世界初の録音再生規格 — 1942 NAB 規格とその改訂史(1949・1953 NARTB・1964)
世界初の録音再生規格 — 1942 NAB 規格とは
このページで答える問い: 世界初の録音再生規格と言われる 1942 NAB 規格は、どのような経緯で策定されたのか。その後の改訂を経て RIAA カーブにどうつながったのか。
一言で答えると
1942年3月19-20日、NAB(National Association of Broadcasters=全米放送事業者協会)理事会が、史上初の録音再生標準規格を正式採択しました。 正式名称は "NAB Recording and Reproducing Standards"。放送局用のトランスクリプション盤(16インチ、33⅓回転)を対象とし、ディスクの物理寸法から録音周波数特性まで16項目をカバーしました。
この規格は、その後以下のように改訂されていきます。
| 年 | 規格 | 主な変更点 |
|---|---|---|
| 1942年 | NAB 録音再生標準規格 | 史上初の録音再生規格。横振動・縦振動の両方を規定 |
| 1949年 | NAB 規格改訂 | 磁気テープ規格を追加。ディスク録音カーブは1942年版を踏襲 |
| 1953年 | NARTB 規格改訂 | 全面改訂。高域プリエンファシスを100μsから75μsに変更 |
| 1954年 | RIAA 標準録音再生特性 | NARTB と同一の時定数。レコード業界の統一規格として策定 |
| 1964年 | NAB 規格改訂 | 縦振動盤を規格から削除。RIAA 規格とほぼ同一 |
→ RIAA カーブはいつ策定されたか? — 1953〜1954年の標準化集中期
なぜ標準化が必要だったのか
1930年代後半、放送局用トランスクリプション盤は複数の会社が製造していましたが、各社の録音特性はバラバラでした。縦振動盤は実質1種類の録音再生特性に収束していましたが、横振動盤では放送局は盤ごとに異なるイコライゼーションを施す必要があり、非効率と混乱が生じていました。
転機は1939年、RCA/NBC が Orthacoustic カーブ を発表したことでした。これは高域プリエンファシスとベースシェルフを組み合わせた録音特性で、S/N比を改善し、トランスクリプション盤の品質を大幅に向上させました。しかし、RCA の自社カーブが事実上の標準になりかけていたことは、他社にとっては歓迎できる状況ではありませんでした。
こうした背景から、NAB が業界全体を代表する標準規格の策定に乗り出しました。1941年6月の NAB Reports にも当時の乱立状況を示す記述が残っています。
"broadcast stations use as high as ten different equalizer settings for reproducing various transcriptions"
(放送局は、さまざまなトランスクリプション盤を再生するために、最大で10種類もの異なるイコライザー設定を使い分けている。)
— NAB Reports, Vol.9 No.23, June 13, 1941, p.567
委員会の構成と策定過程
1941年5月23日の NAB 総会が録音再生標準規格の策定を決議し、続く6月13日、技術ディレクター Lynne C. Smeby 氏を委員長とする録音再生標準規格委員会(Recording and Reproducing Standards Committee, RRSC)が正式に発足しました。6月26日にデトロイトで開かれた第1回会合では、委員会の使命が次のように定義されました。
"The task of the committee is to formulate 'Recording and Reproducing Standards' that will tend to bring about uniform quality of reproduction of transcriptions with a minimum number of equipment adjustments on the reproducing system."
