EQ カーブ の歴史 / History of EQ Curves

レコードを記録(カッティング)し、再生する。この時にお世話になっている、 EQ カーブ というものがあります。レコード再生時に フォノイコ (フォノイコライザアンプ)で使用されています。

Characteristics For Fine Groove Disc Records

source: “RIAA Dimensional Standards: Bulletin No. E 1: Standard Recording and Reproducing Characteristics
1954年1月29日に策定された、RIAA標準録音再生規格文書(の1978年11月6日改訂版)に掲載された、RIAA録音再生カーブのグラフ

現在のレコードでは、アメリカの業界団体である RIAA (Recording Industry Association of America, アメリカレコード協会) が定めた、録音再生標準規格が使われており、フォノイコが RIAA 規格に基づいて、レコードに刻まれた音信号を復調します。カッティング時にも RIAA が使われているため、フラット特性で再生できる、という仕組みです。

この RIAA 録音再生標準規格 (“RIAA Standard Recording and Reproducing Characteristic”) は、1954年1月29日に RIAA 役員会で承認され発行されました。

1925年以降の電気録音による78回転盤の時代、および、1948年に登場したマイクログルーヴ盤(33 1/3回転LP、45回転シングル盤、など)の最初の数年間においては、録音再生標準規格は存在せず、カッティングスタジオやレーベルによって、その特性はバラバラでした。

それが、RIAA 録音再生標準規格発行後、スタジオ側(録音・カッティング)、および、再生機器側(再生)の両方で、徐々に標準規格に沿ったものに置き換わっていきました。

Typical frequency characteristic (Frederick, 1929) / 電気録音黎明期の EQ カーブ

source: “Recent Advances in Wax Recording“, Halsey A> Frederick, Bell System Technical Journal, 8: 1. January 1929 pp 159-172.
archived at Internet Archive (archive.org)
電気録音黎明期、米国で一般的だった録音特性。
250Hz〜300Hz あたりを境に、下は等振幅 (constant amplitude)、上は等速度 (constant velocity) というもの。
いまでいう 250N-FLAT。のちの高域増幅(高域プリエンファシス)はまだ存在していない。
当時はカッターのダンピングなど物理特性によって制御されていた。

そもそも、レコードにおいて、なぜこのようなEQカーブが必要なのか。

録音時・再生時のEQカーブを実現するために、各時代にどのような技術が使われてきたのか。

なぜ、昔はカーブがバラバラだったのか。それにはどんな意味があったのか。

米国では、歴史を通じて、どのような研究開発が行われ、どのような取り組みが行われ、最終的に統一規格に至ったのか。

1954年に統一規格が発行されたあと、米国の各スタジオやレーベルは、どのように対応していったのか。

このような「そもそも」の話に興味をもった私が、2022年夏頃より、さまざまな観点から調査し、学んでみることにしました。

1925年世界で初めて市販された電気録音78回転盤の時代にまでさかのぼり、当時の雑誌記事、学術論文、カタログなど、大量の資料を探し、読み込み、それらから導き出される論理的帰結をひもといていくことで、これらの疑問に向き合おうと思ったのです。

その結果、「音を記録し、再生する」という技術そのものの開発の歴史(の一部)をたどり、追体験することになりました。発明者、研究者、技術者、その他多くの素晴らしい先人達への感謝と畏怖の念でいっぱいです。

