少し間があいてしまいましたが、前回の「その1」に引き続き、 2009年7月17日〜18日、フジテレビ NEXT チャンネルで 8時間にも渡って放送された 忌野清志郎 フジテレビアーカイブス 完全版 という番組の後半部分レビューです。
渾身のナッシュビル三部作が不発に終わり、怒涛のインディーズ時代 に突入するわけですが、今回の放送で最も貴重 (再放送されにくい) な部分は、個人的にはこの時代ではないかと思います。音楽的にも非常に充実していた時期で、見応え、聞き応え満点です。
また、2003年のアルバム「KING」から RC 時代を彷彿とさせ、かつ以前より熟成された完成型王道忌野ロックに回帰していきますが、そこに至る前にたくさんの冒険・遊び・尖った演奏をしていたからこそ、晩年の円熟味を増した歌唱・演奏・ステージに至ることが出来たんだと思います。
その前に余談ですが、ブルース・インターアクションズ から2002年12月10日に発売された季刊誌「ロック画報 (10) RCサクセションに捧ぐ」が復刊されたようです。1972年頃、オリジナルメンバ3人時代による凄まじい演奏の未発表ライブが付録 CD に収録されていることと、オリジナルメンバの 破廉ケンチ さん (1977年頃?に脱退) が、忌野さんと共に応じたインタビューが非常に貴重です。再度売り切れる前に是非お求めあれ。。。
1997年 6月 6日「Live ’97 ニュース JAPAN: YOL~300秒の肖像~」 / PONTA BOX w/ 忌野清志郎
- スペシャルメドレー
- からすの赤ちゃん
- ロックン仁義
- 争いの河
- Love Me Tender
- メロメロ
佐山雅弘 (p) さん、バカボン鈴木 (b) さん、そして村上 “Ponta” 秀一 (ds) さんの 3人によるユニット「PONTA BOX」との共演。この「YOL 〜神々の宴〜」という番組は、1997年から1999年にかけて続いていたようで、ポンタさんのトリオがハウスバンドという扱いだったようです。
このフリーで丁々発止もスリリングな演奏と、忌野さんの声の相性は、意外なほど悪くありません。この方向でもっと多くの音源や演奏を残していれば、面白いことになったかもしれません。
1997年 6月23日「Hey! Hey! Hey! 柵の2時間スペシャル」 / 忌野清志郎 w/ Little Screaming Revue
- メロメロ
Little Screaming Revue としての第1段アルバム「Groovin’ Time」からシングルカットされたナンバー。このアルバムは、忌野さんのキャリア全体を通して考えても、ベスト3に入る大傑作ではないかと個人的には思っています。
この時代の忌野さんは、いきなり若返っています。 なんといっても、ヘヴィーでタイトなリズムセクションがとんでもなく素晴らしく、 忌野さんも、いつもの忌野さん的 (やや怒りモード) ではありますが、 バックに押されてか、いつになくハードな熱唱です。
全体的にグランジっぽいテイストも強く感じられ、 音楽的に実に若返っているという印象もあります。 ともあれこれは文句なしに素晴らしい。
1998年11月10日「おとこのこ おんなのこ」 / 忌野清志郎
- パパの歌
今田耕司さんと篠原ともえさんが司会を務めていた「お茶の間子育てバラエティ番組」にゲスト出演した際の演奏とのこと。忌野さん自身はどんなパパだったんでしょうね。
1998年11月13日「Live ’98 ニュース JAPAN: YOL~神々の宴~」 / 忌野清志郎 w/ PONTA BOX & 仲井戸麗一
- We Can Talk
- Good Day Sunshine Love
PONTA BOX との 2度目の共演。今度はチャボさんもゲスト出演。
1曲目は、あの The Band のカヴァー (もちろん、いつものように日本語訳詞+αな忌野ワールド)。村上 “Ponta” 秀一さんのアルバム「Welcome to My Life」からの演奏ということになります。