(委員会の任務は、「録音再生標準規格」を策定し、再生側機材の調整を最小限に抑えつつトランスクリプション盤の再生品質の均一化を促すことである。)
— NAB Reports, Vol.9 No.28, July 18, 1941, p.669
8月20日にはニューヨークで執行委員会が開かれ、8月末までに委員は 58名 に達しました。"practically all the leaders in the field"(事実上すべての関係分野のリーダー)が参加していました。
執行委員会は、1941年8月から以下の体制で作業を進めました。
- R.M. Morris(NBC)— 執行委員長
- H.A. Chinn(CBS)
- C. Lauda, Jr.(World Broadcasting System)
- E.T. Mottram(Bell Telephone Laboratories)
- I.P. Rodman(Columbia Recording)
- L.C. Smeby(NAB)— 委員長・技術ディレクター
委員にはこのほか RCA、Columbia、Bell Labs、Presto Recording、Audio Devices、さらにはハーバード大学の Frederick V. Hunt 教授など、録音・再生に関わる幅広い専門家が名を連ねました。
1941年10月23日 — ニューヨーク本会議での実質採択
委員会活動の決定的な節目となったのは、1941年10月23日にニューヨークで開かれた本会議です。執行委員会がまとめた報告書をもとに、15項目が標準規格として採択されました。
"After much discussion of the Executive Committee's report, 15 standards were adopted including two on the highly controversial subject of Recording Frequency Characteristics. Separate characteristics were adopted for vertical and lateral transcriptions."
(執行委員会報告書について長時間の議論の末、15項目が標準規格として採択された。そのうち2項目は、きわめて議論を呼んだ録音周波数特性に関するものである。縦振動トランスクリプションと横振動トランスクリプションには別個の特性が採択された。)
— NAB Reports, Vol.9 No.43, October 31, 1941, p.47
ここで採択された15項目のうち、後にもっとも大きな影響を残したのは、録音周波数特性に関する2項目でした。NAB Reports はこれを率直に "highly controversial subject"(きわめて議論を呼んだ論点)と記しています。この論争的性格こそが、規格が抽象的な理想カーブではなく、実装依存の差を包含できるグラフ + 許容差という柔軟な形式で書かれた背景の一つと読めます。
本会議ではさらに、残る検討項目を引き継ぐため4つの小委員会が編成されました。
- SC-I(I.P. Rodman / Columbia 担当)— Groove Contour
- SC-II(R.M. Morris / NBC 担当)— Distortion, S/N, Maximum Recorded Level
- SC-III(H.A. Chinn / CBS 担当)— Direction, Record Life, Glossary, Concentricity
- SC-IV(S.J. Begun / Brush 担当)— Reproducing Systems
Some controversy occured toward the formulation of sixteen items, but overall the process went very peacefully and democratically.
(16項目の策定にはいくつかの論争があったが、全体として非常に民主的かつ平和的に進行した。)
— Smeby, "Recording and Reproducing Standards," Proc. IRE, August 1942
1942年3月19-20日、規格は NAB 理事会によって正式採択されました。
→ 委員会の発足から承認までの詳しい経緯は ブログ記事 Pt.8 で扱っています
1942年 NAB 規格の内容
規格は16項目からなり、ディスクの物理的仕様と録音特性の両方を定めました。
物理的仕様(第1〜12項、第15〜16項): ディスクの外径、センターホール径、溝の間隔、回転数(33⅓回転と78.26回転)、ワウ率、レコード反り、ラベル記載事項など。
録音周波数特性(第13〜14項): 最も重要な項目です。
- 第13項:縦振動盤の録音特性(Frequency Characteristic for Vertical Recording)— Bell Labs/Western Electric に由来するカーブ
- 第14項:横振動盤の録音特性(Frequency Characteristic for Lateral Recording)— RCA/NBC Orthacoustic に由来するカーブ
NAB正式採用前に技術会議及び技術雑誌で公開された、1942 NAB 標準規格の論文に掲載された、縦振動用(下)/横振動用(上)録音周波数特性カーブ
ともに Tolerrance ±2db とある
横振動盤の高域プリエンファシスの時定数は 100μs(10kHz で +16dB の上昇)と規定されました。この値が、後年にわたる議論の火種となります。
なお、規格の記述は回路定数や時定数ではなく、周波数応答カーブ(グラフ)として示されました。これは、当時のスタジオが多様な回路設計を使用していたため、特定の回路方式に縛られない柔軟性を持たせるためでした。規格本文ではこのカーブに ±2 dB の許容差 が付されており(Smeby 論文 Fig.1 / Fig.2 キャプション)、どの回路方式でもこの範囲に収まれば適合と認める運用でした。Smeby 自身、規格を解説した論文の冒頭で業界内のばらつきの大きさを率直に指摘しています。
"some stations use as many as 10 equalizing networks"
"Quite a number of different characteristics have been used by the various manufacturers of transcriptions, recording equipment, and reproducing equipment."
