NOTE to non-Japanese readers:
This article — a deep dive into the history of Mercury’s injection-molded styrene LP records — is written only in Japanese, except the conclusion and summary part (also written in English). Or you may read the entire page with the help of the “Translate to English” feature on many modern web browsers, although I’m not sure if my entire Japanese sentences are translated into English correctly and properly.
第1回、第2回、第3回、第4回、第5回 に続き、戦後のレコード製造工程や原材料の歴史を改めて調べてみた、そんな記録です。
Shelley Products 社によって1940年代末に市場に投入され、一時期は Columbia が開発・実用化・普及に向けて積極的に投資していたスチレンの射出成形法は、LP盤製造では結局は主流とはならず、米国で45回転盤用としてのみ浸透したことを学びました。
また、21世紀に入って、サステナビリティの観点から再び射出成形法が見直され、スチレンではなくリサイクルインフラが整ったPET盤が製造販売されていることを知りました。
最終回となる今回は、もともとレコード製造方法や原材料の歴史を調べるきっかけとなった、Mercury の廉価スチレン製LP盤 について、さまざまな角度から調査してみました。
改めて、今回の一連の調査のきっかけを与えてくださった @zmuku さんに感謝いたします。
手持ちの10インチ盤が同じような質感です。ランアウトのスタンプが凹凸が深い感じです。ついでにジャケット裏面も。 pic.twitter.com/BfgpvnHSMz
— muku (@zmuku) September 15, 2024
プレス工場を特定できる決定的な情報はまだ得られていませんが、レーベルやジャケ裏に印刷されている3本線マークの由来と意味について、非常に妥当な仮説を立てることができた気がします。
Contents / 目次
はじめに(Mercury 系の3本線入り廉価リリース)
3本線マークが入った廉価盤っぽい Mercury レーベル系ですが、この3本線マークが現れるのは12インチLPのみで、10インチLPで見かけたことはありません。
3本線マークは、ジャケ裏の下部、そしてレーベル面の上部に現れるのがほとんどです。ジャケ裏も、レーベル面も、あとからこの3本線マークを追加印刷されたようにはみえず、最初から印刷されているようにみえます。
もしそうであるならば、すでに製造した余剰在庫処分ではなく、最初からこのマーク入りでジャケもレーベル紙も製造したことを表していると考えられます。
さらに、手持ちの盤およびオンライン上の写真などから判断すると、3本線マーク入りは、1958年またはそれ以前に既発の12インチLPアルバム、さらにモノーラル盤のみに限られているように思われます。1959年およびそれ以降に新譜として出た盤で、この3本線マークがある盤を目にしたことがないのです。
これらのことから、おそらくは 1958年頃に集中してリリースされた、なんらかの廉価再発盤の印ではないか と考えられますが、実際のところはどうでしょうか。
限られた情報を精査しながら、可能性が高い説、論理的整合性がある説、を探っていくことにします。
手元の対象盤をよく観察してみる
我が家にあるコレクションを数えてみると、3本線入りは手元になんと30枚程度ありました(笑) これらをよく観察してみるところから始めます。
上述の通り、該当する盤は、全て 1950〜1958年に新譜リリースされた Mercury および EmArcy のモノーラル12インチLPばかりです。
ジャケットの特徴
まず、3本線入りジャケの 表はラミネートなしの場合が多い です(一部ラミネートありのジャケも確認済)。これは廉価盤ゆえコスト削減目的と考えられます。
裏ジャケの3本線が印刷されている位置 は、概して左下が多いようです。
しかし、実は3本線の位置はアルバムごとにバラバラで、裏ジャケ下部の空いているところに配置されているように見えます。
この裏ジャケの3本線が、最初から裏ジャケ全体と一緒に印刷されたものなのか、すでにストックされていたジャケに追加で印刷されたものなのか、判断が難しいところです。
ただ、3本線マーク自体のインクの濃さと、裏ジャケ全体のインクの濃さが同じであり、あとからこの3本線マークを追加印刷されたようにはみえません。
また、3本線入りのジャケは、それぞれのオリジナル盤のジャケにくらべて、微妙に紙質が異なるものが多いように感じられます。
よって、既存の裏ジャケに追加印刷したのではなく、3本線マーク入り再発を出すタイミングで裏ジャケを印刷し直した可能性が高そうだと思われます。
盤自体の特徴
最も異なるのが、盤そのものに表れている特徴です。
3本線入りのほとんどの盤は、当時の Mercury のレギュラーヴァイナル盤とは異なる質感です。レコードの端を軽く爪弾くと、ヴァイナル盤のような鈍い音とは異なり、少し高い響くような音がします。
まず、レコードの両端を手のひらで持って、レコードをゆすってみても、通常のヴァイナル盤より硬質なため、ほとんどたわむことがありません。
これらの特徴は、典型的な スチレン盤 の特徴であり、多くのサイトでもスチレン盤を識別するための方法として紹介されているものです。
また、レコードの最外周のリードイン部分の盛り上がり、すなわちグルーヴガードとなっておらず、いわゆる フラットエッジ です。なかには、エッジ部分だけがほんの少し鋭利に盛り上がっている盤もあったりしますが、いかにもスタンパーをセットした金型のすき間が表れているかのようです。
レコードの縁(エッジ)部分の仕上がりも、通常の圧縮成形ヴァイナル盤のようになめらかな質感では全然なく、ザクっとした荒い仕上がりのものが多いようです。さらに、縁を指で1周なでてみると、かならずどこかに「バリ」(burr) を切り取ったような跡が感じられる箇所があります。
つまり、圧縮成形盤のようにプレス後に回転させエッジトリムされたのではないことを示していると考えられます。
ここまでは、まさに 射出成形スチレン盤そのものの特徴 と合致します。
レーベルの印刷
続いて、レーベルをみてみます。
Mercury、EmArcy ともに、レギュラーレーベルと同一デザイン(EmArcy はドラマーレーベルではなく、Mercury/EmArcy 楕円レーベルですが)にみえ、レーベル上部に3本線が追加 されています。
ただし、そのアルバムが最初にリリースされた時のファーストプレスのレーベルと比較すると、楽曲名やクレジット表記のフォントが異なり、その多くが大文字 (Capital Letters) のみが使われているタイプです。
レーベルの深溝 (DG) と段差