ここ十数年、特に日本において(正確には「ほぼ日本のみで」)、不思議な説が流布されているようです。

それらに同調するのも、否定するのも、個人の自由です。

私はただ、人の意見を鵜呑みにしたくはないので、自分で調べ、学んだ上で、科学的に論理的整合性のとれた事実を突き止めたい、と思っています。

このページは、そんな私が、(仕事ではなく趣味として)調査・学習した記録です。

Things I Learned on Phono EQ Curves

Pt. 0 (はじめに)
私がなぜ本件に興味を持ち、調べ学ぼうと思ったのか
Pt. 1 (定速度記録と定振幅記録とは、WE ラバーラインレコーダ誕生、電気録音黎明期)
レコードに音溝が刻まれる際の、そもそもの原理について
ターンオーバ周波数より下は定振幅で、上は定速度で記録、更に高周波帯域は定加速度で減衰、というのがEQカーブの黎明期
1925年、ベル研/WE によって実用化された、ラバーライン電気録音の技術と、当時のカーブ実現方法について
電気回路によるカーブ実現ではなく、物理特性によるカーブ実現
再生側もまだアコースティックで、ロガリズミックホーンの巧妙な設計で再生カーブを実現
Pt. 2 (世界初電気録音あれこれ)
世界初の電気録音、世界初の市販された電気録音されたレコード、世界初の電蓄、など
Brunswick が一時期採用した Light-ray ディスク録音方式
Pt. 3 (1930年頃の録音技術の発展、マイクの特性による意図しないプリエンファシス)
ラバーラインのライセンス料を回避すべく各社で生まれた独自技術
英国では、ブラムレインが独自システムを開発、のちのディスク録音技術の基礎となる
米国では、ベル研/WE のラバーラインシステムのクローンが各社で開発・使用されていた
マイクの特性によって、意図せず実現されていた「高域プリエンファシス」の時代
これが、のちのカーブにおける意識的な高域プリエンファシスの萌芽として考えられる
Pt. 4 (映画用レコード、ラジオ局用トランスクリプション盤の登場、ベル研による縦振動盤)
市販用78回転盤より前に、ラジオ局用として33 1/3回転盤が普及、特に初期は縦振動盤も広く流通した
その 33 1/3 という回転速度は、トーキー映画の1方式「Sound-on-Disc」で使用された「Vitaphone」に源流があった
ベル研/WE が開発した縦振動盤がラジオ局用トランスクリプション盤として使われ出し、当時としては画期的な高音質を実現した
縦振動トランスクリプション盤の録音再生特性は1種類のみ。サーフェスノイズ低減目的で初めて意図的な高域プリエンファシスがカーブに登場した
Pt. 5 (ストコフスキーの功績、NBC=RCA の横振動トランスクリプション盤、Orthacoustic 特性の誕生)
当時のベル研/WE の開発に、ストコフスキーが大きく関わっていた
横振動盤のトランスクリプション盤も普及、1941年に NBC=RCA によって Orthacoustic 記録特性が定義された
この Orthacoustic 特性が、のちの NAB 録音再生特性の雛形となるもの
Pt. 6 (ラッカー盤とアセテート録音機の登場、Pierce & Hunt の革命的な軽針圧再生装置の論文)
Presto などアセテート録音機が普及することにより、ラジオ局内のみならずディスク録音は広がりをみせる
当時の録音カーブ実現方法は、今とは異なっていた
Pierce & Hunt の研究によって、再生時に針が音溝の底につかないことの重要性が初めて明らかとなり、これが現代の軽針圧再生の礎となった
また、その研究成果により、高調波歪の点で、横振動盤の方が圧倒的に有利であることが判明した
Pt. 7 (圧電式カートリッジの登場、定振幅録音特性システムの試み)
1930年代末、まずはジュークボックス用に廉価な圧電式カートリッジが登場
その後、数十年間に渡り、一般向け再生機器の大半で圧電式カートリッジが主流となった
当時のプロ市場、現代の民生用オーディオで主流であるマグネットカートリッジとは、再生特性が全く違うものであった
1930年代末〜1940年代前半には、圧電式カッターが登場、定振幅の録音EQカーブも提唱されたが、結果として業界で主流とはならなかった
Pt. 8 (1942年 NAB 録音・再生標準規格の採択に至る歴史)
1941年、NAB (全米放送事業者協会) により、ラジオ局で使用するトランスクリプション盤の録音再生規格の統一を目指す作業が開始された
1年間に渡る専門家の議論の末、1942年に、NBC=RCA の Orthacoustic が NAB 規格の録音特性として採用された
