A Few Facts About EmArcy Label, Pt.2
EmArcy, エマーシー, Mercury, マーキュリー, Bob Shad, ブルーバック, 大ドラマー, 小ドラマー, 中ドラマー, 銀縁,
オリジナル盤, カタログ, プレス工場, Down Beat, Billboard,
RCA Victor Indianapolis, Indy, MGM, Richmond
how to identify the first EmArcy pressings in every respect,
including label variations, matrix variations, cover/logo variations,
as well as my past devoted research on release period of each title,
by citing a number of old articles, news, magazine ads, catalog brochures etc.
(sorry, Japanese only at the moment - English edition is not available yet)
更新履歴 / ChangeLog
- July 13, 2019
- 16005 でも “Cymbal Series” の存在を確認したので 4ページのレーベル変遷解説部分を修正
- January 31, 2012
- 4ページのレーベル変遷解説部分を一部修正
- January 26, 2012
- 6ページのマトリクス解説部分に、各プレスにおける再生音の傾向について記述を追加
- January 25, 2012
- 公開
はじめに
前編 を公開してから、早いもので5年以上が経過してしまいました。
2007年頃から公私ともにあれこれドタバタと忙しかったりしたせいもあり、本サイトもなかなか更新ができずにおりました。サイト全体のリニューアルも昨年決めたものの、いまだ手つかずのままです。来年こそは、現在の静的HTMLなサイト構成から、 RoR あたりを使った動的なサイトに更新しようと思います。
ともあれ、更新が滞る間にも、エマーシーオリジナル盤の真贋判定のデータを早く公開してほしい、というご要望を幾人もの方から頂きました。楽しみに待って下さっていた皆様、遅れてしまい本当に申し訳ありません。
さて、エマーシー (EmArcy) レーベル設立直後の最初期リリースに関するあれこれをメインとした 前編 に続き、今回は中編となります。
いわゆる「コレクター」の皆さんが最も興味があるであろう事柄 〜オリジナル盤ファーストプレスと判定するための条件〜 について、過去に蒐集してきた盤、実店舗で確認した盤、オンラインオークションに掲載されていた盤の写真、そして当時発行された音楽雑誌の記事・広告やカタログ類などから得られたデータを総合し、現時点で最も正確と思われるデータを掲載することにします。
後日公開予定の後編では、EmArcy とも関わりの深いもうひとつの傍系レーベル Wing についての話のほか、第1期 EmArcy 終了後の EmArcy のその後など、Mercury レーベル本体との関わりなどに触れ、レーベルカラーがどのように変遷していったのか、について記す予定です。
- 1ページ(本ページ) はじめに(およびどうでもいい戯言)
- 2ページ 1954年〜1955年頃の EmArcy のリリース開始時期、リリース順についての調査
- 3ページ 16000 シリーズ(シングル)、26000 シリーズ(10インチLP)のオリジナル判定基準
- 4ページ 36000 シリーズ(12インチLP)のオリジナル判定基準(レーベル)
- 5ページ 36000 シリーズ(12インチLP)のオリジナル判定基準(ジャケット、ロゴ、スリーブ)
- 6ページ 36000 シリーズ(12インチLP)のオリジナル判定基準(カタログ、マトリクス)
- 7ページ 36000 シリーズ(12インチLP)のオリジナル判定基準(オリジナル判定早見表、まとめ、おまけ)
(本題に入る前のどうでもいい戯言)
本編に入る前に、どうでもいいことをつらつらと。
興味のない方は読まずに「続き」へどうぞ(笑)
前編 の「はじめに」に、以下の様に書きました。
EmArcy については、Norman Granz の Mercury 時代と同じくらい、数多くの謎や噂がジャズファンやコレクターの間で流布しています。特にコレクターの間で飛び交う、謎の「YMG」「シルバーリング (あるいはシルバーリム)」「ブルーバック」「ドラマーレーベル」といったターム。もはや骨董品の領域なんでしょうか。音楽の中身を離れて、そういうことばかりが話題にされることについてはとても残念に思う一人ではあります。とはいえ、私の web (もともとは個人的な記録としての資料を公開しているだけのもの) が、そういう骨董品的側面への興味を助長してしまっているのだとしたら、私自身も大いに反省すべきでしょう (そういう意味もあり、私の web 上では価格や入手困難度などについては基本的に触れない様にしています)。
ただ、だからといって、客観的な事実が一部の人達の秘密として秘かに知られている、というのはやはり不健康な状態でしょう。客観的な事実は、広く皆で共有し、皆の知識や資料を元に、より正しい (と思われる) 情報へと随時更新し続ける。過去の情報や資料を鵜呑みにしない。それらを調査の礎としつつ、自分自身で調べたことを積み重ねて冷静に類推する。そして公開する。それが本 web における最も大きなモティベーションでもあります。
そういったものが、コレクターの購入ガイド的に単に参照されるだけ、というケースが多い現実については、正直複雑な気持ちになってしまうこともあります。それと同時に、いちど公開したものが、どの様に参照されどの様に利用されるかについて、何もいう権限がないのは至極当たり前のことだ、という事も理解はしているつもりです。
