきの方が、2つのカーブの差よりも大きいと指摘
  • 「RIAA カーブは Columbia LP の再生に理想的であり、RIAAへの段階的な移行を実施すべき」 と記載

この文書は日付なしですが、1955年と1956年のメモの間に挟まっていたことが確認されています。

また、Billboard 誌 1954年8月28日号の記事は、 同時点で Columbia のマスタリング機材の半数未満が RIAA に移行済みであり、 全設備の移行完了にはさらに半年を要すると報じています。

一方、1955年2月から Columbia がラジオ局向けに配布した CSL(Columbia Standard Level)テスト盤のレーベルには、 「Columbia Standard Characteristic: as per R.I.A.A - N.A.R.T.B. industry norm」 と明記されています。

これらのことから、Columbia の RIAA への移行は 1955年前半、遅くとも1955年後半には完了していたと考えるのが自然です。


根拠4:Rudy Van Gelder の機材記録

Blue Note、Prestige、Impulse! 等のジャズレーベルの録音・カッティングを手がけた Rudy Van Gelder のスタジオでは、1955年初頭に RIAA 録音特性の機材 (Gotham PFB-150WA)が導入されています。

また、1955年10月の寄稿記事で、Van Gelder 自身が RIAA 特性の使用を明言しています。

Blue Note と Prestige のレコードは、レーベルのアートワークこそ異なりますが、 カッティングはすべて同じ Van Gelder のスタジオで、同じ機材を使って行われていました。

(→ Pt.19 を参照)

(→ Rudy Van Gelder のカッティング機材とEQカーブ


根拠5:1957–1958年のステレオディスク標準化プロセス

ステレオディスクの規格選定は、特定の一社や一国が独断で決めたものではなく、 1957年から1958年にかけて、米国・欧州の技術者たちが繰り返し会合を開いて 合意形成を行ったプロセスでした。RIAAでステレオディスク標準化委員会の議長を務めた H.E. Roys は、後年の回想論文『The Coming of Stereo』(JAES, 1977年)の中で このプロセスを詳細に記録しています。

主な経過は以下の通りです:

  • 1957年9月5日 — Westrex がニューヨークで 45/45 システムを業界関係者に公開デモンストレーション
  • 1957年11月28日 — チューリッヒでの欧州側会合。欧州の技術者たちも 45/45 方式を支持することで合意
  • 1957年12月17–18日 — RIAA がインディアナポリスで会合。45/45 方式を採択する方向で議論
  • 1958年1月21日 — EIA(米国電子工業会)が 45/45 方式に関する技術仕様を承認
  • 1958年3月25日 — RIAA 理事会が 45/45 ステレオディスク規格を正式承認。Columbia の William Bachman が承認動議を提出
  • 1958年3月27日 — EIA が最終承認

特筆すべきは、英 Decca の Arthur Haddy が会合の席で語ったとされる次の言葉です:

"Roys, it does not matter which system we choose, we must have one and only one system."

(ロイズ君、どの方式を選ぶかは問題ではない。我々はただ一つの方式を持たねばならないのだ)

この標準化プロセスは、ステレオEQ特性についても RIAA を前提として進められました。 モノーラルLPで既に確立していた RIAA カーブを、ステレオでも継続使用することが 暗黙の前提となっており、ステレオ用に別のEQカーブを採用するという議論は 行われていません。

また、Columbia の William Bachman が RIAA 理事会で承認動議を提出したという事実は、 Columbia自身が「Columbia LP カーブから RIAA への移行」を完了させた上で ステレオ時代に臨んでいたことの傍証でもあります(→ 根拠3)。

一次資料: H.E. Roys, "The Coming of Stereo," Journal of the Audio Engineering Society, Vol. 25, No. 10/11, pp. 824–827, October/November 1977.


