米国メジャーレーベルのステレオLPはRIAAカーブで録音されているのか — 技術資料とエンジニア証言に基づく検証
米国ステレオLPは、すべてRIAAカーブで録音されているのか?
このページで答える問い: 1958年以降の米国メジャーレーベルのステレオLPは、RIAAカーブで録音されているのか。それとも、レーベルごとに異なるEQカーブが使われていたのか。
はじめに:2つの異なる行為
本題に入る前に、区別しておきたいことがあります。
- カーブを変えて聴き比べ、好みの音を見つけること — これはレコード再生の楽しみのひとつです。好みの音で聴くことは、個人の自由です
- 「このレコードは○○カーブで録音された」と同定すること — これは歴史的・技術的な検証が必要な、別の行為です
このページでは後者、つまり「事実としてどのカーブで録音されたか」を扱います。
答え:米国のステレオLPはRIAAカーブで録音されている
結論を先に述べます。 1958年以降の米国メジャーレーベルのステレオLPは、RIAAカーブで録音されています。
これは、以下の複数の独立した根拠から確認できます。
根拠1:ステレオ用カッティング機材の設計
1958年に米国でステレオLPが一般発売された際、 米国でカッティングに使われた録音システム全体 (ステレオカッターヘッドと録音アンプの組み合わせ)が、 RIAAの録音特性を前提として設計されていました。
ステレオLPを制作するには、これらの新しいカッティング機材を導入する必要がありました。 つまり、ステレオ盤を制作した時点で、録音システム全体がRIAA前提に更新されています。
RIAA以外のカーブでステレオ盤をカッティングするには、 機材の設計を意図的に回避する特別な措置が必要であり、 そのような措置を取ったという記録は見つかっていません。
(→ Pt.19 を参照)
根拠2:カッティングエンジニアの証言
複数のカッティングエンジニアが、自らの録音現場でRIAAカーブが使われていたことを証言しています。
- Capitol のマスタリングエンジニアは、「Capitol のマスタリングは RIAA カーブを使用していた。以上」と証言しています
- Decca(英国) のカッティングエンジニア(1957〜1972年在籍)は、「FFSSカーブなるものは存在しない。FFSSはマーケティング用語であり、Decca は RIAA を使用していた」と証言しています
- Columbia のマスタリングエンジニアは、先輩エンジニアに照会した結果として「1955年までに全レースでRIAAへの切替が完了した」と報告しています
- 別の Columbia のベテランマスタリングエンジニアは、「ステレオ時代に Columbia カーブが使われていたということは、絶対に、断じて、ない」と証言しています
(→ Pt.20 を参照)
根拠3:Columbia の社内文書
Columbia の電子工学・研究部門ディレクターであった William Bachman が作成した社内文書が発見されています。 この文書には以下の内容が記されています:
- Columbia カーブと RIAA カーブの類似性をグラフで示した
- 製造上のばらつきの方が、2つのカーブの差よりも大きいと指摘
- 「RIAA カーブは Columbia LP の再生に理想的であり、RIAAへの段階的な移行を実施すべき」 と記載
この文書は日付なしですが、1955年と1956年のメモの間に挟まっていたことが確認されています。
また、Billboard 誌 1954年8月28日号の記事は、 同時点で Columbia のマスタリング機材の半数未満が RIAA に移行済みであり、 全設備の移行完了にはさらに半年を要すると報じています。
一方、1955年2月から Columbia がラジオ局向けに配布した CSL(Columbia Standard Level)テスト盤のレーベルには、 「Columbia Standard Characteristic: as per R.I.A.A - N.A.R.T.B. industry norm」 と明記されています。
これらのことから、Columbia の RIAA への移行は 1955年前半、遅くとも1955年後半には完了していたと考えるのが自然です。
根拠4:Rudy Van Gelder の機材記録
Blue Note、Prestige、Impulse! 等のジャズレーベルの録音・カッティングを手がけた Rudy Van Gelder のスタジオでは、1955年初頭に RIAA 録音特性の機材 (Gotham PFB-150WA)が導入されています。
また、1955年10月の寄稿記事で、Van Gelder 自身が RIAA 特性の使用を明言しています。
Blue Note と Prestige のレコードは、レーベルのアートワークこそ異なりますが、 カッティングはすべて同じ Van Gelder のスタジオで、同じ機材を使って行われていました。
(→ Pt.19 を参照)
(→ Rudy Van Gelder のカッティング機材とEQカーブ)
では、なぜ「非RIAAカーブ」という説があるのか
上記の根拠にもかかわらず、「米国ステレオLPの多くは非RIAAカーブで録音されている」 という主張が存在します。この主張の典型的な論拠は以下の通りです。
1. 聴感比較による「検証」
可変EQフォノイコライザーでカーブを切り替えると、音が変わります。 そして、ある設定の方が「良い音」に聴こえることがあります。
しかし、EQカーブの変更とは周波数特性と位相特性の変更です。 音が変わるのは物理的に当然であり、 「音が変わった」ことは「録音時のカーブを当てた」ことを意味しません。
2. レーベル別「推奨カーブ」一覧表
インターネット上には、レーベルごとに「正しいEQカーブ」を対応づけた一覧表が 複数存在します。しかし、これらの表を比較すると、 同一レーベルに対して異なるカーブが推奨されているケースが散見されます。
たとえば、あるレーベルに対して、ある表は「AES」、別の表は「NAB」、 さらに別の表は「Columbia」と推奨しているような例が複数存在します。
もしこれらの表が客観的な測定に基づいているならば、 同一レーベルに対する推奨が一致するはずです。 推奨が食い違っているという事実は、これらの表が 聴感上の好みに基づく主観的な選択であることを示唆しています。
3. 「再生推奨設定」と「録音カーブ」の混同
1950年代の雑誌記事などに掲載された「レーベル別推奨設定」の一覧は、 再生側での推奨設定(いわば「この設定にすると聴きやすい」という案内)であり、 録音時に使われたカーブを記録したものではありません。 この2つが混同されているケースが見受けられます。
補足:このページが述べていないこと
このページは、以下の点を否定するものではありません。
- プレRIAA期(1954年以前)に複数のEQカーブが存在したことは歴史的事実です。 RIAAが策定される前は、各レーベルが独自のカーブを使用していました(→ フォノEQカーブの歴史:ざっくり版)
- 1954年〜1958年のモノーラルLP移行期に、一部の盤が非RIAAカーブで残存していた可能性はあります。 特に独立系スタジオでは移行のタイミングにばらつきがありました(→ 各レーベルはいつRIAAに切り替えたのか?)
- EQカーブを変えれば音が変わること自体は、物理的に当然です
- 好みの音で聴くことは個人の自由です
まとめ
米国のステレオLP(1958年以降)が RIAA カーブで録音されていることは、 カッティング機材の設計、エンジニアの証言、社内文書、機材記録という 複数の独立した根拠から確認できます。
一方、「非RIAAカーブで録音されていた」という主張は、 一次資料(録音機材の仕様書、カッティングエンジニアの証言、レーベルの技術文書)への 参照を伴わず、聴感比較のみに基づいています。
カーブを変えて聴き比べることは楽しみのひとつですが、 「好みの音」と「録音時のカーブ」は別の問いです。 このページが、その区別を考える手がかりになれば幸いです。
変更履歴
- 2026年4月8日: 初版公開