RIAAカーブはいつ策定されたか — 1954年1月29日に至るまでの前史と経緯
RIAA カーブはいつ策定されたか?
このページで答える問い: RIAA カーブはいつ、どのような経緯で策定されたのか。なぜそれほど時間がかかったのか。
一言で答えると
1954年1月29日。RIAA(Recording Industry Association of America)の技術委員会が正式に承認しました。ただし、RIAA の標準文書として業界に流通したのは 1954年6月 です(Bachman, Bauer, and Goldmark, "Disk Recording and Reproduction," Proc. IRE, 1962 が参照文献として引用しているのもこの1954年6月文書です)。
この日付はゴールであって出発点ではありません。ディスク録音の標準化作業は1940年代初頭から始まっており、RIAA カーブの策定に至るまでには10数年にわたる議論と試行がありました。さらに、承認後も旧カーブで録音された盤はしばらく市場に残り続けました。
→ RIAA カーブとは? -- カーブの定義と3つの時定数について
標準化のタイムライン
以下は、RIAA カーブに至る主要な標準規格の流れです。
| 年月 | 規格・出来事 | 備考 |
|---|---|---|
| 1939年 | RCA/NBC Orthacoustic カーブ発表 | 放送局用トランスクリプション盤向け。NAB 標準化の契機となる |
| 1942年3月 | NAB 録音再生標準規格 採択 | 史上初の録音再生標準規格。放送局用トランスクリプション盤が対象 |
| 1949年4月 | NAB 規格改訂 | 磁気テープ規格を追加。ディスク録音カーブは1942年版を踏襲 |
| 1951年 | AES 標準再生カーブ発表 | 業界横断の学術団体による提案。各社カーブの「妥協点」を狙った |
| 1953年6月 | NARTB 録音再生標準規格 承認 | 1942/1949 NAB を全面改訂。高域プリエンファシスを 100μs から 75μs へ変更 |
| 1953年12月 | AES 標準再生カーブ改訂(暫定承認) | NARTB と同一の時定数を採用。1954年6月に正式承認 |
| 1954年1月29日 | RIAA 標準録音再生特性 技術委員会が承認 | 米レコード業界5大レーベルのチーフエンジニアが参加 |
| 1954年6月 | RIAA 標準文書として公式に流通 | 後年の文献(Bachman et al. 1962 等)が参照する版 |
事実として注目すべきは、NARTB(放送局)、AES(学会)、RIAA(レコード産業)の3団体が、わずか半年の間にほぼ同一の時定数を相次いで採用したことです。これは、各団体のメンバーが重複しており、相互に連携して標準化を進めていたためです。
McKnight が後年振り返ったところによると、AES TSA-1-1954 と RIAA 1954 は文字どおり同じカーブを同年に採用しています。さらに彼は、RIAA の元文書について「the document carries neither an identifying number nor date, but was later identified as 'Bulletin No. E1,' with appropriate revision dates」(番号も日付もない文書だったが、後年 Bulletin No. E1 として識別され、改訂日が付けられた)と述べています(J. Audio Eng. Soc. 30(4), p.244, 1982 April)。
つまり「RIAA Bulletin No. E1」という呼称と公的な改訂日は、1954 年当時から付与されていたわけではなく、後年の整理として遡及的に与えられた可能性が高いということです。Bachman らが 1962 年論文で参照した 1954 年 6 月文書も、おそらく番号や正式な日付を欠いた状態だったと推察できます。1954 年原文書の現物は、現在も筆者を含む研究者が探し続けています。
また、新 RIAA カーブは RCA Victor がすでに使用していた New Orthophonic カーブと実質的に同一の特性でした。AES カーブも 40Hz 以上では ±2dB 以内に収まるため、業界が大幅な設備変更なしに移行できる「妥協点」として機能しました。
→ 詳細な経緯は ブログ記事 Pt.18 で扱っています
承認された後も、すぐには統一されなかった
1954年7月号の Radio News 誌に掲載された "The Curve That Conforms" という記事は、RIAA カーブ承認直後の業界の動きを伝えています。記事は新規格を「前進」と歓迎しつつも、実態はすぐに統一とはいかないことを率直に伝えています。
"After several futile attempts at standardizing the equalization curve, most manufacturers gave up and continued the status quo. At this point the powerful and influential Record Industry Association of America (RIAA) entered the fray, and now, happily, it is possible to report that the new 'RIAA Standard Record-Playback Curve' is being adopted throughout the record industry."
