先日、Twitter 上で Sugar さんが、Miles Davis の Nefertiti について、こんなことを書かれていました。
プロデューサーがテオ・マセロのものと、ハワード・ロバーツが担当のものと2種類で構成されている。プロデュース担当曲数もほぼ同じ(ジャケ裏参照)。で、このハワード・ロバーツって一体誰なの?まさかギタリストではないよね。またテオ・マセロがプロデュースした曲の録音エンジニアはフレッド・プラウトで、ハワード・ロバーツがプロデュースした曲はスタン・トンケルが録音担当となっているけど。
Sugar-san's tweet on 13:59, May 20, 2023プロデューサーがテオ・マセロのものと、ハワード・ロバーツが担当のものと2種類で構成されている。プロデュース担当曲数もほぼ同じ(ジャケ裏参照)。で、このハワード・ロバーツって一体誰なの?まさかギタリストではないよね。またテオ・マセロがプロデュースした曲の録音エンジニアはフレッド・プラウトで、ハワード・ロバーツがプロデュースした曲はスタン・トンケルが録音担当となっているけど。
— Sugar (@sugar814) May 20, 2023
さすがにあの Wrecking Crew の Howard Roberts さんじゃないよね…、ってことで、この方のことを自分なりに調べてみました。
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Howard Alfred Roberts (1925-2011)
ニュージャージー生まれ、6歳でクリーヴランドに引っ越した Howard A. Roberts (Howard Alfred Roberts) 氏は、ローカルバンドでクラシックやスウィングジャズを演奏し、クリーヴランド音楽大学 (Cleveland Institute of Music) で学士号および修士号を取得したほか、ロバート・ショウ合唱団 (Robert Shaw Chorale) ではアフリカ系アメリカ人として初のテノールソロイストを務めたそうです。
テノール歌手と同時にトランペッターであった Roberts 氏はその後、ライオネル・ハンプトン (Lionel Hampton) や キャブ・キャロウェイ (Cab Calloway) のバンドでトランペッターとして活躍した他、キャブ・キャロウェイやハリー・ベラフォンテ (Harry Belafonte) の音楽監督も務めたそうです。
その一方、舞台俳優・歌手としての活躍も目覚ましく、1952年にはあのガーシュウィンの「ポーギーとベス」の欧州公演で、キャブ・キャロウェイ(スポーティング・ライフ役)と共に出演、ロバーツ氏はロビンズ役を務めたそうです。その公演時のライブ音源が発掘され、2008年にCD化されました。
上述の実況録音の素晴らしさと、なぜ貴重な音源か、については、以下のブログ記事で詳しく説明されていました。
その他、舞台「Shinbone Alley」や「Carmen Jones」など数えきれないほどの舞台に歌手・役者として出演したり、数々のブロードウェイミュージカルで音楽監督や指揮もしていた、という、実に多彩なミュージシャンだったようです。特にコンテンポラリーバレーで有名なダンスカンパニー、アルヴィン・エイリー (Alvin Ailey) で音楽監督を務め、作曲やアレンジを務めました。
意外なところでは、あのセサミ・ストリートの楽曲「Disco D」でのバッキングヴォーカル、なんて仕事もあったようです。
そして Columbia レーベルでは、1963年から1973年まで、Tony Bennett, Diahann Carroll, Aretha Franklin, Rhetta Hughes, Bobby Scott, Barbra Streisand and Simon Estes などさまざまなミュージシャンの録音セッションでプロデューサを務めていました。興味深いことに、特に1966年〜1968年に多くプロデュース作品がみられます。
そんな中に、Miles Davis の Nefertiti での3曲があったわけですね。
このように、亡くなられるまで実に多方面で活躍された方だったことが分かりました。詳しくは以下の各種追悼記事をご覧ください。
Howard A. Roberts on “Nefertiti” album
先ほど上で書いたように、Howard A. Roberts 氏が Columbia でプロデュースした作品は、1963年〜1973年に存在しますが、1966年〜1968年に多くあり、その中でも特に1967年に集中しているように見えます。そんな中に Miles の Nefertiti もあったというわけです。
ジャケ裏には、曲名と、担当プロデューサが併記されています。A-1, A-3, B-1 が Teo Macero プロデュース、A-2, B-2, B-3 が Howard A. Roberts プロデュースとなっています。
“Milestones: The Music and Times of Miles Davis” (Jack Chambers, 1998, Da Capo Press) には、以下のように書かれています。7月19日を「June 19」と間違えて書かれているのはご愛嬌ですが。
つまり、アルバム「Nefertiti」を構成する6曲のうち、1967年6月7日(“Nefertiti”)、および1967年6月22日(“Madness”, “Hand Jive”)が Teo Macero プロデュースで、1967年7月19日のセッション(“Fall”, “Pinocchio”, “Riot”)が Howard Roberts プロデュース、となっています。
Why Teo Macero Not Present on July 19?
