The Complete Live At The Village Vanguard 1961 / Bill Evans

少し古い音楽が守備範囲の音楽ファンの間では、いまだにアナログレコードをメインに聴く方が少なくありません (私もそのひとりですが)。いわゆる「名盤」と呼ばれるアルバムは、過去に何度も LP や CD で再発されてきていますが、それでもファンは当時リリースされたオリジナル盤と呼ばれる古いレコードを血眼になって探し、時には (常人には理解不能な程の) 大枚をはたいて手に入れようとすらします。

Analog records are still main source for listening, for many of music fans who like old recordings (I am one of them of course). So-called “masterpiece albums” has been reissued so many times in various formats like LP and CD, but such people will try to find old original pressing LPs and pay so expensive money for them (ordinary people will be surprised to know how expensive the original pressings are in the vintage market).

その原動力は、「もっと良い音で聴きたい」という一点に集約されるでしょう。録音されたばかりのマスターテープを使って、当時の機材で、実際に録音をプロデュースした人やミュージシャンの意見をとりいれつつ音決めを行い、カッティングされ、プレスされた当時のレコード。再発盤LPや日本盤、リマスターCDでもかなわないことの多い、そのオリジナル盤の音の素晴らしさはしばしば「鮮度」「過渡特性」「エンジニアの音」「時代の音」といったタームを使って説明されます。確かに、サーフェスノイズやスクラッチノイズの彼方から、とほうもない音の魔力が襲ってくるかの様なレコードは枚挙にいとまがありません。その代わり、アルバムによっては、常人には理解できない程の高額で取り引きされている盤も少なくないのですが . . .

In short, the primary motivation toward original pressings would be “the thirst for better sound quality” – they were cut and pressed from very fresh master tapes, using equipments at the time of the recording, by including the preferences and concepts of producers, engineers and (sometimes even) performers. Many of such original pressings surely sounds far better than later LP reissues and remastered CD reissues. The greatness of the sound of original pressings is sometimes referred as “freshness”, “better transiency”, “the sound of the engineer”, “the sound of good old days”, etc. Actually, we can easily count so many vintage albums which sounds superb beyond surface/scratch noise – they really have fascinating power of sound. On the other hand, such albums costs too expensive, and beyond ordinary people’s common sense.

そんな中、ごく稀に、オリジナル盤LPは余り欲しくないと思える盤、のちにリリースされた CD を持っていれば (文字通り) 充分だ、と確信を持って言える盤があります。

However on the other hand, I sometimes encounter a rare example (although there are few) – an album of which I don’t necessarily want an original pressing. In such case, a certain CD reissue is (literally) enough for me for sure.
( . . . the rest of the English edition will (hopefully) be available in the near future . . . )

好き/嫌い、興味のあるなし、にかかわらず、一度も耳にしたことのない人なんていないんじゃないかとすら思われる、ビル・エヴァンス (Bill Evans Trio) による 1961年 6月25日 ヴィレッジ・ヴァンガード (Village Vanguard) でのライブ録音。御存じの通り、当時 Sunday At The Village Vanguard” (Riverside RLP-376)Waltz For Debby” (Riverside RLP-399) という 2枚のアルバムとしてリリースされました。 そしてその 2枚のアルバムは過去に何度となく LP や CD で再発されてきましたし、 その 2枚には収録されなかった未発表曲/未発表テイクも、過去にいろんなかたちでリリースされてきました。 この歴史的なライブ録音の素晴らしい内容 (と背後の悲劇的なストーリー) についても、もはや言うべきことは何もない、というくらい、過去40年以上に渡って語りつくされてきました。 基本中の基本の大名盤であり、かつ知名度や人気も群を抜いているだけに、オリジナル盤の人気も非常に高く、多くの人が基本的なコレクションとして探し求めていることでしょう。

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[RLP-9376 (remastered Hybrid SACD)]      [RLP-9399 (remastered Hybrid SACD)]

(リンク先は Analogue Productions からリリースされた Hybrid SACD バージョン)