(いくつかの放送局では、最大で10種類ものイコライザー回路を使い分けている。)
(トランスクリプション盤、録音機材、再生機材の各種メーカーは、これまでかなり多種多様な特性を使ってきた。)
— Smeby, "Recording and Reproducing Standards," Proc. IRE, August 1942, p.355
つまり 1942 NAB 規格は、特定の理想カーブを抽象的に定義することよりも、乱立していた既存実装を一つの共通グラフのもとに収束させることを優先した、過渡期の標準だったと読めます。
この「過渡期」という性格は、策定プロセスの終盤にも現れています。1942年2月下旬、Ohio State University で開かれた戦時技術会議で、CBS の H.A. Chinn は RRSC の進捗について次のように報告しました。
"A preliminary release of the 16 standards adopted so far was made at the conference."
"However, it had been decided by the committee that as many of the items as possible would be standardized in the next two months, and then the job would be deferred for the duration of the war."
(会議では、これまでに採択された16項目の暫定リリースが行われた。)
(ただし委員会は、可能な限り多くの項目を今後2ヶ月で標準化し、その後は戦争の継続期間中この作業を中断することを決定していた。)
— NAB Reports, Vol.10 No.10, March 6, 1942, p.135
1941年10月23日の本会議時点で15項目、1942年3月6日時点で16項目 — わずか1項目の追加を経て、規格は戦時中断を見越した「合意可能な範囲での収束」として3月19-20日の理事会採択を迎えたと読めます。完璧な定義を追求する時間は残されていませんでした。
高域プリエンファシス論争 — 100μs は過剰か
1942年 NAB カーブの高域プリエンファシスは、策定直後から批判にさらされました。本格的な議論が始まったのは、戦後の1947年です。
1947年の NAB 録音標準会議では、複数の専門家が100μsの問題を指摘しました。
Theodore W. Lindenberg(Fairchild Camera and Instrument)は、最初に議論を提起しました。
"I have had the feeling for some time that the high frequency uplift is a little bit overdone. In our present day assembly the greatest thing to my mind is the heavy level of transcriptions. I think that we should consider a decrease in the high frequency pre-emphasis."
(高域プリエンファシスの盛り上がりが少し過剰な気がする、というのは、私が常々感じていることだ。本日の会合において、脳裏に浮かぶ最大関心事は、トランスクリプション盤の記録レベルが高すぎることだ。高域プリエンファシスの低減を検討すべきだ。)
— NAB Reports, September 29, 1947, Vol.15, No.39
R.A. Miller(Bell Telephone Laboratories)も同意見を述べました。
"today Bell Laboratories, as an apparatus designed of equalizers, was being requested continuously to put as many as 24 to 27 restoring networks in their equalizers, and that, therefore, there must be considerable agreement with the present curve and that they generally feel that the rise at the high end is too much for good wide band reproduction."
(今日、ベル研究所では、イコライザ設計の組織として、24から27もの補正ネットワークをイコライザに搭載するよう継続的に要求されている。この状況を見れば、現行カーブについてかなりの合意があるはずであり、高域の上昇は優れた広帯域再生には過剰であると一般的に認識されている。)
— 同上
A.E. Barrett(BBC)は、NAB のプリエンファシスが BBC の機材にとっても極端すぎると指摘しました。
"the NAB pre-emphasis characteristic was more extreme than the BBC could use with its present equipment, for the tendency to overload on lighter frequencies was too great."
