2024/10/11

How Records Were/Are Manufactured (1)

今回は、SNS 上でみかけたあるレコードの特徴をきっかけにして、戦後のレコード製造工程や原材料の歴史を改めて調べてみた、そんな記録の前編です。

Preface / はじめに

レコードは何から作られているか。レコードのプレスはどのように行われているか。なんとなくでもご存じの方は多いでしょう。

レコードの主たる原材料として使われてきたものには、シェラック、ベークライト、ポリ塩化ビニル、ポリスチレン、PET などがあります。当然、圧倒的に主流なのはポリ塩化ビニルです。

また、レコードの製造(プレス)方法としては、圧縮成形が主流で、射出成形のものもあります。

Record Manufacturing & Ingredients / レコードの製造方法と原料

まずは、原材料と製造方法の関係を復習してみましょう。

Compression Molded Records / 圧縮成形レコード

マイクログルーヴ時代以前(〜1948)の78回転盤、日本では SP 盤と呼ばれますが、1895年以降、天然樹脂である シェラック(ラックカイガラムシの雌の分泌物)に様々な充填材を混ぜて製造されたものがほとんどでした。

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1930年代〜40年代の 放送局用トランスクリプション盤(16インチ 33⅓回転)や、78回転盤テストプレスの一部は、当時の民生用レコードで使われていたシェラックではなく、当時最先端の人工合成樹脂であるヴィニライト(Vinylite、当時は Union Carbide 社の登録商標)などで製造されていました。

そして、1948年に登場したマイクログルーヴ盤 が主流となってからは、レコードは一般的に、上述のヴィニライトに代表される人工合成樹脂、ポリ塩化ビニル (polyvinyl chloride, PVC, 塩化ビニルと酢酸ビニルの共重合体) を主とした原材料で製造されています。

PVC 自体は透明で、通常はカーボンが配合されているため黒色をしていますが、無色透明のものからさまざまな色がつけられたものまであります。

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さらに、純粋なポリ塩化ビニルは柔軟性と弾性に欠けるため、可塑剤 (plasticizer) も配合されます。LP レコードを両手で支えて盤をゆするとたわむように動くのは、可塑剤のおかげです。そして、柔軟性と弾性のおかげで、レコード針の接触による摩耗を軽減しつつ、忠実再生ができるようになっています。

Synthetic Polymer Records” (1959) by Takao Yanagimoto

以前 別記事中のコラム で紹介しましたが、高分子学会 の論文誌 1959年8巻7号 に、「人工高分子のレコード」という解説記事が掲載されています。著者は日本グラモフォンの柳本孝男氏で、1957年に京都大学で理学博士号を授与された方のようです。

I found an interesting technical article by chance: “Synthetic Polymer Records” (1959), published in the Vol. 8, No. 7, the Journal of The Polymer Science (Jpaan). The author is Takao Yanagimoto of Nippon Gramophone, who received the Doctor of Science at Kyoto University in 1957.

1959年、ちょうどステレオLPが登場した直後というタイミングでもあり、レコード材料の配合比率という観点から非常に興味深いデータが多く掲載されているほか、1950年代後半における日本、米国のレコード製造事情も垣間見られ、同時にヴァイナルレコードの基礎知識解説もある、簡潔にまとめられた非常に貴重な資料だと思います。

This article was written in 1959, just after the stereo records were introduced. It describes plenty of valuable information, from the viewpoint of vinyl record’s composition. It also is an overview of vinyl record production both in the US and in Japan as of 1959, as well as an outline of the fundamental technology of vinyl records.

“人工高分子のレコード” 柳本孝男 (1959)

source: J-STAGE DOI https://doi.org/10.1295/kobunshi.8.364.
当時の米国では、ベークライト社の Vinylite VYHH-3 が、日本では、ゼオン 400×150p が、それぞれ広く使われていることが解説されている。同時に、ポリスチレン製レコードについても触れられている
This article explains the composition of the vinyl compound as of the middle-late 1950s: Bakelite Corporation’s Vinylite VYHH-3 widely used in the US, while Japan Zeon’s 400×150p used in Japan. Also there is a brief mention of polystyrene records.