私は今から 17年前、御多分に洩れず OJC の LP を買うところから始まり、“(I Loves You) Porgy” の収録された 2枚組 LP “The Village Vanguard Sessions” (Milestone M-47002) の中古盤を入手し、未発表テイクで構成された LP “More From The Vanguard” (Milestone M-9125) を探し出し、そして結局 “Complete Riverside Recordings” (Riverside / Victor [J] VIJ-5072/89) という 18枚組の LP ボックスを中古で買い。 更に、知合いや中古レコード屋さんで、オリジナル盤 (モノーラル、ステレオの両方) を聴かせてもらったり。 そして種々の CD リイシューも入手したり。 しかし、どれもこれも、なにか腑に落ちないというか、決定的に演奏に没入するのを邪魔するなにかがあるというか、 そんな妙な違和感が残るのでした。

それは、一連のライブ録音をもとに、曲を並べ替えているということ。そして、各演奏終了後の拍手はフェードアウトされ、そして次の曲が始まる、という編集が施されているということ。どんなにオリジナル盤の音が素晴らしく気持ち良くても、この点だけはどうにも気持ち悪さとして残ってしまい、オリジナル盤を欲しい、という気持ちは徐々に萎んでいきました。 もちろん、オリン・キープニュース (Orrin Keepnews) 氏が考え抜いた上で 2枚の LP に曲を振り分け、設定された曲順そのものは素晴らしいものですし、それは評価した上でのことなのですが。

要するに、タイムスリップしてでもいいから (出来ないけどね) この日のライブを、そのままの流れで聴きたいライブそのものを追体験したい という欲求を抑えることができなかったのです。確かに、“Complete Riverside Recordings” では当日の流れのまま収録されてはいますが、やはり演奏間はフェードアウトされたまま。せっかく CD 時代なんやから、ライブ録音されたテープそのまんまで収録したコンプリート盤 を出せばええのに、と、ずっと思っていました。そんな気持ちを抱き続けていたファンは私だけではなかったはず。

[The Complete Village Vanguard 1961]

The Complete Live At The Village Vanguard 1961 / Bill Evans
(Riverside / Victor [J] VICJ-60951/3)

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そしてついに、2002年 6月にリリースされたのが、上の 3枚組 CD でした。これのリリースを知った時には、もう飛び上がって喜びましたよ、ええ。リリース当日までソワソワとしていましたし、リリース前日は興奮して眠れませんでした。そして当日、もう何を差し置いてもレコード屋へと一直線、購入してもう真っ先に聴きましたよ。

あぁ、ついに、念願が叶う瞬間がやってきたのです。

録音されたオリジナルマスターテープそのまんま、一切の編集なしで、ストレートに CD 3枚に収録されています。演奏間のフェードアウトは当然ありませんし、その演奏間のメンバーの会話などもそのまま収録されている。演奏が終わり、少ない観客からの拍手があり、演奏者の 3人がゴソゴソと音を立てて次の曲に備え、ひとつふたつ小声でことばを交わしたのち、数秒の沈黙のあと、緊張感に溢れた演奏が始まる。マチネー 2回と夜 3回のライブの、それぞれの始まりと終わりでは、Orrin Keepnews の声も聞こえる。

そうそう、これが聴きたかってん。もう完全に興奮状態で 3枚を一気に聴き終えてしまいましたよ。電源トラブルの為に途中で演奏が数秒切れてしまっている “Gloria’s Step (take 1)” がとうとう陽の目を見たことも嬉しかったのですが、それよりなにより、当日の Village Vanguardライブそのものを追体験できる ことが一番嬉しかった。

もうひとつ意外な発見は、その音質でした。過去の再発 LP や CD と比べて、誰が聴いても明らかなほど、音質が圧倒的に向上していた のです。Paul Motian のシンバルの響きや余韻は、オリジナル盤ですら聴けなかった程どこまでも透き通り、Scott LaFaro のベースの迫力も、Bill Evans の繊細なタッチも、まさに一皮剥けたかの様なリアリティに溢れていました。その一方で、ヴィクターJVC が誇る 20bit K2 Super Coding System のせいなのか、ややエッジの立った音になってしまっていますが、それを差し引いてもこの音は凄すぎる。うちにある (ハイエンド機器とはほど遠い) CD プレーヤーですらこれだけ鳴ってしまうんですから . . .