(NAB のプリエンファシス特性は、BBC の現在の機材では対応できないほど極端で、高周波帯域でのオーバーロードの傾向が強すぎる。)
— NAB Recording Standards Meeting, Audio Engineering, October 1947
これに対して、執行委員長の R.M. Morris(NBC)は慎重な姿勢を示しました。
"while many believed that the high frequency pre-emphasis had been too high, the adherence to the NAB standards for electrical transcriptions had been good"
(確かに高域プリエンファシスが強すぎるという意見は多かったが、トランスクリプション盤用 NAB 規格の遵守状況はこれまで良好であった。)
— 同上
会議の結論として、既存の録音ライブラリへの影響を考慮し、規格の修正は慎重に行うべきとの方針が示されました。結果として、1947年時点では100μsは変更されませんでした。
→ 1947年会議の詳しい議事録は ブログ記事 Pt.10 で扱っています
1949年改訂 — テープが優先された
1949年4月の NAB 規格改訂は、二層の承認フローで進みました。まず RRSC(Recording and Reproducing Standards Committee)内の執行委員会(executive committee、委員長: Robert M. Morris / ABC)が原案を先行採択し、1949年4月9日(土)午後に RRSC 全体会議(full committee)がこれを最終承認、1949年4月14-15日の NAB 理事会が正式に採択しました。これに先立つ4月7日には、RRSC が公開会議を開き、Morris(総論)、S.J. Begun(磁気テープ)、Reynolds Marchant(テープ物性)の 3 論文を公開発表しています。
ただし業界誌 Broadcasting Telecasting における理事会採択の報道は、次の一行に留まります。
"Accepted new recording standards."
(新しい録音規格を承認した。)
— Broadcasting Telecasting, April 18, 1949, p.21
具体的な数値(トラック数、テープ速度、リール寸法、ディスク仕様、許容差)は紙面に一切現れません。手続き上、理事会の前段で RRSC 全体会議がすでに細目を決定しており、理事会は審議ではなく承認の場だったと読めます。規格の詳細を追うには、NAB 公式刊行物(NAB Reports や NAB Engineering Handbook 第4版)にあたる必要があります。
そしてこの改訂で、ディスク録音カーブは1942年版のまま据え置かれました。
理由は二つあります。
第一に、磁気テープ規格の策定が最優先だった。 戦後、磁気テープ録音が放送局に急速に普及しており、NAB 委員会の作業はテープ規格の策定に集中していました。Convention 直前(1949年3月末)の業界誌報道は、この改訂の性格を次のように要約しています。
"reaffirmed a majority of the old standards and have recommended many new standards, principally those covering magnetic recordings"
(旧規格の大部分を再確認し、主として磁気録音を対象とする多くの新規格を勧告した。)
— Broadcasting Telecasting, March 28, 1949, p.29
ディスク関連は「再確認」の側に置かれ、改訂の中心は磁気テープ規格の新規策定にありました。なお、この改訂では 8インチ 33⅓ rpm composite groove レコード(一般的な針サイズに対応する放送局向け微溝フォーマット)の検討も行われましたが、こちらは正式採択ではなく「研究対象」として承認されたにとどまります。
"The committee voted in favor of studying standards for an 8-inch 33⅓ rpm record with composite groove using most common sizes of needles."
