Rudy Van Gelder の Gotham 導入以前 (1953年〜1955年初頭) のカッティングカーブは何だったのか?

最終更新: 2026年6月1日 読了時間の目安: 約14分

Rudy Van Gelder の Gotham 導入以前 (1953年〜1955年初頭) のカッティングカーブは何だったのか?

このページで答える問い: Rudy Van Gelder が Gotham PFB-150WA カッティングアンプを導入する以前 (1953年〜1955年初頭) のカッティングカーブは何だったのか。Vox、Prestige、Blue Note の盤の matrix とジャケット表記からは何が読み取れて、何が読み取れないのか。



このページの位置づけ

本ページは、姉妹 FAQ Rudy Van Gelder はどんな機材でカッティングしていたのか? の補論として、Van Gelder が 1955年3月の Gotham PFB-150WA 導入以前 (1953年〜1955年初頭) にどのカーブでカッティングしていたかという論点を独立に扱います。1955年3月以降の RIAA 確定 (機材記録 + 本人証言 + Prestige PRLP-199 ジャケ表記から確定) については姉妹 FAQ を参照してください。

この時期の Van Gelder のカッティングカーブを直接示す一次史料は、現時点では確認できていません。手がかりを整理する上では、Van Gelder 以前の Blue Note のカッティングが行われていた WOR Studios 期 と、Van Gelder が自前のカッティングを始めた Hackensack 期 (1953年〜) を分けて考える必要があります。


WOR Studios 期 (Van Gelder 以前)

Van Gelder が Blue Note の仕事を引き継ぐ前、Blue Note のカッティングは WOR Studios で行われていました。WOR Studios のチーフエンジニアは AES 標準規格委員会のメンバでもありました(→ Pt.17)。この系譜からは、WOR Studios 期の Blue Note は AES カーブでカッティングされていた可能性が示唆されます。ただし一次史料による直接確認はなく、また検証手段としても限界があります (同一音源の pre-RIAA 10インチ LP と RIAA 12インチ LP の比較は、後者が Van Gelder 関与でかなり音作りされている可能性が高く、どこまで分析できるかは未知数です)。

Hackensack 期 (Van Gelder 1953年〜)

Van Gelder が Hackensack の自宅スタジオで自前のカッティングを始めた 1953年以降については、彼自身のセットアップがどのカーブだったかを示す一次史料がやはり見つかっていません。以下では、同時期 (1953-1955年初頭) に Van Gelder のスタジオでカッティングされた Vox および Prestige の盤のジャケット表記から何が読み取れて何が読み取れないかを整理します。

Vox 盤からのジャケット表記証拠

Van Gelder のスタジオで pre-Gotham 期 (1953-1954年) にカッティングされたことが matrix とデッドワックスの "RVG" 刻印で確実に同定できる Vox 盤として、現時点で 3 枚 (PL 8140 / VX 500 / PL 8710) が確認できています。これら 3 枚はいずれも、ジャケットの再生推奨が NAB と表記されています。Vox カタログ全体でのジャケット表記が NAB から RIAA に切り替わるのは 1954年内であり、Billboard 誌の同号同ページに PL 8910 (NAB ジャケ) と PL 8960 / PL 9050 (RIAA ジャケ) が並列で評載された 1954年12月18日号がその境目です (Vox カタログ全体の matrix サーベイの詳細は別途まとめる予定です)。

なお、これらの「NAB」表記が指していたのは 1942/1949 NAB カーブとみてよいでしょう。Vox サーベイ中、ジャケ裏に「NAB」表記を持つ盤として Billboard で最も早くレビューされたのは PL 8030 で、Billboard 1953年5月9日号「Reviews of the Current Classical Releases」掲載が初出です (PL 8030 自体は XTV マトリクス = Columbia カットで、Van Gelder のカット盤ではありません)。このレビュー時期は、1953 NARTB 改訂カーブ(New Orthophonic カーブと同等、つまりのちの RIAA とも同等)が承認された 1953年6月19日より前で、Vox の「NAB」呼称が当初から 1953 NARTB 改訂カーブを指していた可能性は時系列的にありません。同じ時期の Dialing Your Disks 連載第1回 (1953年1/2月号) でも、Vox 自身がレーベル問い合わせへの回答として NAB ターンオーバー + NAB ロールオフを掲載しています。Vox は 1954年11〜12月にジャケ表記を RIAA へ切り替えるまで一貫して「NAB」表記を維持しており、Vox のジャケット「NAB」表記は終始 1942/1949 NAB を意図したものと読むのが整合的です。

ただし、これらのジャケット「NAB」表記から 「Van Gelder は実際に 1949 NAB カーブでカッティングしていた」と直結することはできません。ジャケット表記は再生推奨であって、実カットカーブの直接記録ではないからです。これは Dialing Your Disks FAQ で詳述したのと同じ枠組みで、Vox カタログ自身がそれを示しています。1953〜1954年の Vox の大多数は実は Columbia (XTV マトリクス) でカッティングされており、Columbia LP カーブで切られているにもかかわらず、ジャケットには「NAB」と印字されています。これは Columbia LP と NAB がベースシェルフ以外は同形のため、当時のレーベルと購買層に Columbia LP ≒ NAB と認識されていた ことの反映です (Vox は他社レーベルなので、ジャケに「Columbia LP」と書くことは商標上も難しかったと考えられます)。