一方、レーベル面をよく見てみると、深溝 (DG, Deep Groove) があることが分かります。射出成形の場合、レーベル紙は通常、レコード成形後に別工程で貼り付けるとされていますので、深溝は出来ないはずですから、これは本当に不思議です。
深溝 (DG) の幅は、広いものから狭いものまでさまざまです。A面とB面で深溝 (DG) の幅が全く異なる盤まであったりします。
また、多くの盤で、深溝 (DG) の角はザラザラしており、レーベル紙がこすれたり破れたりしているような断面になっているのが確認できます。
また、レーベル上には深溝 (DG) のほか、スピンドル付近に 段差 のようなリングも見られます。この段差は1950年代末頃の Mercury 系のヴァイナル製レギュラー盤では見られないものです。
マトリクスの特徴
最も興味深いのが、刻印や手書きによる マトリクス です。
メインとなるマトリクス(デッドワックス部分に記録された刻印または手書きの情報)は、本当にバラバラです。
RCA Victor Indianapolis プラント用のマトリクス、MGM Bloomfield (MGM Custom Pressing Division) プラント用のマトリクス、Mercury Richmond プラント(当時は National Record Pressings, Inc.)用のマトリクス、出自不明な手書きマトリクス、など、さまざまです。
同じ盤のA面とB面であっても、これらが混在していることも珍しくありません。
つまり、いろんなプレス工場でレギュラーヴァイナル盤製造用に作られたメタルマザー(またはスタンパー)を流用した、ということなのでしょう。
そして、これらに共通しているのは、ごく一部の例外を除いて、そういったメインのマトリクスの他に、手書きで「FF-S」(FF = F の重ね書き)というマークが追加 されていることです。
「FF」という手書きマークは、1950年代末〜1960年代前半の Mercury のレギュラーヴァイナル盤でもよく見られますが、「FF-S」というのは、ほぼまちがいなくスチレン製LP盤のみに登場します。
末尾の「-S」がスチレン (styrene) の S を表している 可能性はありそうですね。
まだ調査中で、真偽は不明ながら、「FF」マーク自体は Fine Recording でマスタリングされた印である、という説があります。ちなみに、C.R. Fine 氏のご子息である Tom Fine さんに質問したことがあるのですが、彼はこのマークについてなんの情報も持っていませんでした。
その Tom さんも協力した、Preservation Sound サイトの記事「Fine Recording Inc: Pioneers in High-Fidelity Studio Recording」によると、Fine Recording, Inc. がスタートしたのは 1957年で、当初はミキシングやマスタリング(カッティング)のみを行なっていたそうです。Fine Recording のスタジオで最初に録音が行われたのは1958年夏とのことです。
ですので、もしかしたら、「FF-S」マーク入りの Mercury スチレン盤用ラッカーは、Fine Recording の凄腕エンジニアによってカッティングされたのかもしれません。もしそうだとすれば、本当にイヤイヤながらの作業だったのではないでしょうか(笑)
とはいえ、先述の通り、さまざまなプレス工場用のスタンパーを再利用しているようですので、単に「射出成形スチレン用」という印として「FF-S」を書き込んだ可能性が一番高そうです。だとすると、凹型に書き込まれているので、既存のメタルマザーに追加で「FF-S」を書き込み、それを元に作られたスタンパーでプレスされた、ということになるのでしょう。
射出成形盤なのに深溝 (DG) がある不思議を考える
盤の質感はいかにもポリスチレンだし、レコードの縁の特徴はいかにも射出成形なのに、レーベル上に深溝 (DG) がある。
あとからレーベル紙を貼り付けるのではなく、成形時にレーベル紙をセットする、そんな射出成形法が存在していたのでしょうか?
Merury の3本線廉価盤は、どのような製造方法で作られたものなのか、本稿第2回〜第5回でみてきた、過去の記事やインタビューを再度確認してみましょう。
Mercury は1950年頃から射出成形盤を製造・販売していた
そこで思い出すのが、本稿第3回で紹介した Shelley Products 社プロダクトマネージャ Joe Dreyhaupt 氏へのインタビュー で触れられていたエピソードです。
Fascinatingly, Joe Dreyhaupt remembered being told by Galehouse that in developing the automatic injection molded idea, he worked “in collusion with somebody from Mercury Records who was trying to do the same thing.” It could possibly have been Irving Green, “but Clark had a falling out with them [Mercury].”
素晴らしいことに、(Shelly Products プラントマネージャの) Joe Dreyhaupt 氏は、(Shelly 創業者の) Galehouse 氏から言われたことを記憶していた。それは「同じようなこと(射出成形によるレコード製造)をやろうとしていた Mercury Records の誰かと結託して進めていた」というものであった。Mercury の誰かとは、おそらくは Mercury 創業者の Irving Green 氏の可能性もあるが、同時に「Mercury とは結局喧嘩別れした」とも言っていたそうである。
“Record Makers and Breakers”, John Broven, University of Illinois Press, 2009, pp.382-384つまり、かなり早い時期に Shelley Products 社と共同で進めていた(が、のちになんらかの理由で喧嘩別れした)Mercury が、自社で射出成形スチレン盤製造を行っていたということでしょうか?
同じく 本稿第3回で紹介した The Billboard 1950年11月4日号掲載記事 の中では、メジャー/準メジャーレーベルの中で唯一 Mercury だけが射出成形盤を製造している、と伝えていました。
Other companies are said to own injection molding machines, but none of the type designed specifically for platter manufacture. Victor and Decca admit to experiment and investigation in the process; Mercury has already turned out some LPs by the new process.