そして、1998年に出た10枚組LP BOX “The Complete Studio Recordings Of The Miles Davis Quintet 1965-June 1968” (Mosaic MQ10-177)、および、6枚組CD BOX “Miles Davis Quintet 1965-’68” (Columbia/Legacy C6K 67398) で未発表テイクが一部リリースされ、さらには2016年に出た “Freedom Jazz Dance: The Bootleg Series Vol.5” では、未発表テイクも含めて全セッションの楽曲がお披露目されました。
これらのリリースで公開された Nefertiti 関連音源のセッショノグラフィーは、以下のようになります。
Miles Davis Quintet:
Water Babies (rehearsal)
CO92238-1 Water Babies (take 1, incomplete)
CO92238-2 Water Babies (take 2, incomplete)
CO92238-3 Water Babies (take 3, incomplete)
CO92238-4 Water Babies (take 4, master)
CO92239-1 Nefertiti (take 1)
CO92239-2 Nefertiti (take 2)
CO92239-3 Nefertiti (take 3, false start)
CO92239-4 Nefertiti (take 4, master)
Recorded at Columbia 30th Street Studios, NYC, on June 7, 1967.
Producer: Teo Macero
Recording Engineer: Stan Tonkel
Miles Davis Quintet:
CO92246-8 Capricorn (take 8)
Madness (rehearsal)
Recorded at Columbia 30th Street Studios, NYC, on June 13, 1967.
Producer: Teo Macero
Recording Engineer: Fred Plaut
Miles Davis Quintet:
CO92249-6 Hand Jive (take 6)
CO92249-9 Hand Jive (take 9)
CO92249-11 Hand Jive (take 11, master)
Recorded at Columbia 30th Street Studios, NYC, on June 22, 1967.
Producer: Teo Macero
Recording Engineer: Fred Plaut
Miles Davis Quintet:
CO92250-1 Madness (take 1)
CO92250-2 Madness (take 2)
CO92250-4 Madness (take 4, master)
CO92251-3 Sweet Pea (take 3, master)
Recorded at Columbia 30th Street Studios, NYC, on June 23, 1967.
Producer: Teo Macero
Recording Engineer: Fred Plaut
Miles Davis Quintet:
Fall (rehearsal)
CO92289-1 Fall (take 1, incomplete)
CO92289-2 Fall (take 2, incomplete)
CO92289-3 Fall (take 3)
Fall (insert 1, take 1)
Fall (insert 1, take 2)
Fall (insert 1, take 3)
Fall (insert 1, take 4)
CO92289-5 Fall (take 5)
CO92289-3/5 Fall (take 3 + 5, master)
CO92290-1 Pinocchio (take 1, slow)
CO92290-4 Pinocchio (take 4, fast, master)
CO92291-3 Riot (take 3, master)
Recorded at Columbia 30th Street Studios, NYC, on July 19, 1967.
