“Gruve-Gard” and “Rim-Drive” (T-Rim)

7インチ、10インチ、12インチ。33⅓rpm、45rpm、(ごく一部78rpmも)。我々が手にするレコードのほとんどは、いわゆる「マイクログルーヴレコード」(または「ファイングルーヴレコード」)と呼ばれるものです。

このレコードには、当然ながら、さまざまな規格が関わっています。録音再生特性 にまつわるあれこれもそうですが、レコードの直径、センターホールの大きさ、レコードの反りの許容範囲、音源がカッティングされる最内周の最小半径、溝の形状、レーベルの大きさ、その他あらゆる側面が標準化されています。

1940年代末にマイクログルーヴレコードが登場してからしばらくはレーベルや工場ごとにバラバラだったこれらの特性ですが、それぞれの国で徐々に標準規格化が進み、そして最終的には国際的に統一されていきました。

45/45 ステレオレコードが登場して数年経った頃、1960年代初頭には、ほぼ全ての国で実質的に同等の規格が採用されることとなりました。

例えば 音溝の断面形状・寸法 などは RIAA Dimensional Standards (Bulletin E4) という標準規格で定義されており、民生用レコードにおいては、溝の夾角が90°±5°、溝底半径が最大 0.00025インチ(0.006mm)、溝幅が最低 0.001インチ(0.025mm)、とされています。

一方、レコード自体の形状については、1948年に Columbia が LP をデビューさせてしばらくの間は、従来の78回転盤と同様に、完全にフラットな面を持つマイクログルーヴレコードが大半でした。

しかし、多くの方がご存知の通り、現在製造され流通している盤のほとんどは、断面が完全にフラットではありません。音楽が記録されたエリアに比べて、レコード最外周の「リードイングルーヴ」部分とレーベル部分が厚くなっています。通称「グルーヴガード」と呼ばれるものです。

また、1949年に RCA Victor が発表した、通称「ドーナツ盤」と呼ばれる7インチ45回転盤は、レーベル部分のみが厚くなっています。これは、元々オートチェンジャーでのスタックを念頭に設計されていたためです。

この レコードの断面形状 についても、RIAA Dimensional Characteristics によって規格化されています。

今回は、この「グルーヴガード」について、歴史的経緯を追ってみることにします。

Mar. 1953: U.S. Patent 2,631,859 “Phonograph Record” by Allan R. Ellsworth

1949年7月30日、ある文書が特許申請のため提出されました。

特許申請人は Allan R. Ellsworth 氏で、当時はハリウッドを拠点とするレーベルおよびプレス工場 Tempo Records のチーフエンジニアを勤めていました。Ellsworth 氏は、のちに Research Craft プレス工場 の社長、およびゼネラルマネージャを務めることになります。

その Ellsworth 氏が提出した特許「2,631,859 “Phonograph Record”」は、まさに「グルーヴガード」に関するものでした。そして本特許は 1953年3月17日 に登録されました。

US Patent 2,631,859A “Phonograph Record” by Allan R. Ellsworth

source: US2631859A “Phonograph Record” (Google Patents)

特許文書の冒頭では、「オートチェンジャーではレコードがスタックされ、レコード同士の接触により音溝部分の損傷を招く可能性がある」、「そのため、レコード総面積の大部分を占めるデリケートな音溝部分の厚みを減らすことで、傷などがつかないようにする」、「一方、最外周のリードイングルーヴ部分を厚くすることで、ターンテーブルとの摩擦を高め、スリップを防ぐ」、など、本発明の目的が記されています。

同時に、非常に興味深い目的も記されています。それは、「標準的な寸法のレコードを製造する際に必要な原材料を削減する」というものです。つまり、リードイン部分とレーベル部分を厚くする、というよりは、音源が記録された音溝部分を薄くする、という方が正確ということになります。

つまり、消費者向けのアピールとして「レコードの音溝部分を保護する」というメリットが強調される一方、レーベルやプレス工場など製造サイドにとっては、「レコード製造に必要な原材料の量を削減できる」という点が非常に魅力的に感じられる発明、ということになります。