2曲目は言うまでもなく Little Screaming Revue の2作目「Rainbow Cafe」からのシングルカット。
実にコクのあるいい演奏です。ホント、ポンタさんってヴァーサタイルなドラマー。
1998年11月16日「Hey! Hey! Hey! Music Champ」 / 忌野清志郎 w/ Little Screaming Revue
- Good Day Sunshine Love
ふたたび「Good Day Sunshine Love」。今度は Little Screaming Revue としての演奏。
曲はとてもポップで、バンドはとてもタイトで、バランスのとれたいい演奏です。
1998年12月 5日「Love Love あいしてる」 / 忌野清志郎 w/ 梅津和時 & Ash Horn Section
- That Lucky Old Sun
名曲 “That Lucky Old Sun”。ルイ・アームストロング、あるいはフランキー・レインのバージョンが有名でしょうか。ここでは敢えて ブライアン・ウィルソン とは書かないでおきます (笑)
イントロからブラスセクションがキマりまくっていて、かなりスリリングです。
しかし、肝心の忌野さん、英語歌詞のまんま歌ってはります。。。やっぱりこれだと懐メロっぽくなってしまうんよな〜。出来れば忌野さん謹製の日本語訳詞にしてもらいたかったところです。きっと HIS の「500マイル」と同じくらい感動的なチューンがもう1曲生まれていたかもしれません。
2000年10月21日「Factory8」 / ラフィータフィー
- ライブ・ハウス
- 瀕死の双六問屋のテーマ
- フリーター・ソング
- 君が代 (w/ Guitarwolf Seiji)
そして問題のインディーズ時代、Little Screaming Revue 名義の「冬の十字架」を経てラフィータフィーの「夏の十字架」「秋の十字架」と続く時期のライブ。メンバーはここでは 3人のみで、ジョニー・フィンガーズさんは参加されてません。というか、2000年だと、武田真治さんもメンバーに加わってる時期だったような。。。
このスリーピースバンドは強力です。藤井裕さんのベース、上原裕さんのドラムスともに骨太さ老練さ柔軟さを併せ持った重量級リズムセクション、そしていつもに増して荒々しい忌野さんのギターとヴォーカル、再びやってきた怒りとセンチメンタリズムが同居した若々しい (大人げない?) 楽曲の数々。
「瀕死の双六問屋のテーマ」と「フリーターソング」は、当時出版された「瀕死の双六問屋」に付録としてついていた CD からのシニカルでほんわかとした曲ですが、他の 2曲はラフィータフィーらしいがっちりした演奏で素晴らしい。忌野さんホント若い。
個人的には、このスリーピースのラフィータフィーの映像、あるならもっと見てみたいです。いや、ジョニー・フィンガーズさんが嫌いなんじゃないですよ。。。
2001年 5月20日「Cosmo Earth Conscious Act – We Love The Music, We Love The Earth -」 / 忌野清志郎 x ラフィータフィー
- トランジスタ・ラジオ
- グレイトフル・モンスター
- 空がまた暗くなる
- 水の泡
- イマジン
- Sweet Lovin’
- 君が代
ラフィータフィー後期、ジョニーフィンガーズさんが脱退し、ドラムスが宮川剛さんに交代した時期のライブ。
武田真治さんのソプラノサックスはちょっと苦手かも。。。テナーの時はそこそこいい味出してると思うんですけど。また、初期のラフィータフィーに比べると、ややサウンドが軽くなってる感じもあります。もしかしたら、収録されている音声がモコモコしていて、これってライン録音じゃないのでは? と思えるようなものだからかも知れませんが。
それにしても、いつ聞いても忌野さんの「イマジン」は凄い。こういう日本語センスを持ってる人は、本当に尊敬してしまいます。