他社も射出成形機を所有していると言われているが、レコード製造専用に設計されたものではない。Victor と Decca は、射出成形で実験と調査を行なっていることを認めている。また Mercury はすでに、この新しい製造方法で一部の LP 製造を行なっている。
“Columbia Gearing To New Injection Molds”, The Billboard, November 4, 1950, p.16 & 24本稿第4回で紹介した The Billboard 誌の記事 でも、大手インディー(準メジャー)の中で Mercury のみ射出成形盤を製造している、というくだりがありました。
One engineer, with an indie pressing plant, stated, “Even if injection LP’s are not as perfect now quality-wise as compression LP’s, it is only a matter of time until the injection LP is the equal of the other.” And altho no other major, and few large indies — except Mercury — are turning out injection 45’s and LP’s, they all have one or two injection machines which they are using for test injection platters.
独立系プレス工場のあるエンジニアは、「射出成形LPは、品質面で圧縮成形LPほど完璧ではないとしても、同等の品質になるのは時間の問題だ」と述べた。また、大手レーベルや大手インディーレーベル各社は、射出成形45回転盤やLPをリリースしていない(ただし Mercury を除く)が、どの会社も1〜2台の射出成形機を所有しており、テスト製造に使用している。
“Revolution in Manufacturing II”, The Billboard, January 23, 1954, p.13 & 16手元の Mercury 10インチ LP の多くもスチレン盤だった!
これらのことから、Mercury は他のメジャー/準メジャーレーベルに先駆け、1950年頃から射出成形 LP をリリースしていたように読めます。
そこで、手持ちの Mercury 10インチ LP を確認し直してみると、スチレン製の特徴を備えた盤がかなり存在していることに、改めて気付きました。以下の MG-25079 はその一例です。
また、Mercury 10インチ LP 最初期のリリースの1枚、“Latin-American Rhythms / Machito” (Mercury MG-25009, 1949) は、なぜか手元にヴァイナル盤とスチレン盤と2枚ありましたので、両者の違いを確認できます。
マトリクス刻印、およびレーベル紙自体は同じに見えます。一方、レコードの縁(ふち)の質感が全く異なるほか、スピンドル近辺の段差にも違いがあります。また、レコードを指で爪弾くと、スチレン盤の方が響くような甲高い音がします。
スピンドル近辺の段差の存在は、1958年頃リリースの3本線マーク入りスチレン盤と同様なのですが、この最初期10インチスチレン盤では、高熱で変質したかのようなザラザラとした状態になっているものが多く見つかります。
レーベル込みの射出成形法など存在したのか?
さて、Joe Dreyhaupt 氏のインタビューに戻り、Shelley での射出成形機の動作原理を解説する箇所を読んでみます。
The mechanics of the prototype injection-molding machine at Shelley Products, as well as the early trials and errors, were described by Dreyhaupt.
Shelley Products 社で試作された射出成形機の仕組みや初期の試行錯誤について、Dreyhaupt 氏が解説をしてくれた。
The labels were impressed into the records. Then, hydraulically, pins would move up and puncture the center of the record, it would retract, and the mold would open. A great big air-operated retriever arm would come in with four suction cups on it, pick up the four records, [and] bring them out. That was the theory: you’d drop four records in four separate boxes. With the very first machine, it didn’t work too well. It was kind of clumsy operation; it was slow. It was hard to control the molding process — it made a lot of rejects — but it lent itself very well to 45s, finally.
レーベル紙はレコードに押し付けられ、その後、油圧でピンが動き、レコードの中央に穴を開けると、ピンは引っ込み、金型が開く。 大きなエア駆動のリトリーバーアームが4つの吸盤を付けて入ってきて、4枚のレコードを取り出す。それがセオリーだった。4枚のレコードを4つの別々の箱に入れる。最初の機械はあまりうまくいかなかった。動作が不器用で、遅かった。成形工程をコントロールするのが難しく、不良品がたくさん出た。 “Record Makers and Breakers”, John Broven, University of Illinois Press, 2009, pp.382-384
この説明は、45回転盤の製造工程についてなのかもしれませんが(「4枚のレコードを取り出す」とあるので、1度に4枚同時成形 = 45回転盤の可能性が高い)、射出成形前に金型にレーベルをセットしておく製法があった可能性もゼロではないのかも、と思ったりしました。
あるいは、プレス後にレーベルがセットされ、例えば再度熱を加えながら再度押し付ける、そんなレーベル貼付機の説明なのかもしれません。もしそうなのであれば、射出成形スチレン盤であっても、レーベル上に深溝 (DG) や段差があってもおかしくはありませんね。
残念なことに、圧縮成形のようなレーベルの特徴を持った射出成形盤に関する、そんな重箱の隅をつつくような(ほとんどの人にとってどうでもいい)情報なんて、当時の業界誌を探しても見つかりませんでした。
おそらくは、当時のプレス工場の作業マニュアル、あるいは、プレス機の製造元が作成した操作マニュアル、といったようなものが見つからないと、分かりようがないかもしれません。そういった資料はほぼ間違いなく廃棄されているでしょう。
それに7〜80年前のことですから、当時の現場を知る方でご存命の方は、もうほとんどいらっしゃらない可能性が高く、確認するすべがなさそうです。
推測と暫定的な仮説: 射出成形スチレンだがレーベル圧着?
よって、断定は出来ませんが、Mercury の3本線入り廉価リリースについては、以下のいずれかではないかと考えています。
- 実は圧縮成形スチレン盤だが、プレス後にレコード縁のトリミングが不要な製法で作られたもの?
- そのような製造法は知られていない
- 通常の圧縮成形プレス機を使うため、もしそのような製法があったならば、ヴァイナル盤でも行われていたはずだが、そのような盤は確認されていない
- このような射出成形法が存在していたのならば、他のプレス工場でも採用されていてもおかしくないはずだが…(コストの問題?)
- そして、なぜ Mercury はレーベル紙を単純に貼り付ける方法をとらなかったのか?(Mercuryも相当にコストコンシャスだったはず)
- このようなレーベル圧着法が存在していたのならば、他のプレス工場でも採用されていてもおかしくないはずだが…(コストの問題?)