その他、多くの場合、滑剤 (lubricants) や 帯電防止剤 (antistatic agents)、二塩基性ステアリン酸鉛 (DLS, dibasic lead stearate) などの 安定剤 (stabilizer) なども少量混合されます。

これらの原材料によって製造された、いわゆるポリ塩化ビニル製レコード(そしてかつてのシェラック製レコード)のほぼ全ては、圧縮成形 (compression molding) という方法で製造されます。各社秘伝の配合の材料(ビスケット)と、完全に乾燥させたレーベル用紙をプレス機にセット、150〜160℃程度の熱を加えながら 130〜230kg/cm2G 程度の圧力で上下に挟み、その後一気に30℃程度まで温度をさげることでプレスを行います。

そして、圧縮成形によってはみ出した部分を、レコードを回転させながら専用のカッターでトリミングし、レコードが完成します。

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切り取られた端材はプレスに再利用されます。

最後に、目視や再生チェックによる品質検査が行われ、不合格となったものはレーベル部分がくり抜かれたのち、やはり再利用に回されます。

このような一連の作業を経て、レコードが作られます。

Injection Molded Records / 射出成形レコード

一方、中古レコードを蒐集するようになると、米国製のレコード、特に45回転盤で「スチレン盤」を目にする機会があります。これは、ポリ塩化ビニルとは異なる合成樹脂、ポリスチレン (polystyrene, PS) を主とした原材料で製造されたレコードです。

ポリスチレンは、安価かつ加工しやすい特徴があり、最も身近なプラスチックで、例えば発泡スチロールやプラモデルなどもポリスチレン製です。

スチレン盤LPは通常のポリ塩化ビニル盤LPに比べて柔軟性がなく(盤をゆすってもあまりたわまない)、聴き込まれた中古盤は白濁していることが多いです。

レコードの端を軽く弾くと、通常のポリ塩化ビニル盤は鈍い音がするのに対し、スチレン盤では少し高い響くような音がする、そんな違いもあります。

また、ポリ塩化ビニルに比べてポリスチレンは比重が小さいため、同一寸法・厚みの場合は少し軽くなります。

スチレン製レコードの多くは、射出成形 (injection molding) という方法で製造されます。(ポリ塩化ビニルより粘度が低い)ポリスチレン樹脂を主とする原材料を熱し、液状にした上で、スタンパーが設置された閉鎖空間(モールド)に高圧で流し込み充填、冷却したのちレコードを取り出した上で、別途レーベル用紙をレコードに貼り付けることで完了します。

レーベルはプレス後に貼り付けられるため、いわゆる深溝(Deep Groove、DG)やリング上の段差はレーベル上に表れることがありません。また、レーベルの縁を指でなぞると、プレス盤のものに比べて、紙の縁がより感じられる、という違いもあります。

時には、レーベルの下に気泡が入っていたり、そもそもレコードから剥がれかけている中古盤もよく目にします。

Styrene 45 rpm records, with air bubbles under the label sheet

It’s One Of Those Nights (Yes Love) c/w One Night Stand / The Partridge Family (Bell 45160, 1972)
source: “Vinyl VS. Styrene – Telling Them Apart! | Vinyl Community”, That Vinyl Channel, YouTube.
レーベル紙の下に気泡が入り込んでいることで、プレス後レーベルが貼り付けられた、すなわちスチレン盤であることを示している

Transition TRLP-27 Side-A

Piano Reflections / Fran Thorne (Transition TRLP-27, 1956)
photo from the Discogs entry
Transition レーベルのオリジナル盤は一貫してスチレン射出成形盤だったようで、レーベル上に深溝 (DG) がなく、またレーベル縁がはがれかけているのがわかる

なかには、紙のレーベルではなく、プレス直後に盤に直接インクで印刷したスチレン盤シングルなんてのもあります。

Philly Groove 154 Side-A

Ready Or Not Here I Come c/w Somebody Loves You / The Delfonics
(Philly Groove 154, 1968)
2006年に当ブログに掲載 した手持ちのシングル盤
レーベルのエッジに青いインクがはみ出しており、盤に直接印刷したタイプと判断できる
プレス工場は Bestway Products で、1946年創業
同社創設者の Al Massler 氏が、スチレン射出成形によるレコード製造方法を開発した先駆者

また、射出成形による製造では、プレスが完了した時点でレコードの形状をしており、圧縮成形の時のようにはみ出した部分をトリミングする必要がありません。

以下は、レコードプレス用ではありませんが、一般的な射出成形機の動作原理を解説した動画です。

射出成形によるレコードプレス機を捉えた過去の写真・動画・資料は、一般的な圧縮成形レコードプレス機とは異なり、なかなか見つかりません。幸い、以下の 2023年に撮影された YouTube 動画では、射出成形の巨大な自動LPレコードプレス機が捉えられています。

プレス直後にはレーベルがなく、その後レーベル自動貼付を行う機械が稼働しているのが確認できます。

ちなみに、現代ではもはや、ポリスチレンを使ったレコードプレスは行われていません。上の動画の Green Vinyl Records では、ポリスチレンではなく ポリエチレンテレフタレート、いわゆる PET(そう、ペットボトルの PET です)を主原料として射出成形で製造しています。

同様に、Sonopress 社の Eco Record も、同様に PET の射出成形方式でプレスされたレコードで、2024年に入り一部で話題になっています。下の動画でも、スタンパーのセット〜射出成形〜レーベル自動貼付の一連の流れが捉えられています。

Abbey Road Studios の錚々たるエンジニア、Lucy LaunderGeoff Pesche、そして Miles Showell の3氏が、Sonopress 社の工場を訪問した、というプレス記事も話題になりました。

Compression Molded Styrene Records…? / 圧縮成形スチレンレコード…?