根拠6:ステレオ時代のプロ用再生機材も RIAA 基準で設計されていた

ここまでの根拠1〜5は、いずれも録音側(カッティング機材・エンジニア・社内文書・標準化プロセス)に関するものでした。では、再生側はどうだったか。

1960年に発表された Fairchild 605 は、業務用(放送局・スタジオ・マスタリングルーム向け)のステレオフォノイコライザアンプです。設計者の Erling P. Skov は『Equalized Stereo Preamplifier for Professional Use』(JAES, 1960年)の中で、本機の EQ ポジションについて次のように説明しています:

"RIAA is the standard equalization for stereo records, 3,180, 318, and 75 μsec; flat is RIAA minus the treble attenuation; and roll-off is RIAA with an additional 40-μsec roll-off."

(RIAA はステレオレコードの標準イコライゼーションであり、3,180、318、75 μsec である。Flat は RIAA から高域減衰を取り除いたもの、Roll-off は RIAA に 40 μsec の追加ロールオフを加えたものである)

つまり Fairchild 605 が備えていた3つの EQ ポジションは:

  • RIAA — 標準
  • Flat — RIAA から高域減衰を除いたもの(RIAA を基準とした派生)
  • Roll-off — RIAA に追加のロールオフを加えたもの(RIAA を基準とした派生)

の3つであり、いずれも RIAA を基準として組み立てられた設定です。Columbia LP、AES、NAB、ffrr といった旧来のEQカーブのポジションは存在しません。

1960年という時点で、業務用のプロ機材の設計者が「ステレオレコードの標準は RIAA である」と明言し、製品の EQ 構成を RIAA 基準で組み立てている。これは、ステレオ時代の再生現場が RIAA を共通基準として運用されていたことを示しています。

録音側(根拠1〜5)も再生側(根拠6)も、ステレオ時代には RIAA を共通基準として設計・運用されていたことが、機材設計の一次資料から確認できます。

一次資料: Erling P. Skov, "Equalized Stereo Preamplifier for Professional Use," Journal of the Audio Engineering Society, Vol. 8, No. 4, pp. 250–253, October 1960.


では、なぜ「非RIAAカーブ」という説があるのか

一方で、「米国ステレオLPの多くは非RIAAカーブで録音されている」 という主張も流通しています。この主張の典型的な論拠を以下に整理します。

1. 聴感比較に基づく判断

可変EQフォノイコライザでカーブを切り替えると、音が変わります。 そして、ある設定の方が「良い音」に聴こえることがあります。

しかし、EQカーブの変更とは周波数特性と位相特性の変更です。 音が変わるのは物理的に当然であり、 「音が変わった」ことは「録音時のカーブを当てた」ことを意味しません。

(→ EQカーブを変えると音の違いは聴こえるのか?

2. レーベル別「推奨カーブ」一覧表

インターネット上には、レーベルごとに「正しいEQカーブ」を対応づけた一覧表が 複数存在します。しかし、これらの表を比較すると、 同一レーベルに対して異なるカーブが推奨されているケースが散見されます。

たとえば、あるレーベルに対して、ある表は「AES」、別の表は「NAB」、 さらに別の表は「Columbia」と推奨しているような例が複数存在します。

もしこれらの表が客観的な測定に基づいているならば、 同一レーベルに対する推奨が一致するはずです。 推奨が食い違っているという事実は、これらの表が 聴感上の好みに基づく主観的な選択であることを示唆しています。

3. 「再生推奨設定」と「録音カーブ」の混同

1950年代の雑誌記事などに掲載された「レーベル別推奨設定」の一覧は、 再生側での推奨設定(いわば「この設定にすると聴きやすい」という案内)であり、 録音時に使われたカーブを記録したものではありません。 この2つが混同されているケースが見受けられます。

4. 「レーベル=カーブ」という暗黙の前提

レーベル別カーブ一覧表は、「レーベルが決まればカーブが決まる」という前提に立っています。しかし、レコードの EQ カーブはカッティング工程で決まります。具体的には、カッティングに使われる録音システム(カッターヘッドと録音アンプの組み合わせ)がカーブを決定します。

すべてのレーベルが自社のカッティング設備を持っていたわけではありません。カッティングやプレスの外部委託は一般的であり、実際の生産工程は「レーベル=カーブ」という単純な対応では捉えられません。