- そして、なぜ Mercury はレーベル紙を単純に貼り付ける方法をとらなかったのか?(Mercuryも相当にコストコンシャスだったはず)
個人的には、(2) か (3) のいずれかではないか、そして (3) の可能性がより高い、すなわち 射出成形盤、かつ、深溝や段差がつくようなレーベル圧着方法が使われた と考えています。
なぜなら、Mercury の深溝 (DG)・段差ありスチレン盤においては、深溝部分だけ仕上がりが非常に雑になっているものが多いからです。また、1950年代初頭の最初期スチレン製10インチLP盤では、スピンドル付近が高熱で変質したような跡が多くみられるからです。
仮説ですが、例えば、射出成形後に別途自社制作で用意された自動レーベル圧着機のようなものがあった、しかもそれは、圧縮成形機用のスタンパー固定センターピン(深溝が由来する箇所)の古いものを流用したのかもしれない。
そう考えると、先に見たような、A面とB面で深溝の幅や形状が異なる盤についても、納得がいきます。
なぜなら、射出成形機より圧倒的に小規模な機械である可能性が高いですし、レーベルが剥がれないようにしっかり圧着するのが目的であって再生音質には影響がない部分のため、細部にこだわる必要ががなかったと考えられるからです。
そして、1950年代初期のレーベル圧着技術では、スピンドル近辺に加熱圧着時の変な跡が残ってしまったが、1958年以降のMercuryスチレン盤におけるレーベル圧着においては、そのような不良はほとんど目立たなくなっていた、ということなのかもしれませんね。
いずれにせよ、決定的な情報が見つけられていない現時点では、全てはあくまで暫定的な仮説ですが。
なお、1950年代〜1960年代にかけて、Columbia の廉価レーベル Harmony、Liberty の廉価レーベル Sunset、他にも多くのマイナーレーベルがスチレン製LP盤をリリースしていましたが、メジャーレーベルとして廉価盤ではなくスチレン盤をリリースしていたので有名なのは、米 Decca でした。
該当する盤を所有していないため、射出成形なのか圧縮成形なのか断定はできませんが、Mercury の廉価リリースと同様、スチレン盤レーベル上に深溝 (DG) が認められる、ただしスピンドル付近の段差はない、という不思議な例です。
Mercury のスチレン盤は、1950年初頭はレギュラー盤の1種として、そして1958年頃からは廉価盤としてのリリースに限られていました。一方、U.S. Decca の場合は、1950年代中頃からレギュラー盤の1種としてスチレン盤が大量にリリースされていたようです。
これも、Mercury の3本線リリースと同様、射出成形なのか圧縮成形なのか、なんとも判断ができませんが、おそらくは射出成形なのでしょう。なにか決定的な当時の資料、または言及する記事が見つかればいいのですが、Mercury 同様、非常に期待薄です。
最後に、(オーディオレビューで有名な)Positive Feedback 上で、American Decca のスチレン盤について書かれた Robert Pincus 氏によるレビュー記事をたまたま見かけました。米 Decca スチレン盤の音質の優秀さに触れつつ、Mercury のスチレン盤が劣っていたことを記す箇所を引用します。オーディオ系の記事で、スチレン盤について書かれる、しかも好意的に書かれたものというのは、確かに滅多にみかけないでしょう。
Styrene was used to cut the cost of making records, and most of the record companies avoided it. Styrene’s reputation is not a good one, so this is probably the only place where you’ll read its praise.
スチレンの使用は、レコード製造時のコスト削減のためであったし、多くのレコード会社は使用を避けていた。スチレンの評判はよくないため、この記事がスチレンを称賛するおそらくは唯一のものだろう。
Styrene breaks like shellac if you drop it, but if you treat it with respect the excellent Decca sound is rewarding. When I’ve compared Deccalite pressings to the subsequent vinyl pressings of the same title, the Deccalites usually have better bass, and a faster and cleaner midrange. The dynamics and the decay are also better. Pianos and the lower pitched strings benefit the most from Deccalite. It allows the bottom end power of a piano to come through cleaner, and plucked strings simply sound more like the real thing.
スチレン盤は落とすとシェラック盤のように割れてしまうが、丁寧に扱いさえすれば Decca の素晴らしい音が楽しめる。Deccalite(スチレン盤)、および同一タイトルのヴァイナル盤を比較すると、Deccalite の方が低域が優れ、俊敏かつ美しい中音域が聴ける。ダイナミクスと減衰も優れている。Deccalite の恩恵を最も受けるのはピアノと低域弦楽器である。ピアノの低音域のパワーがより美しく伝わり、弦を弾く音はより本物らしく聴こえる。
Other labels pressed styrene records during the same era, but nobody pressed them with better results than American Decca. Columbia’s House Party 10″ records were pressed on styrene, and the few that I own sound excellent. However, Mercury’s use of styrene wasn’t as successful. Although the LPs benefited from the solid bass and clean midrange of styrene, the Mercury styrenes had mild breakup on vocals. I always hear a little bit of grunge at the very top of a singer’s voice, as demonstrated by Vic Damone and Helen Merrill.
同時代(1950〜1960年代初頭)に他のレーベルもスチレン盤をプレスしていたが、U.S. Decca ほど良い結果を出したレーベルはなかった。Columbia の House Party シリーズ10インチLPはスチレン製であり、私が所有している数枚の音質は優れている。しかし、Mercury によるスチレンの使用は成功とは言えなかった。確かに、しっかりした低音と美しい中音域というスチレンの恩恵を受けてはいたが、(Mercury の)スチレン製LPではヴォーカルの音が割れていた。Vic Damone や Helen Merrill(のスチレン盤)などで、常にヴォーカルの最高域で少しビリつく(サチる)ように聴こえることを実際に確認した。
“Bill Snyder -Themes Of Distinction from Great Motion Pictures”, Robert Pincus,Positive Feedback, Issue 132 (March-April 2024)
再び現物確認、例外を精査中に発見したこと
物事にはすべからく例外事項があるものです。
手持ちの盤を次々調べていくうちに、3本線マーク入りだけどヴァイナル盤、逆に3本線マークなしだけどスチレン盤、という例が見つかりました。
それらを確認中、20年前に確認・認識していたはずの情報に改めて気づき、びっくりしました。
3本線のある Mercury 圧縮成形ヴァイナル盤は存在する?