(同委員会は、一般的な針サイズに対応するコンポジットグルーブを持つ 8インチ 33⅓ rpm レコード規格の研究に賛成票を投じた。)
— Broadcasting Telecasting, April 18, 1949, p.81
第二に、Columbia LP の登場が状況を複雑にした。 1948年6月に Columbia が LP レコードを発表しましたが、その録音特性は1942年 NAB カーブと非常に類似していました。ディスクカーブを大幅に変更すれば、登場したばかりの LP との互換性にも影響しかねませんでした。
こうして、1947年の議論で指摘された100μsの問題は、1949年改訂でも先送りされました。
なお、この1949年改訂は業界誌 Broadcasting Telecasting の誌面でも大きく扱われませんでした。5月以降、RRSC に関する続報は急速に消失します(同誌1949年5-6月各号)。1949年後半は NAB 自身の組織再編が誌面の中心で、1949年7月の Portsmouth 理事会で技術部門が格下げされ(同誌1949年7月18日号 p.4・p.23)、11月の理事会では既存19の常任委員会が10に再編されて RRSC 固有名が誌面から消えます(同誌1949年11月21日号 p.41・p.42)。12月の年末回顧記事にも1949年改訂への言及はありません(同誌1949年12月19日号・26日号)。
この誌面の沈黙の背景には、RRSC 委員長本人の交代がありました。7月の再編で格下げされた技術部門を率いていたのは Royal V. Howard(RRSC 委員長兼任)で、1949年7月25日に正式辞任が報じられ(同誌1949年7月25日号 p.26)、8月1日には Neal McNaughten が後任の技術部門長として着任します(同誌1949年8月1日号 p.30)。McNaughten は RRSC 副委員長を務め、同時期に NAB Engineering Handbook 第4版を完成させたばかりでした。改訂規格の普及・解説・実施を担うべき RRSC の主要人事が、採択からわずか3-4ヶ月後に入れ替わったことになります。
業界誌の注目度を基準にすれば、1949年改訂は「大きなイベント」ではなく、主戦場は磁気テープ規格の初期策定にありました。ディスク録音カーブの改訂は既存規格の再確認という位置づけです。この「地味な改訂」が、わずか4年後の1953年 NARTB 改訂で全面的に書き直される背景になります。
なぜグラフ定義から時定数定義へ移行したのか
1953年の NARTB 改訂では、録音再生特性が初めて時定数 (3,180μs / 318μs / 75μs) で正式に定義されました。この変更は「測定技術が向上して時定数を厳密に測れるようになったから」と理解されることがありますが、当時の一次史料はそれとは別の理由を示しています。
そもそも 1942 年の規格がグラフ + 許容差という形式をとったのは、先述の通り、録音周波数特性が10/23 本会議で "highly controversial subject"(きわめて議論を呼んだ論点)と呼ばれるほど紛糾しており、実装依存の差を包含できる柔軟な記述を必要としていたためでした。1953 年の時定数移行は、その柔軟性が不要になったというより、別の種類の困りごと — グラフだけでは設計実務に使いにくい — への応答 として理解するのが自然だと考えられます。
1953年7月、Moyer (RCA Victor) は Audio Engineering 誌でこう述べました。
"The obvious difficulty with a curve alone is that the true crossover frequency and pre-emphasis are usually obscured, making the design of suitable equalizers possible only by the cut and try method."
(カーブ単独で示すことの明らかな問題は、真のクロスオーバー周波数とプリエンファシスがたいてい隠れてしまい、適切なイコライザー回路を設計するには cut and try に頼るしかなくなることだ。)
— Moyer, "Evolution of Disk Recording Characteristics," Audio Engineering, Vol.37 No.7, July 1953, p.22
Moyer は続けて、impedance / admittance 表現(時定数を含む回路パラメータでの記述)が「録音再生特性を表現する理想的な方法だ」と主張しています。注目すべきは、移行の動機が 測定精度の改善ではなく、特性の表現を明確にし、イコライザー回路の設計を容易にすること にある点です。
事実、時定数による議論そのものは 1953 年以前から業界に存在していました。1947年の NAB 録音標準会議の議事録では、すでに 35〜40μs、50μs、75μs、100μs といった microsecond 単位の数値が高域プリエンファシスについて議論されています。つまり「時定数で考えることが不可能だった」のではなく、「グラフ定義のままでは設計と共有に不便だった」という設計実務側の要請が、定義形式の見直しを後押ししたと読めます。
H.E. Roys (RCA Victor) も後年、1954 RIAA 標準の成立を回顧して、その特性が「当時使われていた多くの録音特性の慎重な比較検討の結果」だったと述べています。
"The characteristic selected was one adopted by the NAB as a revision of their earlier standard. It was the outcome of a careful study made by the NAB Engineering Committee of the many recording characteristics then in use."
