世界初の録音再生規格 — 1942 NAB 規格とその改訂史(1949・1953 NARTB・1964)

最終更新: 2026年4月10日 読了時間の目安: 約12分

世界初の録音再生規格 — 1942 NAB 規格とは

このページで答える問い: 世界初の録音再生規格と言われる 1942 NAB 規格は、どのような経緯で策定されたのか。その後の改訂を経て RIAA カーブにどうつながったのか。



一言で答えると

1942年5月、NAB(National Association of Broadcasters=全米放送事業者協会)が、史上初の録音再生標準規格を策定しました。 正式名称は "NAB Recording and Reproducing Standards"。放送局用のトランスクリプション盤(16インチ、33⅓回転)を対象とし、ディスクの物理寸法から録音周波数特性まで16項目をカバーしました。

この規格は、その後以下のように改訂されていきます。

規格 主な変更点
1942年 NAB 録音再生標準規格 史上初の録音再生規格。横振動・縦振動の両方を規定
1949年 NAB 規格改訂 磁気テープ規格を追加。ディスク録音カーブは1942年版を踏襲
1953年 NARTB 規格改訂 全面改訂。高域プリエンファシスを100μsから75μsに変更
1954年 RIAA 標準録音再生特性 NARTB と同一の時定数。レコード業界の統一規格として策定
1964年 NAB 規格改訂 縦振動盤を規格から削除。RIAA 規格とほぼ同一

RIAA カーブはいつ策定されたか? — 1953〜1954年の標準化集中期


なぜ標準化が必要だったのか

1930年代後半、放送局用トランスクリプション盤は複数の会社が製造していましたが、各社の録音特性はバラバラでした。放送局は盤ごとに異なるイコライゼーションを施す必要があり、非効率と混乱が生じていました。

転機は1939年、RCA/NBC が Orthacoustic カーブ を発表したことでした。これは高域プリエンファシスとベースシェルフを組み合わせた録音特性で、S/N比を改善し、トランスクリプション盤の品質を大幅に向上させました。しかし、RCA の自社カーブが事実上の標準になりかけていたことは、他社にとっては歓迎できる状況ではありませんでした。

こうした背景から、NAB が業界全体を代表する標準規格の策定に乗り出しました。


委員会の構成と策定過程

1941年5月、NAB は録音再生標準規格委員会を発足させました。委員長は NAB の技術ディレクター Lynne C. Smeby 氏。1941年8月までに委員は 58名 に達し、"practically all the leaders in the field"(事実上すべての関係分野のリーダー)が参加していました。

執行委員会のメンバーは以下の通りです。

  • R.M. Morris(NBC)— 執行委員長
  • H.A. Chinn(CBS)
  • C. Lauda, Jr.(World Broadcasting System)
  • E.T. Mottram(Bell Telephone Laboratories)
  • I.P. Rodman(Columbia Recording)
  • L.C. Smeby(NAB)— 委員長・技術ディレクター

RCA、Columbia、Bell Labs、Presto Recording、Audio Devices、さらにはハーバード大学の Frederick V. Hunt 教授など、録音・再生に関わる幅広い専門家が委員に名を連ねました。

Some controversy occured toward the formulation of sixteen items, but overall the process went very peacefully and democratically.

(16項目の策定にはいくつかの論争があったが、全体として非常に民主的かつ平和的に進行した。)

— Smeby, "Recording and Reproducing Standards," Proc. IRE, August 1942

1942年5月、規格は NAB 理事会によって承認されました。

→ 委員会の発足から承認までの詳しい経緯は ブログ記事 Pt.8 で扱っています


1942年 NAB 規格の内容

規格は16項目からなり、ディスクの物理的仕様と録音特性の両方を定めました。

物理的仕様(第1〜12項、第15〜16項): ディスクの外径、センターホール径、溝の間隔、回転数(33⅓回転と78.26回転)、ワウ率、レコード反り、ラベル記載事項など。

録音周波数特性(第13〜14項): 最も重要な項目です。

  • 第13項:縦振動盤の録音特性(Frequency Characteristic for Vertical Recording)— Bell Labs/Western Electric に由来するカーブ
  • 第14項:横振動盤の録音特性(Frequency Characteristic for Lateral Recording)— RCA/NBC Orthacoustic に由来するカーブ

横振動盤の高域プリエンファシスの時定数は 100μs(10kHz で +16dB の上昇)と規定されました。この値が、後年にわたる議論の火種となります。

なお、規格の記述は回路定数や時定数ではなく、周波数応答カーブ(グラフ)として示されました。これは、当時のスタジオが多様な回路設計を使用していたため、特定の回路方式に縛られない柔軟性を持たせるためでした。


高域プリエンファシス論争 — 100μs は過剰か

1942年 NAB カーブの高域プリエンファシスは、策定直後から批判にさらされました。本格的な議論が始まったのは、戦後の1947年です。

1947年の NAB 録音標準会議では、複数の専門家が100μsの問題を指摘しました。

Theodore W. Lindenberg(Fairchild Camera and Instrument) は、最初に議論を提起しました。

"I have had the feeling for some time that the high frequency uplift is a little bit overdone. In our present day assembly the greatest thing to my mind is the heavy level of transcriptions. I think that we should consider a decrease in the high frequency pre-emphasis."

(高域プリエンファシスの盛り上がりが少し過剰な気がする、というのは、私が常々感じていることだ。本日の会合において、脳裏に浮かぶ最大関心事は、トランスクリプション盤の記録レベルが高すぎることだ。高域プリエンファシスの低減を検討すべきだ。)

— NAB Reports, September 29, 1947, Vol.15, No.39

R.A. Miller(Bell Telephone Laboratories) も同意見を述べました。

"today Bell Laboratories, as an apparatus designed of equalizers, was being requested continuously to put as many as 24 to 27 restoring networks in their equalizers, and that, therefore, there must be considerable agreement with the present curve and that they generally feel that the rise at the high end is too much for good wide band reproduction."