3本線があるのに、スチレン盤ではなくヴァイナル盤 という Mercury LP が、手元には2枚ありました。
“Songs by Anna Maria Alberghetti” (Mercury MG-20056, 1955) の3本線マーク入り、そして “With All My Love / Manny Albam” (Mercury MG-20325, 1958) の3本線マーク入りで、これらも1958年頃のリリースと思われます。
グルーヴガードあり、盤のエッジはなめらか、爪弾くと鈍い音がする、盤をゆするとたわむ、などから、スチレン盤ではなく、ヴァイナル盤であることが確認できます。
MG-20056 の A面は Mercury Richmond プラント用のマトリクス、B面は RCA Victor Indianapolis プラント用のマトリクスで、A面には手書きの「FF」マークが追加されています。上で推測した通り、スチレン盤を表しているであろう手書き「FF-S」マークではありません。
A面とB面のマトリクスのパターンが異なることから、RCA Victor Indianapolis プラントでレギュラーヴァイナル盤製造用に作られたメタルマザー(またはスタンパー)を流用して、Mercury Richmond プラントでプレスされた廉価盤、という可能性が高そうです。
3本線のない Mercury 射出成形スチレン盤は存在する?
今度は逆に、廉価再発スチレン盤と同様の特徴を持っているが3本線入りレーベル/ジャケではない、そんな Mercury 系のリリースも手元に数枚あることを思い出しました。これらは、3本線入りの盤と同時期に製造されたと思われます。
まず1枚は、もう手元には残っていないのですが、20年以上前にスキャンした画像が残っている、あの名盤 “Clifford Brown and Max Roach at Basin Street” (EmArcy MG-36070, 1956) の廉価再発盤で、なぜかレーベルは黒の小ドラマーです。
このアルバムは、内容もさることながら、1956年6月26日の自動車事故による Clifford Brown の夭折もあり、1956年暮れには大ベストセラーとなっていました。そのため、スタンパー番号が「8」というすごいことになっているものと思われ、さらに後年その使い古したスタンパーを廉価盤用に流用したのではないでしょうか。
マトリクスは、RCA Victor Indianapolis プラント用のもので、やはりバッチリと手書き「FF-S」マークが追加されています。この盤のA面は特に聴くに耐えないレベルのひどい音(笑)だったことを強烈に覚えています。特にA面が何度も再生され、スチレン盤が故に摩耗による劣化が早かったのでしょうか?
手元にあるもう1枚は、“Banjo on My Knee / John Cali” (Mercury MG-20152, 1956) の再発盤です。裏ジャケにも、レーベルにも、例の3本線は入っていませんが、盤やレーベルの特徴から、射出成形スチレン盤であることが確認できます。
で、この盤のデッドワックスのマトリクス情報を改めて確認してみると… おや?
なんと、今回の調査と非常に関係のある手書きマークではないですか。この盤を入手した2003年に目にしてメモしたはずなのに、当時はレコード製造方法についてほとんど知見がなかったため、見逃していたようです。
3本線なし射出成形スチレン盤に「INJ」手書きマークがあった!
あまりに衝撃的すぎたので、スキャンだけではなくて、接写した写真も撮ってしまいました(笑)
1950年代末頃の Mercury スチレン盤では、通常「FF-S」という手書きマークがあるところ、なんと、ご覧の通り、この盤にはご丁寧にも「INJ」と追加されているのです。どう考えても この「INJ」とは、「Injection Molding」すなわち「射出成形」を表しているはず ですよね。
我が家にある大量の(笑)Mercury LP の中で、この特徴を備えたものはこれ1枚しかありません。オンラインでも見たことがありませんので、かなり例外的な盤であることは間違いなさそうです。
再び推測: この MG-20152 スチレン盤のマトリクスの意味
推測ですが、この MG-20152 スチレン盤は、Mercury が 1958年頃から廉価再発盤用として、射出成形スチレン盤製造を本格的に再開した際の最初期のバリエーションだったのではないでしょうか。
例えば、Mercury が3本線入り射出成形スチレン製廉価再発盤を出し始めた際、最初はわざわざ「FF-S INJ」と手書きしてみたものの、毎回書き込むのが大変だし、射出成形盤はスチレン製に決まっているから、「-S」があるなら「INJ」を書き足す必要がない、そんな風に「FF-S」だけに落ち着いた、などと考えられそうです。
3本線入り射出成形スチレン盤は豊富に存在するのに、3本線が入っていない射出成形スチレン盤が極端に少ないこと。そして、「FF-S」というスチレン盤を表していると思われる手書きマークは多くの盤で確認できるのに、この「INJ」入りの盤はほとんど見たことがないこと。これらの事実とも整合性があると考えます。
灯台下暗し、3本線マークの由来を発見
となると、次は、3本線マークそのものの由来、そして意味、について調べたくなります。
すると、なんで今まで気づかなかったんでしょうか、見慣れたあのマークそのものだったのです…
1958年5月、Decca から Richmond プラントを買収
1958年当時の Mercury で大きなイベントといえば、それまでは RCA Victor Indianapolis プレス工場、および MGM Custom Pressing Division(MGM Bloomfield)プレス工場への委託を行なっていたのを改善すべく、インディアナ州リッチモンド (Richmond, IN) に自社プレス工場を構えた ことでした。
この Mercury Richmond プレス工場 は元々、1939年〜1957年に操業していた歴史ある工場、Decca Records Pressing Plant でした。1958年5月、Mercury が Decca からこのプレス工場を買取り、社名を National Record Pressings, Inc と変更しました。
The Billboard 1958年5月5日号の記事「Merc Buys Decca Plant in Midwest」がそのことを伝えています。
ちなみに、同工場はのちに、1961年に Mercury が Philips 傘下となるタイミングで、社名を Richmond Record Presings, Inc. に変更、さらに1966年からは Mercury Record Manufacturing Company と変更されました。
1958年6月、休止していた Wing レーベルを廉価盤専用として復活
同年の Mercury にとってもう1つ大きなイベントは、廉価盤専門傍系レーベルの立ち上げです。
本稿第3回で紹介した、The Billboard誌1958年3月31日号の記事「Low-Priced LP Lines Boom, Rack Up $50 Million in ’57」 では、廉価盤LPがブームとなり、廉価盤専門レーベルが大量に登場したほか、メジャーレーベルも次々に廉価盤用傍系レーベルを用意するだろう、と記されていました。
そして、Richmond プレス工場買収の記事が掲載されたのと同じ 1958年5月5日号には、Mercury がかつて立ち上げた(しかし2年弱で休止した)傍系レーベル Wing を、$1.98 の廉価盤LPシリーズ専用として復活させる、という記事「Mercury Hypes Wing for $1.98」が掲載されました。
CHICAGO — Mercury Records last week fell In with the trend to $1.98 LP packages with the reactivation of the Wing label as the name of its new low-price line.