恐らくは、この後者のメリット(原材料を削減できる)があったからこそ、1950年代中頃にあっという間にグルーヴガード盤がスタンダードになったのだと想像されます。

Jun. 1954: Ellsworth’s Patent, applied for reissue

翌年の 1954年6月28日、Ellsworth 氏は上記の特許(2,631,859)の改訂版を提出します。末尾に以下の1パラグラフが追加されたものです。

3. A phonograph record of disc configuration having an inner portion substantially centrally of the record, a peripheral outer portion, and a record groove portion there between, the groove portion having a thickness less than that of said inner and outer portions; the outer portion having a thickness at least as great as that of said inner portion, the entire record lying within two parallel planes defined by the width of said peripheral outer portion, the outer portion having an area adequate to provide substantially sufficient frictional torque to eliminate slippage; the groove portion being connected to the peripheral portion by a convex surface, in which surface there is a starting spiral groove forming a gradual, smooth continuation of the record groove.

3. ディスク形状の蓄音機レコードであり、レコードの実質的に中央の内側部分、周縁の外側部分、その間のレコード溝部分を有し、溝部分は、上記内側部分と外側部分の厚さよりも薄いレコードである。外側部分は、少なくとも上記内側部分と同じ厚さを有し、レコード全体は、上記周縁外側部分の幅によって規定される2つの並行な平面内に横たわり、外側部分は、滑りをなくすために実質的に十分な摩擦トルクを与えるのに十分な面積を有し、溝部分は、レコード溝の緩やかで滑らかな連続を形成する開始螺旋溝が表面にある外側部分の凸面に接続される。

Re. 23946 “Phonograph Record”, A.R. Ellsworth

そして当特許は 1955年2月15日 に「Re. 23,946 “Phonograph Record”」として登録されました。

Sep. 1954: RCA Victor’s “Gruve-Gard”

Ellsworth 氏の特許「2,631,859 “Phonograph Record”」登録から1年半後、そしてその改訂版の審査の最中、RCA Victor がアクションを起こします。

Sep. 11, 1954: “RCA to Offer Other Firms ‘Gruve-Gard’”

Billboard 誌 1954年9月11日号 に掲載されたのは「RCA to Offer Other Firms ‘Gruve-Gard’」という記事でした。

記事によると、RCA Victor レコード部門による独自開発とされ、上述の Ellsworth 氏の特許については一切触れられていません。

Ellsworth 氏の特許の存在を知らずにたまたまほぼ同等の技術を開発したのか、知ってはいたがうまく特許を侵害しないように回避した技術だったのか、恐らくは後者であろうと思われます。

NEW YORK, Sept. 4. — RCA Victor next week will offer other manufacturers the use of its new technical deevelopment, “Gruve-Gard,” designed to protect record grooves from abrasion hazards.

ニューヨーク、9月4日 — RCA Victor は来週、レコードの溝を摩耗の危険から守るために開発した新しい技術「Gruve-Gard」の使用を他のメーカーに提供する。

The offer will be made at a special meeting of record company executives Thursday (9). Invitations were wired by Manie Sacks, Victor Chief.

このオファーは、木曜日(9日)に開催されるレコード会社重役の特別会合で行われる。招待状は Victor チーフの Manie Sacks から送られた。

“Gruve-Gard,” featured on all new Victor LP’s, consists of a slightly raised rim and center. The playing surfaces are thus protected when records are stacked on changing mechanisms or inserted in sleeves.

