米国メジャーレーベルのステレオLPはRIAAカーブで録音されているのか — 技術資料とエンジニア証言に基づく検証

最終更新: 2026年4月8日 読了時間の目安: 約8分

米国ステレオLPは、すべてRIAAカーブで録音されているのか?

このページで答える問い: 1958年以降の米国メジャーレーベルのステレオLPは、RIAAカーブで録音されているのか。それとも、レーベルごとに異なるEQカーブが使われていたのか。



はじめに:2つの異なる行為

本題に入る前に、区別しておきたいことがあります。

このページでは後者、つまり「事実としてどのカーブで録音されたか」を扱います。


答え:米国のステレオLPはRIAAカーブで録音されている

結論を先に述べます。 1958年以降の米国メジャーレーベルのステレオLPは、RIAAカーブで録音されています。

これは、以下の複数の独立した根拠から確認できます。


根拠1:ステレオ用カッティング機材の設計

1958年に米国でステレオLPが一般発売された際、 米国でカッティングに使われた録音システム全体 (ステレオカッターヘッドと録音アンプの組み合わせ)が、 RIAAの録音特性を前提として設計されていました。

ステレオLPを制作するには、これらの新しいカッティング機材を導入する必要がありました。 つまり、ステレオ盤を制作した時点で、録音システム全体がRIAA前提に更新されています。

RIAA以外のカーブでステレオ盤をカッティングするには、 機材の設計を意図的に回避する特別な措置が必要であり、 そのような措置を取ったという記録は見つかっていません。

(→ Pt.19 を参照)


根拠2:カッティングエンジニアの証言

複数のカッティングエンジニアが、自らの録音現場でRIAAカーブが使われていたことを証言しています。

(→ Pt.20 を参照)


根拠3:Columbia の社内文書

Columbia の電子工学・研究部門ディレクターであった William Bachman が作成した社内文書が発見されています。 この文書には以下の内容が記されています:

この文書は日付なしですが、1955年と1956年のメモの間に挟まっていたことが確認されています。

また、Billboard 誌 1954年8月28日号の記事は、 同時点で Columbia のマスタリング機材の半数未満が RIAA に移行済みであり、 全設備の移行完了にはさらに半年を要すると報じています。

一方、1955年2月から Columbia がラジオ局向けに配布した CSL(Columbia Standard Level)テスト盤のレーベルには、 「Columbia Standard Characteristic: as per R.I.A.A - N.A.R.T.B. industry norm」 と明記されています。

これらのことから、Columbia の RIAA への移行は 1955年前半、遅くとも1955年後半には完了していたと考えるのが自然です。


根拠4:Rudy Van Gelder の機材記録

Blue Note、Prestige、Impulse! 等のジャズレーベルの録音・カッティングを手がけた Rudy Van Gelder のスタジオでは、1955年初頭に RIAA 録音特性の機材 (Gotham PFB-150WA)が導入されています。

また、1955年10月の寄稿記事で、Van Gelder 自身が RIAA 特性の使用を明言しています。

Blue Note と Prestige のレコードは、レーベルのアートワークこそ異なりますが、 カッティングはすべて同じ Van Gelder のスタジオで、同じ機材を使って行われていました。

(→ Pt.19 を参照)

(→ Rudy Van Gelder のカッティング機材とEQカーブ


では、なぜ「非RIAAカーブ」という説があるのか

上記の根拠にもかかわらず、「米国ステレオLPの多くは非RIAAカーブで録音されている」 という主張が存在します。この主張の典型的な論拠は以下の通りです。

1. 聴感比較による「検証」

可変EQフォノイコライザーでカーブを切り替えると、音が変わります。 そして、ある設定の方が「良い音」に聴こえることがあります。

しかし、EQカーブの変更とは周波数特性と位相特性の変更です。 音が変わるのは物理的に当然であり、 「音が変わった」ことは「録音時のカーブを当てた」ことを意味しません。

(→ EQカーブを変えると音の違いは聴こえるのか?

2. レーベル別「推奨カーブ」一覧表

インターネット上には、レーベルごとに「正しいEQカーブ」を対応づけた一覧表が 複数存在します。しかし、これらの表を比較すると、 同一レーベルに対して異なるカーブが推奨されているケースが散見されます。

たとえば、あるレーベルに対して、ある表は「AES」、別の表は「NAB」、 さらに別の表は「Columbia」と推奨しているような例が複数存在します。

もしこれらの表が客観的な測定に基づいているならば、 同一レーベルに対する推奨が一致するはずです。 推奨が食い違っているという事実は、これらの表が 聴感上の好みに基づく主観的な選択であることを示唆しています。

3. 「再生推奨設定」と「録音カーブ」の混同

1950年代の雑誌記事などに掲載された「レーベル別推奨設定」の一覧は、 再生側での推奨設定(いわば「この設定にすると聴きやすい」という案内)であり、 録音時に使われたカーブを記録したものではありません。 この2つが混同されているケースが見受けられます。


補足:このページが述べていないこと

このページは、以下の点を否定するものではありません。


まとめ

米国のステレオLP(1958年以降)が RIAA カーブで録音されていることは、 カッティング機材の設計、エンジニアの証言、社内文書、機材記録という 複数の独立した根拠から確認できます。

一方、「非RIAAカーブで録音されていた」という主張は、 一次資料(録音機材の仕様書、カッティングエンジニアの証言、レーベルの技術文書)への 参照を伴わず、聴感比較のみに基づいています。

カーブを変えて聴き比べることは楽しみのひとつですが、 「好みの音」と「録音時のカーブ」は別の問いです。 このページが、その区別を考える手がかりになれば幸いです。


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変更履歴

  • 2026年4月8日: 初版公開