(イコライゼーションカーブの標準化はこれまで何度も不首尾に終わり、多くのメーカーが諦めて現状を続けていた。そこへ強力で影響力のあるRIAAが参入し、今では幸いにして、新しい「RIAA標準録音再生カーブ」がレコード業界全体で採用されつつあると報告できる。)
各レーベル関係者のコメントが記録されています:
- Albert Pulley(RCA Victor): 新 RIAA カーブは RCA が既に使用していた "Orthophonic" と同一。新譜だけでなく "Treasury" シリーズを含む差替え盤も RIAA で再カットする方針。
- William Bachman(Columbia): 新録音には RIAA を使用。差替え盤も可能な限り RIAA で再カットする。
- C. Robert Fine(Mercury): 業界に合わせて今後の新譜で使用する。
- Remy van Wyck Farkas(London): 数カ月前から使用。旧カタログは在庫払底後に順次 RIAA で再カットする。
- Capitol / Decca / MGM: Capitol は既に使用中。Decca と MGM も今後の新譜で使用する。
- Westminster: Dr. Kurt List は当面は旧 NAB カーブを継続すると述べた。記事は「正当な理由があるだろうが、いずれ RIAA に合流するだろう」と予測しています。
注目すべき点が二つあります。第一に、「新譜は RIAA」で各社おおむね一致していたものの、既発売盤(バックカタログ)がいつ RIAA で再カットされるかはレーベルごとにまちまちでした。旧カーブで録音された盤は、スタンパーが摩耗するか在庫がなくなるまで出回り続けます。
第二に、記事が認めているとおり、旧カーブの盤と新カーブの盤を外見から区別する方法はありませんでした。
"you will have no way of knowing whether an old recording has been recut with the new RIAA curve, or is still the original curve."
(旧い録音が RIAA で再カットされたのか、元のカーブのままなのかを知る術はない。)
つまり、RIAA の承認は「ゴール」であると同時に、移行期という新たな問題の始まりでもありました。リスナーにとっては、複数のカーブに対応できる柔軟なプリアンプが引き続き必要だったのです。
→ 各レーベルはいつ RIAA カーブに切り替えたのか? -- レーベルごとの移行時期の詳細
高域プリエンファシスをめぐる議論
標準化の過程で最も議論を呼んだのは、高域プリエンファシスの量でした。
1942年 NAB カーブの高域時定数は 100μs(±16dB at 10kHz)でしたが、「高域プリエンファシスが強すぎて歪みが生じる」という批判が、標準規格委員会の内部から繰り返し出されていました。具体的には、1947年の時点で委員会メンバーから「100μs を 75μs(±13.7dB at 10kHz)に下げるべきだ」という意見が明確に出されています。
最終的に、1953年の NARTB 規格で高域時定数が 75μs に改訂され、この値が RIAA にもそのまま採用されました。この 75μs という値は、RCA Victor が1952年頃から使用していた New Orthophonic カーブの高域時定数と同一です。
→ 高域プリエンファシス議論の詳細は 世界初の録音再生規格 — 1942 NAB 規格とは を参照(ブログ記事 Pt.10 も参照)
なぜ統一にこれほど時間がかかったのか
1942年の最初の標準化から RIAA 策定まで12年。なぜこれほどかかったのでしょうか。主な要因は以下の通りです。
第二次世界大戦(1941〜1945年)。 1942年の暫定 NAB 規格策定直後に戦争が激化し、標準化作業は中断しました。委員会の作業が再開されたのは1947年です。
LP と45回転盤の登場による混乱(1948〜1950年)。 1948年に Columbia LP、1949年に RCA Victor 45回転盤が登場し、レコード業界は「回転数競争」に突入しました。新フォーマットへの対応に追われ、EQ カーブの統一は後回しになりました。
磁気テープ規格の優先(1949年前後)。 放送局では磁気テープ録音が急速に普及しており、1949年の NAB 規格改訂では、テープ規格の策定が最優先事項でした。ディスクの録音カーブは1942年版のまま据え置かれました。
委員会の民主的プロセス。 NAB にせよ RIAA にせよ、標準化は各社の利害を調整しながら民主的に進められました。全関係者の合意を得るには時間が必要でした。一方で、この民主的プロセスが結果として、業界全体が受け入れ可能な規格を生み出したとも言えます。
→ 回転数競争とは?
RIAA はなぜ「勝ったか」
RIAA カーブの策定自体も重要ですが、それが業界標準として定着した背景には、技術的・経済的な要因がありました。この点については別ページで詳しく扱っています。
変更履歴
- 2026年4月27日: 「標準化のタイムライン」節に McKnight (J. Audio Eng. Soc. 30(4), p.244, 1982 April) からの記述(AES TSA-1-1954 と RIAA 1954 の同 characteristic 採用、Bulletin No. E1 名称の遡及的付与)を追加
- 2026年4月10日: 1954年6月RIAA標準文書の位置づけ明確化、"The Curve That Conforms" (1954) から承認後の移行状況を追加
- 2026年4月8日: 初版公開