2002年 7月21日「Live Factory 02 in Odaiba」 / Love Jets
- Love Jets のテーマ
- 青い星
- Pop People Pop
- Space Disco
- 宇宙ベイビー
そして Timers と並び、今回の放送の白眉、Love Jets。
ここまで楽しそうに、かつシリアスに、ビシバシ演奏してくれるともう爽快。
このバカバカしさといい、この圧倒的な演奏・楽曲といい、もうサイコーです。
何も言うことなし。
2003年 7月 5日「Cosmo Earth Conscious Act – Earth Day Concert」 / ミツキヨ / 忌野清志郎 / 忌野清志郎 x 佐野元春
- 強烈ロマンス (ミツキヨ w/ 忌野清志郎)
- 風に吹かれて
- あこがれの北朝鮮
- ブーアの森
- 花はどこへ行った
- 君が代
- 明日なき世界 (w/ 佐野元春)
- トランジスタ・ラジオ (w/ 佐野元春)
この辺りから晩年の円熟期へと向かいます。徐々に RC 的サウンドへの回帰が行われていった時期というか。バンド自体はちょっと変則的な編成となっています。
「風に吹かれて」「花はどこへ行った」「明日なき世界」のカヴァー + ユニークな日本語訳詞の世界はさすがですし、「あこがれの北朝鮮」を聴けるのもナイス。「ブーアの森」も (数ある) 忌野さんワールド (の一面) が全開。
個人的に物凄く気になったというか違和感を持ったのは「トランジスタ・ラジオ」。いつものキー (D) ではなく、1音さげたキー (C) で演奏されています。恐らく、一緒にステージに立った佐野元春さんが歌いやすいようにキーを変えたんだと思いますが、キー・テンポ・アレンジ・歌い方などが完全に有機的に関わりあっての忌野さんの曲なので、たった 1音下がっただけで、もう魅力が半減しているのが逆に興味深いです。
忌野さんが自作曲のキーを変えて歌ったのを私が聞いたことがあるのは、他には NHK の「音楽・夢くらぶ」(2005年6月23日放送) でハナレグミと「君が僕を知ってる」をデュエットした時があります。この時も、オリジナルのキー (D) から 1音下げたキー (C) で歌っていました。やはり物凄く違和感を感じたのを覚えています。
2005年 1月29日「僕らの音楽」 / ウルフルズ x 忌野清志郎
- デイ・ドリーム・ビリーバー
この年はデビュー35周年の年で、さまざまなイベントがありました。音楽的にも 2003年の「KING」、2005年3月 (この放送の約1ヶ月後) リリースの「GOD」と、忌野さん的王道に戻ってきた二枚の好アルバムと同様、思った通りにストレートに音楽を楽しんでいる様が伝わってきていた円熟期です。
ここではウルフルズと共に、タイマーズ時代のカバーを演奏。トータス松本さんのヴォーカルと忌野さんのヴォーカルの相性はあまり良いとは言えませんが、どちらも個性的な声の持ち主同士、気持ち良さそうに素直に演奏されています。
2005年 2月20日収録「僕らの音楽 忌野清志郎35周年記念 スペシャルライブ」
- スローバラード (w/ サンボマスター)
- 雨上がりの夜空に (w/ YO KING x ガガガSP)
- 君が僕を知ってる
- 宝くじは買わない
- I Like You
- エンジェル
- (タイマーズ3曲ネタ)
- 昆虫採集
- 暗い沼の底
- 大きな空のその上で
デビュー35周年ということもあって、テレビへの露出も多めだったということなんでしょうが、それにしてもなんともまあ、贅沢なプライベートライブの趣です。このスタジオで生で演奏を見られた方が本当に羨ましい。
当時の本放送を観たわけではないので分かりませんが、「(タイマーズ3曲ネタ)」あたりからは、実際には放送されてなかったんじゃないでしょうか。スタジオの観客へのサービスといった感じで、ギター1本で楽しそうに歌っています。曲間の語りもかなり多め。