シカゴ発 — Mercury Records は先週、1ドル99セント LP パッケージの流れに乗り、Wing レーベルを新たな低価格ラインのブランドとして復活させた。
A dozen packages are due for shipment to distributors June 10 for the label’s maiden release. Wing will be handled thru the Mercury distributor organization at standard discount structure. and will be merchandised thru retail record shops as well as thru novelty chains, department stores. drugstores supermarkets and other rack-jobbing outlets.
このレーベルの初リリースとして、6月10日に12枚のパッケージがディストリビュータに向けて出荷される予定である。Wing は Mercury のディストリビュータ組織を通じて、小売レコード店、ノベルティチェーン店、デパート、ドラッグストア、スーパーマーケット、その他ラックジョバー(カテゴリーベンダー)などで、標準的なディスカウント価格で販売されることとなる。
“Mercury Hypes Wing for $1.98”, The Billboard, May 5, 1958, p.10Wing レーベルの歴史をおさらい
Wing レーベルは元々、1955年6月にシングル盤専門の傍系レーベルとしてスタートしました。当時は主に R&B 系のリリースが多く、Mercury の R&B 系の A&R、および EmArcy Jazz 系の A&R を担当していた Bob Shad 氏が Wing の A&R も兼務しました。シングル盤(45回転/78回転)は、90000番台が使われました。
1955年12月にはLPのリリースも開始、R&B / ポピュラー / イージーリスニング系には 12000番台が、ジャズ系には 60000番台が、それぞれ割り当てられました。
しかし、その数ヶ月後、Wing レーベルは R&B および R&R のみに注力し、その他のジャンルの所属ミュージシャンは Mercury に移籍することとする、という記事「Wing Label to Focus On R&B and R&R Beat」が、1956年3月3日号に掲載されました。
このため、オリジナル Wing レーベルの LP は、ポピュラー系が MGW-12000 から MGW-12007 の8枚、ジャズ系が MGW-60000 から MGW-60005 の6枚で終わることとなりました。
さらにその5ヶ月後、1956年7月28日号には、Wing は R&R もやめ R&B 専門レーベルとする、と伝える記事「Wing Label to Stay Strictly On R&B Line」が掲載されました。
この決定により、1956年7月8日にリリースされたシングル盤 (Wing 90084 / 90084×45) を最後に、実質的にシングル盤リリースもフェードアウトしてしまいました。
オールジャンルの Mercury レーベル、ジャズ専門の EmArcy レーベル以外に、R&B 系列を別レーベルとして持つことのメリットがあまりない、と判断されたのかもしれません。
3本線マークは、Mercury/Wing ロゴの一部だった!
そして、約2年間の休眠を経て、1958年6月に、廉価盤リリース専用傍系レーベル、Mercury/Wing として生まれ変わりました。
廉価盤としての Mercury/Wing の最初のアルバムは、“Let’s Get Together / Richard Hayman and His Orchestra” (Mercury/Wing MGW-12100, 1958) でした。
あ…。Mercury/Wing のロゴの中に、例の3本線マークがある じゃないですか…。
なぜ、30年近く前に初めて Mercury 盤を買ってから、今の今まで気づかなかったんでしょう、自分…。情けなさすぎます…
最初期 Mercury/Wing はヴァイナル盤だった?
ところが、です。この1958年6月にリリースされた、最初期の Mercury/Wing 廉価盤は、どうやら必ずしもスチレン盤ではなかったようなのです。
上で紹介した “Let’s Get Together / Richard Hayman” (Mercury/Wing MGW-12100) は、手元にある盤はまごうことなきヴァイナル盤です。“Make Mine Manhattan / D’Artega and His Coliseum Pop Orchestra” (Mercury/Wing MGW-12101, 1958) も手元のはヴァイナル盤でした。
“Dance Date! / Buddy Morrow and His Orchestra” (Mercury/Wing MGW-12102, 1958) と “Frankie Laine Sings All Time Favorites” (Mercury/Wing MGW-12110, 1958) は、手元にあるのはヴァイナル盤でした(共にスチレン盤の存在も確認済)。“Erroll Garner Moods” (Mercury/Wing MGW-12134, 1958) もヴァイナル盤でした(スチレン盤の存在も確認済)。
“Late Late Show / Dinah Washington” (Mercury/Wing MGW-12140, 1958) 、そして “Miyoshi (Singing Star of Rogers and Hammerstein’s Flower Drum Song) / Miyoshi Umeki” (Mercury/Wing MGW-12148) で、やっと見慣れた(?)スチレン盤と対面しました(こちらはヴァイナル盤の存在は未確認)。
Mercury/Wing 廉価リリースは、さすがに手持ちの盤やバリエーションが少なすぎて、十分なサンプル数を確保できないため、確実なことは言えません。
ですが、1958年6月当初の Mercury/Wing レーベルは、必ずしもスチレン盤で製造していなかったが、スチレン盤でのリリースへと置き換わっていった、そんな可能性は考えられそうです。
更に付け加えるならば、Mercury でのスチレン盤LP製造は、おそらくは1960年代初頭には終わったようで(おそらくは Philips 傘下になったタイミング?)、Mercury/Wing 廉価LP盤もヴァイナル盤でのリリースとなりました。そして他レーベル同様、シングル盤のみスチレン盤によるリリースが継続することになります。
推測: 3本線入りリリースと、Mercury/Wing レーベルとの関係
ここまでのあらゆる情報を、整理してみます。
Let’s put all the information we’ve seen so far into perspective.