LP and NAB recording characteristics (PIRE 1949年8月号 p.926 Fig.3)
Goldmark, Snepvangers and Bachman 「The Columbia Long-Playing Microgroove Recording System」(Proceedings of the I.R.E.、1949年8月号、Vol.37 No.8、p.926) より Fig.3。論文中の「LP recording characteristic」は Columbia LP を指す。両者ともベースシェルフ以外はほぼ同形で、高域時定数も同一であり、これが当時のレーベルと購買層に「Columbia LP ≒ NAB」と認識されていた背景となる (→ Pt.12)

要するに、ジャケット表記からは「Van Gelder は pre-Gotham 期に 1949 NAB を意図して切っていた可能性」程度のことは言えますが、Vox 自身の Columbia 委託盤への「NAB」印字を踏まえると、実カットカーブを断定できる根拠にはなりません。

Prestige 盤と「NARTB」表記の二義性: Gotham 導入時期の拠り所

Van Gelder のスタジオでカッティングされた Prestige の場合、PRLP-198 およびそれ以前 (筆者が現時点で deadwax を辿れた最古は PRLP-142) にも deadwax に "RVG" 刻印を持つ pre-Gotham 期の RVG カット盤が多数ありますが、ジャケットには再生カーブ表記がなく、これらの実カットカーブはジャケット表記からは判定できません。これに対して、続く PRLP-199 (Jimmy Raney 1955、Hackensack 録音 1955年2月18日 + 3月8日、deadwax "RVG" 刻印 + Plastylite earmark、Down Beat 1955年6月29日号 p.15「Down Beat Jazz Reviews」掲載) で初めてジャケットに再生カーブ表記が登場し、「NARTB」と書かれています。続く PRLP-200 と PRLP-207 以降では表記が「RIAA」に統一されます (詳細は Dialing Your Disks FAQ 内の Prestige 表)。

ここで「NARTB」表記には注意が必要です。「NARTB」は組織名 (National Association of Radio and Television Broadcasters、旧 NAB の改称) ですが、当時の業界では同名で 複数の異なるカーブを指していました。1942/1949 NAB カーブ (高域プリエンファシス 100μs、ターンオーバー 318μs、ベースシェルフ 3,180μs) と、1953 NARTB 改訂カーブ (高域プリエンファシス 75μs、ターンオーバー 318μs、ベースシェルフ 3,180μs、1953年6月19日承認、RCA New Orthophonic および 1954年 RIAA と実質同等) は、いずれも組織として同じ機関が承認した規格ですが、カーブそのものは異なります。

ただし Prestige PRLP-199 の場合は時系列から表記が指す対象は確定できます。本盤は 1955年2〜3月録音 + 1955年春〜初夏製造で、1954年1月の RIAA 規格策定より一年以上後の制作です。このタイミングでジャケに「NARTB」と表記されている場合、それは時系列的に 1942/1949 NAB ではあり得ず、1953 NARTB 改訂 (≒ 1954 RIAA) を指すほかありません。直後の PRLP-200 以降で表記が「RIAA」に統一されたのは、1942/1949 NAB との混同を避けるためだったと考えられます。

カタログ番号と Hackensack 録音日からの推測として、PRLP-199 のカッティングのタイミングで初めて Gotham PFB-150WA が導入され RIAA カットされた、PRLP-198 およびそれ以前の RVG カットされた Prestige 10インチ LP は pre-Gotham カット (実カーブはジャケットから推定不可) という線が最も整合的です。これは Gotham PFB-150WA の周波数測定グラフが 1955年3月11日付 (Jay McKnight 測定、Rein Narma 確認、RVG Estate サイトで公開) であることとも符合します。

Blue Note の場合: ジャケット表記の沈黙と通説の謎

Blue Note の場合は事情がもう一段複雑です。Prestige 同様、Blue Note の pre-RIAA 期 (pre-Gotham 期) の盤は、Vox と異なり、ジャケットにもレーベル面にも再生カーブ表記がありません。よってこれらの盤のジャケットからは Van Gelder の pre-RIAA 期カットカーブを読み取る術がありません。「Blue Note = AES」という通説は当時の業界誌 Dialing Your Disks 連載第1回 (1953年1/2月号) の Blue Note 回答が初出ですが、これは Van Gelder 引き継ぎ前の WOR Studios 期のカーブを反映している可能性が高いものです。Van Gelder 引き継ぎ後 (1953年〜) に RVG が AES 以外のカーブ (例えば NAB) で切っていたとしても、その変更が業界誌の表に反映されなかった可能性があります。つまり Blue Note pre-RIAA 期について、現時点では RVG が NAB でカッティングした可能性も、AES でカッティングした可能性も、両方残っています。