私が、どの盤のオリジナルはどんなのか、ということを調査したいと思ってきたそのおおもとには、「音や音楽を記録し後世に残すことができる画期的な発明品、レコードという工業製品」のことをもっと知りたい、という欲求があります。製品としてのレコードの変遷、その製造工程にまつわるあれこれをもっと知りたい、調査・研究・記録したいという欲求です。あるいみ「レコード考古学」みたいなものかもしれません。たまたま、マーキュリーというビッグマイナーレーベルそのものへの興味が私の中に生まれてしまったがために(笑)、もう10年近く、少し足踏みしながらではありますが、こんなことをやってきたわけです。
個人的には、一部の大コレクターが自慢げに喧伝するように、「オリジナル盤しかもちえない至宝の音でしか、偉大なミュージシャン達の偉大な演奏のすべてを享受することはできない」 とは思っていません。もちろん、鳥肌ものの特別な(一部の特殊なレーベルを除き、必ずしも至上とは限りませんが)音がするのも事実ですが、その音を(オリジナル盤を所有しておられる知り合いなどに聴かせてもらうなどして)一度でも聴いてしまえば、通常の再発盤LPやCDからでも、脳内補正をかけることで、その特別なものを聞き取ることは十分に可能だと考えます。
レコードを買って家で聴いてばかりの人よりも、普段から大小さまざまのライブに足しげく通ってきた人の方が、ヴィンテージレコードコレクターの率が圧倒的に低い、ということも、同様の話なのかもしれません。マニアが隠し撮りしたライブ音源からでも、実際のライブ会場でのあの雰囲気と音を聴き取れる「耳」を持っていますからね。
もちろん、ジャズでいえば Blue Note や Prestige、Contemporary といったレーベル、クラシックでいえば Decca や RCA Victor、Mercury といったレーベルのように、内容もほとんどが水準以上どころか折り紙付き、レコードというかたちになるまでに特定の伝説的職人が一貫して関わり、品質管理も徹底的にゆきとどき、えもいわれぬ再生音を伴い、ジャケットやレコードそのものの佇まいとあいまって、より音楽の魅力を高めてくれるような魅力溢れるものもあるでしょう。蒐集欲を刺激されない方がおかしいというものです。
ですが、そういったごく一部の例外を除き、多くのマイナーレーベル、メジャーレーベルに関しては、特に決まった録音エンジニア・カッティングエンジニアを抱えていたわけでもなかったり、意外と一貫性のない製造工程を経て、あくまで「商品」「消費物」として世に送り出されてきたものでもあります。ロックが一大ムーブメントとなりレコード産業が最も盛んであった 1960年代〜1970年代は、特にその傾向が強いでしょう。プレス品質も意外と一定せず、マスタリング時点でも不要なエコーをかけてぼやけたような音にされていたり、など。うん十年もあとになってから再発された盤の方が、よっぽど素直で綺麗で元気な音を聴かせてくれたりします。そういった盤の場合、オリジナル盤をわざわざ探して所有することの意味は、「オリジナル盤だから所有欲を満たす」「当時出た盤そのものがどんなであったかを確認する(当時の製造品質が悪かった、ということを事実として確認することになる場合もあるでしょう)」ことくらいしかないかもしれません。
より正確に言えば、「金持ちの道楽としてのレコード蒐集」を正当化するために、そういった「音の良さ」「オリジナル盤にしかない素晴らしさ」が「方便」として使われている側面も多分にあるのでは(そんなものには惑わされるべきではない)、ということです。自分の好き嫌いの理由を、レコードという工業製品そのものや、その芸術的価値に求めるのはなにか不思議に思えます。価値を見いだすというのは、そこにある価値を発見するのではなく、さまざまな経験の果てに自分の中での価値観を構築し変化していくプロセスそのものでしょう。
オリジナル盤は、文学小説の単行本初版本などと同様、それだけで特別な価値があるものでしょうし、可能であれば手元に持っていたい、所有してみたい、と思うのも当然です。だからこそ、人気のある盤のオリジナル盤は値段が高くなってしまうわけですが(とはいえ、EmArcy でいうと、ヘレン・メリルのファーストのあの値段は、あまりにも馬鹿げた高騰ぶりではないか、と思いますが。。。)、そのことと音楽そのものの価値、そして音楽の価値を聴き取る能力や容易さは、必ずしも一致しない、と強く思います。
人間の「所有欲」「物欲」「自慢欲」「優越感」といったものと、音楽そのものが持つ芸術的価値(そもそもそんなものなど存在しないとすら思います)をごっちゃにして考え、語ることの方が、よっぽどおかしいというものです。「聴いてみたい」「手元に持っておきたい」という素直で自然な欲求を持つこと自体と、それを持つことに欲求以外の理由や価値を付加する(「これは音楽的に素晴らしいからオリジナル盤で持っているべきものだ」など)ということは、全く別の話ちゃうの?ということです。
「なんでもかんでもオリジナル盤」といった短絡的な思考は、金銭的に非常に恵まれておられるごく一握りの方々ならさておき、私のような市井の人にとっては(多少のやっかみや妬みも含めつつ、ははは)その意味など大してないのではないか、とさえ思います。「オリジナル盤1枚に10万円出すくらいなら、1000円の再発盤CD/LP100枚に10万円」というのは、私が昔から思っていることでもあります。
。。。てなことを書きつつ、やはり「本当のことを知りたい」「調べたい」と思ってしまう自分がここにいるのも事実なわけでして。。。ずっと手元に持っておくとは限らないですが、やはり新しい情報を求めて盤を隅々まで覗き込んでしまいます。。。
また、上につらつら書いてきたことも折り込み済の上でなお、ヴィンテージコレクターという世にも不思議な生態を続られる皆さんのことは、やはりいろんな意味で本当に尊敬してしまいます。
ただ、個人的には「所有したい」「蒐集したい」というよりはむしろ、「現物(ジャケット、レーベル、デッドワックス、付属品、再生音)を確認したい」「調査したい」という欲求の方が強いため、ヴィンテージ盤については、必ずしも手元になくても良いと思っている、というのが正直なところです。もちろん手元に常にあるに越したことはないのですが、経済的事情、保管スペースの事情など、いろいろありますからね、ははは。。。
。。。すんません、今回もやっぱり、どうでもいい前置きが長くなってしまいました。
というわけで本題に入りましょう。。。