さて、この件については、当時次のような推測をしてみました。

2枚のオリジナル盤 (RLP-377 と RLP-399) を作る際には、まずオリジナルの録音テープ (A) から別のテープ (B) へとアナログコピーを行い、その際に各曲の最後をフェードアウトする処理を加えた。そうやってコピーされたテープにハサミを入れ、スプライシングするなどして、カッティング用のマスターテープ (B’) が作られた。

オリジナル盤、及び、のちのアメリカ盤再発 LP は、この (B’) から直接カッティングされた。

日本盤などは、この (B’) を更にコピーしたテープ (C) を使ってカッティングされた。

再発 CD は、(B’) を元に、ディジタルリマスターが施されて製作された。

今回のコンプリート盤は、(A) から直接ディジタルトランスファーされて製作された。

もし、この推測が正しければ、この盤だけ明らかに過去の再発盤とは別次元の音になっていることの説明になります。そして、オリジナル盤 LP は、まだマスターテープが新鮮だった頃にコピーされたテープからカッティングされたもの、対して本 CD は、40年以上が経過したとはいえ、マスターテープから直接トランスファーされたもの。音の傾向は (当然ながら) まったく異なりますが、どちらにも捨て難い魅力があるのは事実です。

当時のプロデューサが考え抜いて決定された曲順で、当時のエンジニアによる「当時の音」が記録されているオリジナル盤。録音したテープそのまんまを CD 化してしまうことによって、1961年 6月25日の Village Vanguard の奇跡のライブを疑似体験できる 3枚組 CD ボックス。本録音に限れば、私にとって圧倒的に魅力的なのは後者であり、それが故に RLP-376 や RLP-399 のオリジナル盤に高いお金を払う気がしないのです。それらの音を実際に聴いてその魅力を知ったあとでも、やはり CD ボックスがあれば充分、と思っています。

[Recording Data Sheet]

なお、この 3枚組 CDボックスは当初日本のみで限定リリースされたものでしたが、2005年にはアメリカ盤が無事リリースされました。もともと限定リリースだった日本盤は、すでに廃盤になっているようです。

2 thoughts on “The Complete Live At The Village Vanguard 1961 / Bill Evans

  1. 実は密かにこの3枚組を購入しておりまして、なんで皆さんがバラのLPやCDあるいはSACDが良いって仰っているのかが正直分からなかったんです。そう、このCDの方が良いのです。僕の場合はスコット・ラファロ聴きでしたから、特にそうですね。
    もう一つは、やはりモチアンのバスドラですかね。このドラムセットの定位がおかしな感じを差し引いても、この遠近感が本当に堪りません。
    いずれにしてもデジタル・トランスファーのテクニックがそれだけ進歩しているからだと思います。なにせ初期はまじめにストレートにコピーしてCD化という恐ろしいことをするレコード会社もありましたから。
    ちなみにこのバンガード盤のラファロと『エクスプロレーションズ』のラファロは別人としか思えませんです。ハイ。
    PS
    上不さんのマシュマロ・レコード
    http://www.marshmallow-records.com/column/turezure/chapter6/column_1.html
    のジャズつれづれ草のなかに
    「彼ほど音の小さなベーシストを私は知らない。」とレッド・ミッチェルが言っているのが載っているのですが、コレを読むとより、バンガードが楽しく思えます。

  2. > 「彼ほど音の小さなベーシストを私は知らない。」とレッド・ミッチェルが言っている
    ああ、これは以前ジャズ批評で読みました。
    上不さんが、岡村さんの「最後の珍盤を求めて」のコーナーにゲストで登場した時だったと記憶しています。
    > ドラムセットの定位がおかしな感じ
    これは確かにそうですね。けれども、この圧倒的な音を聴けば、そんなことは瑣末なことですね。
    > デジタル・トランスファーのテクニックがそれだけ進歩しているから
    なんかそういうのを超越した音の違いに思えたんですよね。
    それで、上の様な推測をしてみたのでした。

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