ここに矛盾があります。Van Gelder は 1953年以降、Vox (ジャケット「NAB」= 1942/1949 NAB と読むのが整合的) と Blue Note を 同じ Hackensack の部屋で同じ時期に 並行してカッティングしていました。もし Blue Note が本当に AES で切られていたとすれば、Van Gelder は同じスタジオで NAB (Vox 向け) と AES (Blue Note 向け) を並行運用していたことになりますが、これは複数のマスタリング設備を持っていない限り想像しがたい状況です。カッティング現場の慣行という観点からは、Blue Note の pre-RIAA も同じ NAB で切られていたと読む方が自然でしょう。

ただし、その読みを裏付ける Blue Note 側の一次史料は見つかっていません。検証の手立てとしては、Blue Note の同一録音の pre-RIAA 10インチ LP と RIAA 12インチ LP を比較する方法が考えられます (例: Miles Davis BLP 5040 と BLP 1502 のような pre-Gotham / Gotham 期ペア)。ただし、後者の RIAA 12インチ LP は Van Gelder 自身が後年再カットしたもので、その mastering 段でかなりの音作りが入っている可能性が高く、純粋なカーブ比較からは交絡が大きくなります。確定的な結論を出すには、別途 LTAS 解析や複数盤の体系的な比較が必要となります。

現時点での確度と残された検証手立て

以上を整理すると、Van Gelder の pre-Gotham 期 (1953年〜1955年初頭) カッティングカーブについては、以下のように段階的に評価できます。

  • A 確定:
    • 1955年3月以降 (Gotham PFB-150WA 導入後) は RIAA カット (機材記録 + 本人証言 + Prestige PRLP-199 NARTB ジャケ表記から確定)
    • pre-Gotham 期 (1953〜1955年初頭) の RVG カット Vox 盤 3 枚 (PL 8140 / VX 500 / PL 8710) はジャケットに「NAB」と表記 (jacket レベルの一貫性)
    • Vox の「NAB」表記は 1942/1949 NAB を指す (時系列論証から確定)
    • 「Van Gelder が Hackensack で AES に切った」を支持する一次史料は見当たらない
  • B 推定 (未実測):
    • Vox の pre-Gotham 期 RVG カット 3 枚は実際 1942/1949 NAB カーブで切られた、という線。根拠はジャケット表記の一貫性 + 当時の NAB 主流の慣行であり、LTAS 解析や転写による直接実測ではない
    • Blue Note の pre-RIAA 期は実装観点 (Vox NAB と同部屋同時期に並行運用が困難) から NAB と読む方が自然だが、一次史料による直接確認はなく、NAB と AES の両可能性が残る
  • C 未解決 (解決すれば結論が動く):
    • pre-Gotham 期 RVG カット盤の LTAS 実測。単一盤の LTAS では決定打にならず、既知カーブの基準盤との比較が必要。候補としては Vox VX 500 (pre-Gotham RVG カット、NAB ジャケット) と VX 25200 (1956年 12インチ RIAA リイシュー、Gotham 期 RVG カットの存在を確認) の A/B 比較、または同時代の Columbia クラシック LP (Columbia LP カーブと 1942/1949 NAB はベースシェルフのみ異なるため、比較対象として的を得ている) との比較が考えられる
    • Blue Note および Prestige の同一録音 pre-Gotham 期 10インチ LP と Gotham 期 12インチ RIAA リイシューの LTAS 比較 (両者の RVG カット盤同定には Richard Capeless の RVG Discography を活用可能)。Blue Note は Miles Davis BLP 5040 と BLP 1502 (1954年3月6日 Hackensack 録音)、Lou Donaldson BLP 5055 と BLP 1537 (1954年8月22日 Hackensack 録音) などが候補となる (いずれも RVG カッティング)。Prestige は PRLP-198 およびそれ以前としてリリースされ後年 12インチ化された Hackensack 録音のペアが該当する。最古は James Moody セッション 1954年1月8日 (PRLP 192 と PRLP 7072)、他に Sonny Rollins & Thelonious Monk PRLP 190 と PRLP-7075 (1954年9月22日と10月25日 Hackensack 録音) などが挙げられる (いずれも RVG カッティング)

要するに、Van Gelder の pre-Gotham 期カッティングカーブを直接示す一次史料は現時点で見つかっておらず、ジャケット表記レベルの推測としては Vox は 1942/1949 NAB、Blue Note は NAB の蓋然性が高いものの AES の可能性も残るという段階で、確定には LTAS 解析等による実測が今後必要となります。


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謝辞

本 FAQ を含む RVG カッティングとマスタリングに関する 4 本 FAQ は、RVG Legacy を主宰する Richard Capeless 氏から原稿への助言とコメントを頂いて改訂・分割しました。深く感謝いたします。

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MATSUBAYASHI 'Shaolin' Kohji <shaolin@rhythmaning.org>