第二次世界大戦突入時期のため、最低限の16項目のみ規格化され、残る規格化作業は戦後に先送りされた
Pt. 9 (第二次世界大戦中〜戦後の、ディスク再生側の状況について)
現代のレコードの再生機器事情とは異なり、当時の78回転シェラック盤の再生機器側の状況は大きく異なっていた
英国植民地ではアコースティック蓄音機がいぜん主流のため、英国では高域プリエンファシス使用に慎重だった
米国では電蓄が早くから普及していたため「音作り」として独自EQカーブが乱立していた。しかし再生側は簡易式トーンコントロール程度しかなかった
録音再生カーブ以上に、いかに高域のサーフェスノイズをローパスフィルタで低減するか、が主流であった
Pt. 10 (1949年 NAB 録音・再生標準規格の採択に至る歴史)
戦後、1942年NAB規格で決めきれなかった残りの規格策定作業が再開し、1949年にまとめられた
録音カーブについては1942年版と変更はなかった
この時期、NABカーブの高域プリエンファシスが強すぎて歪が発生しやすいため、より弱めるべきという技術的議論がさかんに行われていた
Pt. 11 (1948年6月18日、Columbia Lp Microgroove 盤登場、そのストーリー)
1939年頃から秘密裏に開発されていたマイクログルーヴLP盤が、1948年に突如発表され、すぐに販売開始された
このLP開発の登場人物は非常に多く、当事者それぞれのインタビューでは互いの言い分が異なっていたりする
Pt. 12 (Columbia LP で使われていた録音・再生特性の技術的背景)
Columbia LP で採用された録音カーブは、NAB カーブとほぼ同一で、重低域ターンオーバー部分のみ異なる
ホットスタイラス技術は Columbia で秘密裏に実用化され、当初の1〜2年間は Columbia が事実上独占的に使っていた
このホットスタイラス技術のおかげで、10,000Hz 以上の帯域でも十分にカッティングできるようになり、のちのLP高音質化の重要なファクターとなった
Pt. 13 (1949年1月10日、RCA Victor 45回転盤登場、そのストーリーと技術的背景)
Columbia LP 登場の約半年後、RCA Victor はマイクログルーヴ7インチ45回転盤を発表、オートチェンジャーと共に強力にプッシュした
のちの RIAA カーブの祖先となる (old) Orthophonic カーブが使われていた
Columbia 33 1/3 回転盤 vs RCA Victor 45回転盤の「回転数競争」の火蓋が切られた
Pt. 14 (Columbia vs RCA Victor「回転数戦争」中、米国の各レーベルはどう対応したか)
1949年〜1950年は、全米のレーベルが、どちらにつくか、市場動向を慎重に見極めつつ行動を起こそうとしていた
最終的にはLP=アルバム、45rpm=シングル、という棲み分けで落ち着いた
Pt. 15 (High Fidelity という用語の歴史)
「ハイファイ」(High Fidelity) という用語は、なんと1927年に生まれていた
大戦後、技術進歩が進むなか、「ハイファイとは何か」という議論が、研究者や技術者の間で多く行われていた
この「ハイファイ」という用語は、LPや45rpm登場後にますます多用され、当時のオーディオブームの中核を担った
Pt. 16 (サファイア・グループ〜Audio Engineering 誌〜AES学会の歴史、秘密主義から脱却し始める当時の業界、AES再生カーブ登場)
大戦中のレコード製造物資不足から、企業間、レーベル間での協力が進むようになった
かつては企業間で秘密主義により競っていたが、徐々に「技術情報の公開・共有」「技術の標準化の重要性」が米国業界で認識されていった
そんな流れから Audio Engineering 誌が生まれ、そこからオーディオ工学専門の学会 AES が誕生した
市販レコードの録音再生カーブの統一を目指して、研究者・各社技術者が協力して、AES 再生カーブを策定、提唱した
Pt. 17 (RIAA前夜、各レーベルはどのような録音特性を使い、どの再生カーブを推奨していたか)
1949年〜1953年、統一カーブが存在しない頃、各レーベルのレコードではどのような録音カーブが使われていたか、を調査した
磁気テープ導入により、録音スタジオとマスタリング(カッティング)スタジオが必ずしも同一ではなくなった
Pultec EQP-1A 汎用可変イコライザが登場し、全米の録音スタジオで一気に導入が進み、ディスク録音 EQ カーブ と独立して自由な音作りができるようになった