Producer: Howard A. Roberts
Recording Engineer: Stan Tonkel
これらのうち、“Water Babies” “Capricorn” “Sweet Pea” はお蔵入りし、1976年のアルバム “Water Babies” のA面としてリリースされました。
プロデューサは、7月19日のみ Howard A. Roberts で、残りは全て Teo Macero。
一方、録音エンジニアは、6月7日と7月19日が Stan Tonkel で、残りは Fred Plaut となっています。
Session Date | Producer | Recording Engineer |
---|---|---|
June 7, 1967 | Teo Macero | Stan Tonkel |
June 13, 1967 | Teo Macero | Fred Plaut |
June 22, 1967 | Teo Macero | Fred Plaut |
June 23, 1967 | Teo Macero | Fred Plaut |
July 19, 1967 | Howard A. Roberts | Stan Tonkel |
私はマイルスの超マニアでもなくコレクターでもないので(笑)、具体的なセッショノグラフィーを完全把握しているわけではありませんが、この7月19日の次のコロムビアスタジオでのセッションは、12月4日に Joe Beck を加えたセクステット編成での “Circle In The Round” になります。その間は、クインテットでヨーロッパ巡業をしていたようです。
一方、Teo Macero 氏がこの時期(特に1967年7月)に、どのようなセッションでプロデュースしていたか、していなかったのか。。。は、まだ調べきれていません。プロデューサ視点でのセッショノグラフィーなんかがあったら分かるんでしょうけど、さすがに Teo Macero ほどの売れっ子プロデューサの分量からすると、調べるのが大変そうではあります。
興味深いのは、当時 Teo Macero がプロデュースしていた Columbia 所属のアーティストのうち、「録音年月日(少なくとも録音年月)を特定できたもの」を比較してみると、確かに1967年7月にプロデュースした作品がみあたりません。もちろん、これが全てではないでしょうから、正確なところはわかりません。
- マイルス・デイヴィス (Miles Davis)
- 上述の通り、1967年6月23日のセッションが Macero プロデュースの最後
- 次の Macero プロデュースは 1967年12月4日 “Circle In The Round”
- チャーリー・バード (Charlie Byrd)
- 1967年6月に “Sketches Of Brazil (Music Of Villa-Lobos)” (Columbia CS-9582) 用セッション
- 次は1968年の “Hip Trip” (Columbia CS-9627)
- デイヴ・ブルーベック (Dave Brubeck)
- 1967年5月12〜14日にパリのジャズフェスティバルでライブ録音し “Bravo! Brubeck!” (Columbia CS-9495) に
- 次は1967年8月にコネチカット州ウィルトン録音の音源がのちに “Summit Sessions” (Columbia C30522) に入るが、録音に立ち会っていたかどうかは。。。
- アート・ファーマー (Art Farmer)
- 1967年6月7日に “Plays The Great Jazz Hits” (Columbia CS-9546) 用セッション
- これが Columbia における最終録音
- ウッディ・ハーマン (Woody Herman)
- 1967年3月23日、ニューヨークの The Riverboat ライブ音源が “Woody Live East And West” (Columbia CS-9493) に収録
- これが Columbia における最終録音
- ロイ・メリウェザー (Roy Meriwether)
- 1967年4月29日、ワシントンDCの Bohemian Caverns ライブ音源が “Soul Invador” (Columbia CS-9544) に収録
- 次は1967年8月8日に “Respect c/w Alfie” (Columbia 4-44318) シングル録音
My Two Cents?
なんとなく、ですが、Teo Macero の手が離せなかった、とか、体調を崩していた、とか、雑多なセッションで大忙しだった、とか、ともかくなんらかの都合があって、当時 Columbia でいろんな作品で手堅いプロデュースをこなしていた Howard A. Roberts 氏に代理を頼んだ、とか、その辺りを想像します。そして、Howard A. Roberts 氏は、基本的に Teo Macero 氏が過去に Miles をプロデュースした作品群の雰囲気から大きく離れることなく、手堅くセッションをプロデュースした、とか。
しかし、Miles Davis をさしおいて、他のマイナーアーティストのセッションを優先する、なんてことは、さすがに考えにくいでしょうから、なにか已むを得ない理由があったんでしょうね。
この辺りの事情や、エピソードをご存知の方がいらっしゃたら、ぜひ教えてください。
Digression
ほとんど参考になりませんが、こんなのも見つけました。Teo Macero プロデュース、バックコーラス指揮 Howard A. Roberts という、The Banjo Barons というグループの “Songs From The Hit Musical George M!” というアルバムです。1968年リリースで、録音年月日は分かりません。
ところで、John Coltrane が逝去した のは 1967年7月17日。ニューヨークの St. Peter’s Lutheran Church で執り行われた Trane の葬儀 は1967年7月21日。Howard A. Roberts プロデュースの7月19日セッションは、ちょうどこの間にあたります。関係あったりするんですかね。。。