Mercury は、米国メジャー/準メジャーレーベルの中で、最も早く(1950年頃)に射出成形スチレン製10インチLP盤を製造販売していましたが、10インチLPのフェードアウト、および12インチLPのプレスを RCA Victor や MGM に委託し、いったんスチレン盤ではなくなりました。
Mercury was one of the first major/quasi-major U.S. labels to produce injection-molded styrene LPs. Around when the 10-inch LPs faded out, Mercury’s styrene LPs also faded out — LP manufacturing was outsourced to RCA Victor and MGM.
1957年〜1958年は、全米で廉価盤リリースのブームが起こり、多数の小規模レーベルが誕生したほか、メジャーレーベルも廉価盤シリーズを次々登場させていました。この時期に、Mercury のスチレン製12インチLPが再び流通し始めました。
In 1957 and 1958, there was a boom in low-priced record releases in the U.S., and many small independent labels emerged. Major/quasi-major labels also introduced a low-priced series. During this period, Mercury’s styrene 12-inch LPs began to circulate again.
Mercury のスチレン盤のレーベルや裏ジャケに見られる3本線マークは、1958年6月に登場した廉価盤シリーズとしての Mercury/Wing レーベルのロゴの一部と同じでした。
The three-line mark (III) seen on the Mercury styrene LP label and back cover was identical to the part of the logo of the Mercury/Wing budget label, which appeared in June 1958.
Mercury/Wing レーベル復活とほぼ同時期に、Mercury は米 Deccaから Richmond プレス工場を買収、その後 1960年代を通して Mercury の主力プレス工場として使われることとなりました。最初期は圧縮成形ヴァイナル盤だったようでしたが、ほどなく廉価リリースは射出成形スチレン製となっていきました。
Around the same time that the Mercury/Wing label was reactivated, Mercury purchased Richmond plant from U.S. Decca, and the plant became Mercury’s main pressing plant throughout the 1960s. Mercury/Wing seemed to be manufactured on vinyl by compression molding in the beginning, but soon all Mercury’s low-priced releases were made of styrene by injection molding.
その Richmond プレス工場を所有していた U.S. Decca も、1950年代中頃〜1960年代初頭には、スチレン盤LPを(廉価盤としてではなく通常リリースとして)多数リリースしていたメジャーレーベルでした。
U.S. Decca, which previously owned the Richmond pressing plant, was also a major label that had released many styrene LPs (not as low-priced releases but as regular releases) from the mid-1960s to the early 1960s.
スチレン製LP盤を多く製造していた Mercury も、結局は1961年前後になるとスチレン製LPの製造がフェードアウトし、廉価LP盤もヴァイナル盤となりました。他の米レーベルでも、1960年代中頃までには、スチレンLPのリリースは終わりました。一方、45回転シングルの世界では、Mercury に限らず米国の多くのレーベルからスチレン製シングルが引き続きリリースされました。
Mercury, which also produced many styrene LPs, eventually faded out of styrene LP production around 1961, and its low-priced Mercury/Wing series also became vinyl version. Other U.S. labels also stopped releasing styrene LPs by the mid-1960s. In the world of 45 rpm singles on the other hand, many U.S. labels, not just Mercury, continued to release styrene 45rpms.
これらのことを総合的に考えるならば、非常に可能性の高い仮説として、以下のようなストーリーが考えられるでしょう。
If we consider all of these together, a very likely hypothesis would be something like the following story:
Mercury は、米メジャー/準メジャーレーベルの中では、最も早くスチレン製LP盤を製造したレーベルだった。それは1950年頃の10インチLPで、廉価盤としてではなく、レギュラーシリーズとしてヴァイナル盤と一緒に製造販売されていた。
Mercury was one of the earliest major/quasi-major U.S. labels to produce styrene LPs: Circa 1950, Mercury started releasing 10-inch styrene LPs, not as a low-priced releases, but as in the regular series along with vinylite versions.
U.S. Decca のスチレン製LP同様、Mercury のスチレン製LPにおいてもレーベル上に深溝 (DG) が確認できるため、当初は圧縮成形によるプレスではないかと考えた。しかし、レコードの縁(ふち)の処理などを精査することで、やはり射出成形で製造されたものと判断できる。一方、レーベルについては、接着剤で貼り付けるのではなく、圧縮成形のように加熱して圧着していた可能性が高いと考えられる。
Mercury’s styrene LPs have “deep groove” (DG) on the labels (as with the U.S. Decca styrene LPs), which initially led me to believe that they were pressed by compression molding. However, a closer examination of the records’ edge treatment and other factors led me to conclude that they were also manufactured by injection molding. On the other hand, it is highly likely that the label was heated and pressed as in compression molding, rather than being attached simply with adhesive.
このMercury初期スチレンLPは、12インチLPが主流となる1954年頃に一旦消滅した。時をほぼ同じくして、MercuryはレギュラーLPプレスを RCA Victor Indianapolis 工場、および MGM Custom Pressing Division (MGM Bloomfield) 工場に委託するようになった。
These early Mercury styrene LPs died out around 1954, when 12-inch LPs became the mainstream. At about the same time, Mercury started to outsource regular LP pressing both to the RCA Victor Indianapolis plant and the MGM Custom Pressiong Division (MGM Bloomfield) plant.
Mercury スチレン製LP(の裏ジャケやレーベル)に見られる3本線マークは、1958年6月に開始された Mercury/Wing 廉価盤シリーズのロゴの一部と同一である。
The three-line mark (III) found on Mercury’s styrene LP releases (on the back cover and the label) is identical to part of the logo of the Mercury/Wing low-priced series that began in June 1958.
よって、これらの3本線マーク入りの Mercury 盤は、その Mercury/Wing ロゴが誕生した1958年6月以降に製造された、旧作の廉価盤的扱いのものと考えるのが妥当である。
Therefore, it is reasonable to assume that these Mercury LPs with the three-line mark are the low-priced versions of the old Mercury titles, and were manufactured after June 1958, when the new Mercury/Wing logo debuted.