  • Blue Note と Prestige のレコードは、どちらも Rudy Van Gelder のスタジオで、同じ機材で、同じエンジニアによってカッティングされていた(異なるレーベルが同じスタジオ・機材・エンジニアを共有していた例)
  • Contemporary と Good Time Jazz は、当初 Charles Eckart Company にカッティングとプレスを委託していたが、のちに専属エンジニア Roy DuNann が自らカッティングを行い、プレスだけを Capitol LA プラントや RCA Victor Hollywood プラントに委託する体制に移行した(同じレーベルでも時期によってカッティングの体制が変わった例)
  • Mercury Living Presence は、Fine Sound Studios や Fine Recording でカッティングし、プレスは RCA Victor Indianapolis プラントや Richmond Record Pressings プラントに委託していた(カッティングとプレスが別々の施設で行われていた例)

「レーベルごとにカーブが違う」のであれば、Van Gelder は Blue Note と Prestige でカッティングのたびに機材の設定を変えていたことになります。

一方、RCA Victor や Columbia のように全米各地にカッティング設備を持っていた大レーベルでは、どの拠点でカッティングしてもほぼ均一の品質が保たれるよう、社内プラクティスが確立されていました。カッティングエンジニアの腕前や好みには差があるため、結果が必ずしも均一とは限りませんでしたが、少なくとも EQ カーブの標準は社内で統一されていました。そしてその標準こそが RIAA でした(→ 根拠3)。

さらに、ステレオ時代のディスク録音イコライザは、較正用ポジション(高域プリエンファシスのみ OFF)を除いて固定特性であり、カーブの変更は容易ではありませんでした。仮に変更できたとしても、そのたびにテストカッティングと計測を行い、正しく変更できたかを確認する必要があります。レーベルが変わるたびにそのような作業を行っていたという記録は知られていません(少なくとも筆者は確認できませんでした)。

EQカーブを決定するのはレーベル名ではなく、カッティングに使われた機材です。そして、ステレオ時代のカッティング機材は RIAA を前提として設計されていました(→ 根拠1)。


補足:このページが述べていないこと

このページは、以下の点を否定するものではありません。

  • プレRIAA期(1954年以前)に複数のEQカーブが存在したことは歴史的事実です。 RIAAが策定される前は、各レーベルが独自のカーブを使用していました(→ フォノEQカーブの歴史:ざっくり版
  • 1954年〜1958年のモノーラルLP移行期に、一部の盤が非RIAAカーブで残存していた可能性はあります。 特に独立系スタジオでは移行のタイミングにばらつきがありました(→ 各レーベルはいつRIAAに切り替えたのか?
  • EQカーブを変えれば音が変わること自体は、物理的に当然です
  • 好みの音で聴くことは個人の自由です

まとめ

米国のステレオLP(1958年以降)が RIAA カーブで録音されていることは、 カッティング機材の設計、エンジニアの証言、社内文書、機材記録、 業界全体の標準化プロセス、そしてプロ用再生機材の設計という 複数の独立した根拠から確認できます。

一方、「非RIAAカーブで録音されていた」という主張については、 一次資料(録音機材の仕様書、カッティングエンジニアの証言、レーベルの技術文書)に 依拠した根拠の提示を、筆者は今のところ確認できていません。 聴感比較を主な論拠とするものが多いように見受けられます。

カーブを変えて聴き比べることは楽しみのひとつですが、 「好みの音」と「録音時のカーブ」は別の問いです。 このページが、その区別を考える手がかりになれば幸いです。


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変更履歴

  • 2026年4月17日: 概要文の軽微な修正
  • 2026年4月14日: 表現の軽微な修正
  • 2026年4月10日: 一次資料の追加(根拠1に Westrex 1958 引用、根拠5「標準化プロセス」と根拠6「再生機材」を新規追加)、トーン調整
  • 2026年4月9日: 「レーベル=カーブ」の前提についてセクション追加
  • 2026年4月8日: 初版公開

MATSUBAYASHI 'Shaolin' Kohji <shaolin@rhythmaning.org>