(選定された特性は、NAB が以前の標準を改訂して採用したものだった。それは、当時使用されていた多くの録音特性について NAB Engineering Committee が行った慎重な研究の成果だった。)
— Roys, "The RIAA Engineering Committee," JAES, 1968, p.18
1953〜1954年の収束は、新しい測定技術の到来というより、乱立した既存カーブを定義可能な共通フォーマットへ翻訳する作業として進行しました。
1953年 NARTB — ついに 75μs へ
1953年6月、NAB(この時期の正式名称は NARTB: National Association of Radio and Television Broadcasters)は録音再生標準規格を全面改訂しました。
改訂の2ヶ月前、1953年4月号の Radio & Television News には、現場のオーディオエンジニア Charles P. Boegli が phono equalizer 設計の困難についてこう書いています。
"The need for some sort of standardization is becoming ever more pressing..."
(何らかの形での標準化の必要性が、ますます切迫してきている……)
— Boegli, "New Development in Phono Equalizers," Radio & Television News, April 1953, p.103
二次情報への依存、メーカーからの応答不足、市販紙コンデンサの公差問題(一部は +40% / -20% に達したと Boegli は報告しています)など、改訂直前の現場には標準化を強く求める空気が漂っていました。
この改訂の最大のポイントは、高域プリエンファシスの時定数が100μsから75μsに変更されたことです。10kHz での上昇は +16dB から +13.7dB に低減されました。また、周波数応答の上限が10kHzから15kHzに拡大されました。
この75μsという値は、RCA Victor が1952年頃から使用していた New Orthophonic カーブの高域時定数と同一です。1953年12月には AES(Audio Engineering Society)も同一の時定数を採用した標準再生カーブを暫定承認し、翌1954年1月には RIAA が同一の時定数で録音再生特性を承認しました。わずか半年の間に三つの標準化団体が収束したのは、各団体のメンバーが重複しており、相互に連携して標準化を進めていたためです。
1953年版 NARTB 規格書では、再生特性が時定数 3,180μs / 318μs / 75μs の3つの組み合わせとして正式に定義されました(NAB Engineering Handbook, 4th Edition, 1953, Section III)。これは翌1954年1月に承認される RIAA 録音再生特性と同一の時定数であり、NARTB が RIAA に半年先行して採用していたことを一次史料が裏付けています。
1953年NARTB標準規格文書に掲載された、横振動トランスクリプション盤用録音カーブのグラフ
ここにも Tolerance ±2dB とある
なかでも H.E. Roys(RCA Victor)は、NAB/NARTB、AES、RIAA、EIA、ASA(ANSI の前身)と複数の標準化委員会に所属し、団体間の調整に中心的な役割を果たしました。
→ 1953〜1954年の標準化の詳しい経緯は RIAA カーブはいつ策定されたか? を参照
→ RIAA カーブが業界標準として定着した背景は なぜ RIAA が標準になったのか? を参照
1964年 NAB — 縦振動の退場
1964年2月、NAB は録音再生標準規格を再度改訂しました。この改訂では二つの重要な変更が行われました。
第一に、縦振動盤が規格から削除されました。 1942年以来、規格には横振動と縦振動の両方の録音特性が含まれていましたが、1964年の時点で縦振動のトランスクリプション盤はすでに消滅していました。
第二に、横振動盤の特性が「録音特性」ではなく「再生特性」として定義されました。 1942年規格では録音側のカーブとして規定されていましたが、1964年改訂では再生側の特性として記述が変更されました。これは規格の性格の変化を反映しています。
1964年 NAB ディスク規格の内容は、1954年 RIAA 規格とほぼ同一です。1964年版(Richard Hess 編)では、再生特性が次のように定義されています。
Reproducing characteristic — with constant velocity of the reproducing stylus tip the curve of voltage output of the reproducing system versus frequency shall be that which results from the combination of three curves [...]