で、やっと冒頭の話に戻ります。@zmuku さんが X (was: Twitter) 上に投稿されていた、EmArcy / Mercury MG-36081 の写真です。

我が家にも、レーベルとジャケ裏にこの3本線が入った Mercury / EmArcy 盤がそこそこあります。なんとなく、オリジナルではなく後年の廉価リイシューの印なんだろう、と思って、あまり深く考えてなかったのですが。

同盤の Discogs エントリ に「Styrene」と書かれているのは本当なんだろうか。確かに 通常の EmArcy ファーストプレス(RCA Victor Indianapolis プレス)とはまるで違う質感の盤ではあるのですが。

レーベルの深溝 (DG) の形状も、当時 Mercury が使っていた RCA Victor Indianapolis 工場や MGM Bloomfield 工場のものと異なります。さらに、スピンドル近辺に段差が追加されています。つまり、これらの工場プレスではないか、あるいは同じ工場でも別ラインのプレス機で製造されたものなのでしょう。

EmArcy MG-36087 Label Side-A (Styrene)

Bargain Day! / V.A. (EmArcy MG-36087)
1959年頃のリイシュー、Mercury “EmArcy Jazz” 楕円ロゴに3本線が入るほか、深溝 (DG) の形状が異なり、スピンドル近辺に段差がある
マトリクスには FF-S 手書きが追加

EmArcy MG-36087 Label Side-A (Vinyl)

Bargain Day! / V.A. (EmArcy MG-36087)
1957年末に通常リリースのオリジナル、RCA Victor Indianapolis プレス

Questions So Far / 現時点での疑問

それにしても、疑問です。

(1) もし、Mercury / EmArcy にみられるこの3本線入り廉価リイシューが スチレン盤 なのだとすると、なぜレーベルに深溝(DG)があるのでしょうか。スチレン盤でも、射出成形ではなく圧縮成形のものがあったということなのでしょうか?

(2) そもそも1950年代〜1970年代当時、米国の各レーベルや各プレス工場は、どういった背景でリリースごとにポリ塩化ビニル盤とスチレン盤を使い分けていたのしょうか。両者には製造工程やコストの面でどのような違いがあったのでしょうか。

(3) 米45回転スチレン盤は大量に存在していたのに、米スチレンLP盤はそれほど多くなかったのはなぜなのでしょうか

(4) 欧州では1970年頃から射出成形のポリ塩化ビニル45回転盤が存在するのに、なぜスチレン盤は採用されなかったのでしょうか。そして逆に、なぜ米国では射出成形のポリ塩化ビニル45回転盤が存在しなかったのでしょうか

@zmuku さんの投稿をきっかけにして、今まであまり深く考えていなかったこれらのことが、急に気になり出したのです。

Researching from the different view(s) / 違う側面から調査開始

そこで、いつものように、過去の音楽業界雑誌、技術紀要、特許文書などをかたっぱしから調べてみることにしました。

レコードの製造工程や原材料に関する記事が当時の雑誌に載っていないか、丹念に探してみると、1950年代前半に書かれた連載記事を見つけることができました。また、興味深い日本での学術論文や学会誌解説記事なども見つかりました。いままでは目にも留まらなかった(あるいは読み飛ばしていた)ものばかりですが、違う視点やキーワードから探してみると、意外とあっさり目につくものですね。

また、当時の米国におけるレコード技術研究開発の先端を走っていた RCA Victor、同社の社内技術紀要にも、材質やプレス工程について詳しい解説記事が見つかりました。

これらを読み解き、時系列に整理していくことで、なぜ射出成形によるスチレン盤が登場したのか、各社にどんなメリットがあったのか、それぞれの会社はどのようなスタンスで取り組んでいたのか、などについて、全く新しい知見を得ることができました。

意外や意外、「圧縮成形 vs 射出成形」は、米2大レーベル間のバトルの様相を呈していた時期もあったようなのです。

さらに、いままであまり深掘りしてこなかった、Mercury の3本線の表す意味について、説得力のある仮説を立てることができました。

次回、これらについてみていこうと思います。乞うご期待。

続編は後日公開です / The sequel will be published shortly