当時の多くのマイナーレーベルは、メジャーレーベルや大手スタジオにマスタリング(カッティング)を委託していた
デッドワックスのマトリクス番号を調査することで、当時のおおよその使用録音カーブの分布状況が把握できることが分かった
録音カーブは、固定パッシブLRC回路によって実現されており、エンジニアの気まぐれで気楽に切り替えて良いものではなかった
RCA Victor は 1952年8月より New Orthophonic カーブを採用、これがのちの RIAA カーブとなる
High Fidelity 誌の有名なコーナー「Dialing Your Disks」は信憑性が低いが、当時の傾向をみることはできる
RIAA登場以前の可変フォノイコ内蔵アンプでは、AES と LP ポジションが主流で、RCA ポジションがないものが多かった
Pt. 18 (1953 NARTB / 1954 改訂 AES / 1954 RIAA 策定の歴史)
歴史的に、カッターの特性 + 録音EQ の組み合わせで録音特性を調整していたのが、1950年代前半のフィードバックカッター導入によりカッターがフラット特性を獲得、録音EQだけで録音特性をコントロール可能になった
1953年6月19日、放送局向けの NARTB 録音再生標準規格が承認された
史上初めて、録音カーブの定義が数学的に表記され、時定数が明記された
Orthacoustic 〜 1942/1949 NAB 〜 Columbia LP の高域プリエンファシスへの強い批判を反映し、75μsである RCA Victor New Orthophonic が選定された
1953年12月21日、AES が標準再生カーブ改訂版のドラフトを承認、1954年6月15日に正式承認され AES: TSA-1-1954 となった
1953 NARTB 同様、再生カーブの定義は数学的に行われ、時定数や周波数定義域も全く同じだった
1952年に設立した米レコード業界団体 RIAA が 1953年に技術委員会を設置、そこで業界主導の規格策定が始まった
RIAA技術委員会メンバは、当時の米5大レーベルのチーフエンジニア5名であった
RIAA規格として選定されたのはやはり 1953 NARTB 録音特性と同一のものであった
Pt. 19 (1950年代半ば〜1970年代のディスク録音機器の調査)
RIAA規格が策定された1950年代前半は、ディスク録音の各種技術が大きく発展した時期とも重なる
独立していた録音EQユニットの時代から、録音EQ回路が内蔵された録音アンプの時代へ
Gotham, Fairchild, Westrex, Neumann, Ortofon など、当時を代表する録音システムの回路図や取説を調査
そのどれもが、巧妙な仕組みで、アンプ内で RIAA 録音特性を実現していたことがわかった
これらのアンプで非RIAA録音特性を実現することは「技術的は可能」だが、非現実的な内部の改造が必要であると感じられた
Pt. 20 (1954年2月以降のRIAAへの移行状況、過去〜現在のEQカーブ表の歴史)
RCA Victor、Capitol、および両者にマスタリング委託していたマイナーレーベルは、1954年2月時点ですでにRIAAに移行済
Columbia は 1954年夏頃から移行を開始したが、完全移行完了までには1年ほど要したとされる
その他ごく一部のマイナーレーベルを除き、1955年末までには RIAA への移行が完了したとする研究が多い
1980年代に78回転盤再生用にマニア向けに製造販売された Owl 1 フォノイコが、現代の可変カーブフォノイコの源流
メインの対象は78rpmだったため、大半をカバーできる 250Hz と 500Hz のほかは 375Hz / 750Hz / 1kHz という不思議なターンオーバー値が設定されていた
Owl 1 可変フォノイコの登場と時をほぼ同じくして、レーベルごとのカーブ一覧表が流通しはじめた
現在信頼できるカーブ表の多くは、過去の技術資料やマトリクスなど丹念な客観的資料を元に論理的類推を行った上で作られている
また、現在進行形でデータが更新されていたり、複数説ある場合は併記するなど、公開共同研究のようなかたちで進められている
これらは、試聴「のみ」を根拠としたカーブ推定とは異なり、個々人の探求の参考になる良質な情報源であると考える
… (続く、現在 Pt.21 執筆中) …

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