(再生特性 — 再生スタイラス先端の定速度に対し、再生システムの出力電圧の周波数応答は、3つの曲線の組み合わせから得られるものとする)
— NAB Audio Recording and Reproducing Standards for Disc Recording and Reproducing, NAB Engineering Department, ed. Richard Hess, February 1, 1964, Section III, p.6
3つの曲線は時定数 t₁ = 75μs, t₂ = 318μs, t₃ = 3,180μs の組み合わせとして規定されており、1954年の RIAA 録音再生特性と完全に一致します。
→ 縦振動盤が標準化の歴史でどのように扱われたかは なぜ縦振動ではなく横振動が標準になったのか? を参照
NAB 規格の歴史的意義
NAB 規格は、以下の点で録音史上きわめて重要です。
世界初の録音再生標準規格。 NAB 以前には、録音周波数特性を含む包括的な標準規格は存在しませんでした。各社が独自のカーブで録音しており、再生側は盤ごとに対応を変えるしかありませんでした。
民主的プロセスの先例。 58名の委員による審議は、その後の NARTB、AES、RIAA の標準化にも引き継がれた方法論でした。業界全体が受け入れ可能な規格を生むには時間がかかりましたが、結果として持続可能な標準が実現しました。
100μs 論争の教訓。 1947年に問題が認識されてから1953年に改訂されるまで6年。既存ライブラリとの互換性を考慮する慎重さと、技術的正しさの間で、業界が苦闘した記録です。
変更履歴
- 2026年4月18日: Broadcasting Telecasting 誌 1948-1949年分の精読を受け、1949年改訂節を4層で拡充。二層の承認フロー(RRSC 執行委員会 → 1949年4月9日 全体会議 → 4月14-15日 NAB 理事会)および 4月7日 公開会議、ディスクカーブ据え置きの一次史料裏取り(1949年3月28日 "reaffirmed a majority" 引用、4月18日 composite groove 研究対象引用)、1949年後半の業界誌沈黙(5-6月続報消失、7月 Portsmouth 理事会での技術部門格下げ、11月の常任委員会再編、年末回顧記事の不在)、採択から3-4ヶ月後の Howard → McNaughten 技術部門長交代を追加
- 2026年4月14日: 表現の軽微な修正
- 2026年4月13日: 1942 NAB 規格本文 (Chinn 1942, Broadcast Engineers' Journal) に掲載された録音周波数特性カーブの図、および 1953 NARTB 規格書の横振動カーブ図を挿入。いずれもグラフに ±2 dB 許容差が併記されていることを視覚的に示す
- 2026年4月13日: 1942 規格のグラフ定義に ±2 dB の許容差が付されていたことを Smeby 論文 Fig.1 / Fig.2 キャプションを出典として明記
- 2026年4月13日: NAB Reports 1941-1942 記載内容より以下を反映。1941年の規格委員会の時系列を 5/23 決議 → 6/13 委員会発足 → 6/26 デトロイト初会合 → 8/20 ニューヨーク執行委員会 → 10/23 ニューヨーク本会議の順で精密化。4つの NAB Reports 直接引用を追加(委員会の任務定義、放送局が10種類もの異なるイコライザー設定を使い分けていたという当時の一次記述、録音周波数特性が「きわめて議論を呼ぶ主題」と記された本会議の議事、および戦時中断の決定)。10/23 本会議節を新設し、15項目採択と4小委員会の編成を記録。グラフ→時定数移行節に、1942 規格がグラフ形式を選んだ背景 —— 録音周波数特性の論争性 —— を接続する一段落を追加。その他表現の軽微な修正
- 2026年4月13日: グラフ→時定数定義への移行 rationale を Moyer 1953 / Roys 1968 で補強。1942 グラフ定義の理由に Smeby 直接引用を追加。1953 NARTB 改訂直前の現場感として Boegli 1953年4月を引用
- 2026年4月12日: 1953 NARTB 規格書および1964 NAB 規格書(Hess 編)を一次典拠として追加
- 2026年4月10日: 初版公開