3本線マークや Mercury/Wing 廉価シリーズの登場とほぼ同時期、Mercury は(多くのスチレン製LPを製造していた U.S. Decca から)Richmond プレス工場を買収した。よって、同工場で Mercury 3本線スチレン盤や Mercury/Wing 廉価盤を自社製造した可能性が高いと考えられる。ただし、Decca のスチレン盤と Mercury のスチレン盤は特徴が異なることに注意が必要である。
Around the same time that the three-line mark (III) and Mercury/Wing low-priced series were introduced, Mercury acquired the Richmond pressing plant (from U.S. Decca, which had produced many styrene LPs). Therefore, it is highly likely that Mercury’s three-line mark styrene LPs as well as Mercury/Wing low-priced LPs were manufactured at the Richmond plant. However, it should be noted that the Decca’s styrene LPs and those of Mercury have different characteristics and may not have been manufactured in the same manner.
1958年からのMercuryスチレンLP製造の際、それまで RCA Victor Indianapolis 工場や MGM Bloomfield 工場にプレス委託していた際に使用されたメタルマザー(またはスタンパー)を引き取り、再利用していた可能性が非常に高い。これは、該当する盤のマトリクス情報から判断できる。また、スタンパー再利用は、スチレン採用と同様、原盤制作のコスト削減のためと考えられる。
When Mercury resumed styrene LP production in 1958, it is very likely that Mercury took over and reused the metal mothers (and/or stampers) that had been used when Mercury outsourced pressing to the RCA Victor Indianapolis plant and the MGM Bloomfield plant. This can be determined from the matrix information on the dead-wax area. In addition, as with the adoption of styrene, the reuse of stampers is thought to have been done in order to reduce the cost of mastering.
この1958年頃のスチレン製LPのデッドワックスには、特徴的な手書き「FF-S」が書き込まれており、この末尾の「-S」がスチレン盤を表している可能性が高い。
The distinctive handwritten “FF-S” is scrawled on the dead wax area of these 1958 styrene LPs, and the trailing “-S” most likely indicates a styrene-made record.
Mercury/Wing 廉価盤シリーズとして MGW-12100番台を新たに制作し1958年6月からリリースする一方で、Mercury や EmArcy の旧作LPをそのままスチレン盤として作り直し3本線入りで廉価再発されていたと思われる。そのことから、3本線マーク入りの Mercury 廉価再発は、Mercury/Wing 廉価シリーズ拡充までのつなぎとして出された可能性も考えられる。事実、3本線マーク入りスチレンLPは、1958年以前のタイトル、しかもモノーラル盤に限られている。
It is highly possible that the company newly produced and released MGW-12100 series (since June 1958) as a low-priced Mercury/Wing series, while at the same time, reissued old Mercury and EmArcy LPs as styrene records with three-line marks as another low-priced releases. It also possibly is that the Mercury reissues with the three-line marks were intended as a bridge until the low-priced Mercury/Wing series was expanded. In fact, the three-line marked styrene LPs are limited to pre-1958 titles, all in monaural only.
例外1)
3本線マークなしスチレン盤の MG-20152 や MG-36070 については、Mercury/Wing 廉価シリーズ登場前(つまり Mercury/Wing 新ロゴ決定前)に試験的に製造された可能性がある。
Exception 1)
the MG-20152 and MG-36070, without the three-line marks but made of styrene, might have been manufactured on a trial basis before the introduction of the Mercury/Wing low-priced series (i.e. before the Mercury/Wing logo was designed).
例外2)
3本線マーク入りヴァイナル盤の MG-20056 や MG-20325 については、Mercury/Wing MGW-12100 初期のタイトルもヴァイナル盤であることから、廉価リリースは一貫して射出成形スチレン盤で製造する、という決定がなされるまでの間、どのように製造コストを削減して廉価盤シリーズを出すか、試行錯誤の中で製造された可能性がある。
Exception 2)
the MG-20056 and MG-20325, with the three-line marks but made of vinyl, might have been manufactured through a process of trial and error, until Mercury decided to manufacture injection-molded styrene LPs consistently for low-priced releases. As a matter of fact, some early titles in the Mercury/Wing MGW-12100 series were also made of vinyl.
1961年前後から、Mercury/Wing 廉価シリーズもスチレン盤ではなくヴァイナル盤に切り替わったようであり、MercuryのスチレンLP製造がこの頃終わったと考えられるが、これは今後さらに調査するつもりである。
It also seems that the Mercury/Wing low-priced series switched to vinyl instead of styrene around 1961 — which would indicate that Mercury’s styrene LP production ended around this time, but I think I’ll need to investigate this much further in the future.
おわりに
中古レコード、特にヴィンテージ盤と呼ばれる世界において、誰がラッカーをカッティングしたか、プレス工場がどこか、という調査は、通常「真正ファーストプレスと呼ぶにふさわしい盤はどれか」の探求に伴って行われることが多いでしょう。
In the world of used records, especially in the world of what we call “vintage vinyl records”, researches into who cut the lacquers and where the pressing plant was located will usually be accompanied by a quest to find out which vinyl is worthy of being called a genuine first pressing.
しかし今回は、そういったヴィンテージ盤の評価とはまったく異なるベクトルの、廉価盤製造工程やその歴史を調べる、という流れからの調査となりました。
This time, however, I started my research from a completely different vector from such an evaluation of vintage vinyl records: to investigate the manufacturing process and the history of low-priced “budget” releases.
ほとんどのレコードコレクターの方々が全く興味がないであろう、そして誰も気にもしないであろう(笑)、そういった新規性のある調査ができたことは、とても楽しかったです。なにより、例の EQ カーブの歴史探求 同様、とても多くの新しい知見を得ることができました。
For me, it was a lot of fun to do that kind of novelty research that most record collectors would not be interested in at all, and that no one would even care about 🙂 Above of all, I gained so many new insights as well as “that” historical exploration of the EQ curves.
というわけで、Mercury の射出成形スチレン盤に関する探訪は、これにておしまいです。次は、いいかげんに EQ カーブ連載記事の最終回(まとめ)を書かないといけませんね…
So, that concludes my exploration of Mercury’s injection molded styrene records. Next, I must write the final summary of the EQ Curve series of articles…