(今日、ベル研究所では、イコライザ設計の組織として、24から27もの補正ネットワークをイコライザに搭載するよう継続的に要求されている。この状況を見れば、現行カーブについてかなりの合意があるはずであり、高域の上昇は優れた広帯域再生には過剰であると一般的に認識されている。)

— 同上

A.E. Barrett(BBC) は、NAB のプリエンファシスが BBC の機材にとっても極端すぎると指摘しました。

"the NAB pre-emphasis characteristic was more extreme than the BBC could use with its present equipment, for the tendency to overload on lighter frequencies was too great."

(NAB のプリエンファシス特性は、BBC の現在の機材では対応できないほど極端で、高周波帯域でのオーバーロードの傾向が強すぎる。)

— NAB Recording Standards Meeting, Audio Engineering, October 1947

これに対して、執行委員長の R.M. Morris(NBC) は慎重な姿勢を示しました。

"while many believed that the high frequency pre-emphasis had been too high, the adherence to the NAB standards for electrical transcriptions had been good"

(確かに高域プリエンファシスが強すぎるという意見は多かったが、トランスクリプション盤用 NAB 規格の遵守状況はこれまで良好であった。)

— 同上

会議の結論として、既存の録音ライブラリへの影響を考慮し、規格の修正は慎重に行うべきとの方針が示されました。結果として、1947年時点では100μsは変更されませんでした。

→ 1947年会議の詳しい議事録は ブログ記事 Pt.10 で扱っています


1949年改訂 — テープが優先された

1949年4月、NAB 規格の改訂が行われました。しかし、ディスク録音カーブは1942年版のまま据え置かれました

理由は二つあります。

第一に、磁気テープ規格の策定が最優先だった。 戦後、磁気テープ録音が放送局に急速に普及しており、NAB 委員会の作業はテープ規格の策定に集中していました。

第二に、Columbia LP の登場が状況を複雑にした。 1948年6月に Columbia が LP レコードを発表しましたが、その録音特性は1942年 NAB カーブと非常に類似していました。ディスクカーブを大幅に変更すれば、登場したばかりの LP との互換性にも影響しかねませんでした。

こうして、1947年の議論で指摘された100μsの問題は、1949年改訂でも先送りされました。


1953年 NARTB — ついに 75μs へ

1953年6月、NAB(この時期の正式名称は NARTB: National Association of Radio and Television Broadcasters)は録音再生標準規格を全面改訂しました。

この改訂の最大のポイントは、高域プリエンファシスの時定数が100μsから75μsに変更されたことです。10kHz での上昇は +16dB から +13.7dB に低減されました。また、周波数応答の上限が10kHzから15kHzに拡大されました。

この75μsという値は、RCA Victor が1952年頃から使用していた New Orthophonic カーブの高域時定数と同一です。1953年12月には AES(Audio Engineering Society)も同一の時定数を採用した標準再生カーブを暫定承認し、翌1954年1月には RIAA が同一の時定数で録音再生特性を承認しました。わずか半年の間に三つの標準化団体が収束したのは、各団体のメンバーが重複しており、相互に連携して標準化を進めていたためです。

なかでも H.E. Roys(RCA Victor)は、NAB/NARTB、AES、RIAA、EIA、ASA(ANSI の前身)と複数の標準化委員会に所属し、団体間の調整に中心的な役割を果たしました。

→ 1953〜1954年の標準化の詳しい経緯は RIAA カーブはいつ策定されたか? を参照

→ RIAA カーブが業界標準として定着した背景は なぜ RIAA が標準になったのか? を参照


1964年 NAB — 縦振動の退場

1964年2月、NAB は録音再生標準規格を再度改訂しました。この改訂では二つの重要な変更が行われました。

第一に、縦振動盤が規格から削除されました。 1942年以来、規格には横振動と縦振動の両方の録音特性が含まれていましたが、1964年の時点で縦振動のトランスクリプション盤はすでに消滅していました。

第二に、横振動盤の特性が「録音特性」ではなく「再生特性」として定義されました。 1942年規格では録音側のカーブとして規定されていましたが、1964年改訂では再生側の特性として記述が変更されました。これは規格の性格の変化を反映しています。

1964年 NAB ディスク規格の内容は、1954年 RIAA 規格とほぼ同一です。

→ 縦振動盤が標準化の歴史でどのように扱われたかは なぜ縦振動ではなく横振動が標準になったのか? を参照


NAB 規格の歴史的意義

NAB 規格は、以下の点で録音史上きわめて重要です。

世界初の録音再生標準規格。 NAB 以前には、録音周波数特性を含む包括的な標準規格は存在しませんでした。各社が独自のカーブで録音しており、再生側は盤ごとに対応を変えるしかありませんでした。

民主的プロセスの先例。 58名の委員による審議は、その後の NARTB、AES、RIAA の標準化にも引き継がれた方法論でした。業界全体が受け入れ可能な規格を生むには時間がかかりましたが、結果として持続可能な標準が実現しました。

100μs 論争の教訓。 1947年に問題が認識されてから1953年に改訂されるまで6年。既存ライブラリとの互換性を考慮する慎重さと、技術的正しさの間で、業界が苦闘した記録です。


関連ページ


FAQ トップに戻る

変更履歴

  • 2026年4月10日: 初版公開

MATSUBAYASHI 'Shaolin' Kohji <shaolin@rhythmaning.org>