冒頭のサンボマスターは圧巻。
2005年 3月 5日「僕らの音楽」 / 忌野清志郎
- アイ・シャル・ビー・リリースト (w/ Chabo)
- Rock Me Baby
「僕らの音楽」への出演が続きます。今度は盟友チャボさんとの感動的 (?) な「I Shall Be Released」の日本語歌詞カバーバージョン。RC サクセションのアルバム「コブラの悩み」より。例の「カバーズ」絡みのフレーズ「東の芝にも」という辺りは1コーラススキップして歌っていませんでした。
「Rock Me Baby」は、3月にリリースされた (当時の) 新譜「GOD」のオープニングナンバー。王道です。
2006年 9月25日「This Time」 / 忌野清志郎
- 激しい雨
- 残り香
- ダンスミュージック☆あいつ
- 涙のプリンセス
- In The Midnight Hour
そして、結局最後のスタジオアルバムにして最高傑作となった最終到達点「夢助」のレコーディング風景を中心に捉えた秀逸なドキュメンタリーより。放送当時、私は地上波ではなくフジテレビ721 (現フジテレビTwo) で観ました。
レコーディング直後、録音メンバ (みんなスティーブ・クロッパー人脈) をバックに B.B. キング・ブルース・クラブで行ったライブの模様です。さすがにメンフィスソウル系のミュージシャンとの相性は抜群で、非常に締まった良いライブ。1992年の「Memphis」および「Have Mercy!」の共演時よりも、積み重ねられ熟成されたコクの様なものを感じつつもまだまだイキのいいところを聴かせてくれます。 最後の「In The Midnight Hour」はまたまた英語なので、まあビミョーな感じですが。
放送当時から気になっていたのは、まだ歌詞を完全に覚えきれてないせいもあってか、ずっと足元の歌詞カードをちらちら見ながら歌っている忌野さん。それを除くといい映像だと思います。
未放送 (2007年9月22日収録) 三宅伸治20周年記念LIVE「Back しよう」
- Jump
- 雨上がりの夜空に
- 約束
タイマーズの時から音楽的パートナーとして長年連れ添ってきた三宅さんの記念ライブに出演、お決まりの2曲に加えて「KING」のラストナンバー「約束」。センチメンタルな忌野さんワールドが全開のグッとくる名曲を、忌野さんと三宅さんがデュオで演奏するシーンは、訳もなくウルウルきてしまいます。
ただただ、この時の映像が見られて、ホントに良かったです。
2008年4月22日「忌野清志郎 完全復活SP〜復活への道ドキュメント〜忌野清志郎 完全復活祭@日本武道館」
- Jump
- 涙のプリンセス
- ダンスミュージック☆あいつ
- いい事ばかりはありゃしない
- よォーこそ
- ドカドカうるさい R&R バンド
これについては、もう何も申し上げることはありますまい。
残りは素直に「忌野清志郎 完全復活祭 日本武道館 [DVD]」を見る、という流れになりましょうか。
おわりに
いやはや、フジテレビさん、本当にありがとうございます、としかいいようがない圧倒的なボリュームの放送でした。残念ながら1970年代の映像は含まれていませんでしたが、それ以降の RC および忌野さんの遍歴がほぼ完璧に追えるだけのマテリアルを惜しげもなく一挙放出してくれたことは、本当に特筆すべき快挙でしょう。
幸い、2003年に正規にリリースされた映像作品として、「ライブ帝国 RCサクセション 70’s」という DVD があります。1972年にテレビ神奈川の「ヤングインパルス」という番組に出演していた頃、アコースティックトリオ時代の鳥肌ものの激演が収録されています。スタジオアルバム「初期の RC サクセション」「楽しい夕に」では捉え切れてない初期 RC の貴重かつ圧倒的な濃度のパフォーマンスがここにあります。
現在も安定して入手可能なのかどうかは分かりませんが、これは一見の価値ありどころか、音楽を聴く全ての日本人が観るべき至宝です。