「Gruve-Gard」は、Victor のすべての新譜LPに採用されているもので、リムとセンターがわずかに盛り上がっている。このため、レコードをレコードチェンジャーに積み重ねる際やスリーブから出し入れする際に、演奏面が保護されるというものである。

“RCA to Offer Other Firms ‘Gruve-Gard’”, The Billboard, Sep. 11, 1954, p.19

Sep. 18, 1954: “Industry Studies RCA Gruve-Gard Use Offer”

更に翌週、Billboard 誌 1954年9月18日号 には、「Industry Studies RCA Gruve-Gard Use Offer」という記事が掲載されました。

なんと、他レーベル/他プレス工場に対して、Gruve-Gard 技術をロイヤリティフリーで提供する というのです。Ellsworth 氏の特許を回避しつつ(とは記事中では書かれていませんが)、同様の技術をライバルたちに無償で技術使用許可する、というものです。

Industry Studies RCA Gruve-Gard Use Offer

source: The Billboard, Sep. 18, 1954, p.11 & 19.

NEW YORK, Sept. 11 — Major manufacturers have taken under advisement and study RCA Victor’s offer of the license-free use of its new technical development Gruve-Gard. Engineering details of the development, aimed at protecting the playing surfaces of LP’s, were made known by Victor to its competitors at a special meeting Thursday (9).

ニューヨーク、9月11日 — 主要メーカは、RCA Victor からの新しい技術開発、Gruve-Gard のライセンスフリー使用の申し出を受け、検討を行っている。LP の再生面の保護を目的としたこの開発の技術的詳細は、木曜日(9日)の特別会合で Victor から競合他社に知らされた。

Gruve-Gard, featured on all new Victor LP’s beginning with the September release already shipped, will also be incorporated on future Bluebird, Label “X” and Camden LP’s. It is also being made available to independents who use Victor’s custom pressing facilities.

この Gruve-Gard は、すでに出荷済の Victor 9月新譜LPすべてに採用され、今後は(傍系レーベルである)Bluebird、“X”、Camden の LP にも採用される予定である。また、Victor のカスタムプレス設備を利用する独立レーベルにも提供される。

“RCA to Offer Other Firms ‘Gruve-Gard’”, The Billboard, Sep. 18, 1954, p.11 & 19

「音溝の保護」と「製造時のコスト削減」という2つのメリットについても触れられています。

The development, first reported in The Billboard, consists of a raised rim and center, with the playing surface somewhat thinner than on conventional LP’s. The playing surface is thereby protected from abrasion when stacked on record changers or inserted in sleeves.

The Billboard 誌で最初に報告された本開発は、(レコードの最外周部分の)リムと(レーベル部分の)センターが盛り上がっており、(音溝が記録されたメインの)演奏面は従来のLPに比べいくぶん薄くなっている。これにより、レコードチェンジャーに積み重ねる際やスリーブから出し入れしたりする際に、再生面が摩耗しないように保護される。

Certain manufacturing economies will also be achieved. Molding rejects due to “unfills” and “blisters” will be fewer due to the new specifications, Victor engineers state.

製造時の一定の経済性も達成されることになる。Victor のエンジニアの述べるところによれば、この新しい仕様により、凹みや気泡などの製造不良を減らすことができるとのことである。

“RCA to Offer Other Firms ‘Gruve-Gard’”, The Billboard, Sep. 18, 1954, p.11 & 19

また、Capitol、Decca、Columbia の状況についても説明があり、メジャーレーベルがグルーヴガード盤製造に向けて動きだした様子が描かれています。

Columbia については、インジェクションモールド式プレスにおいてグルーヴガード盤を製造するために追加調査研究が必要かも、という話もでてきます。

恐らくは、Ellsworth 氏の特許に触発されて、RCA Victor や Columbia そして Capitol が(Ellsworth 氏の特許に抵触しないかたちで)同等の技術開発を行っていた、ということなのでしょう。

Capitol Records, it was learned, has been working on a project similar to Gruve-Gard for more than a year. Engineering tests have been made, and the diskery has turned out some custom work featuring their own development. Opinion at Capitol is that they will eventually adopt Gruve-Gard or a similar technique for all LP’s.

Capitol が、Gruve-Gard と同様のプロジェクトに1年以上取り組んでいることが判明した。技術的なテストが行われ、同社が独自開発した技術もすでにある。Capitol の意見では、最終的に同社の全LPに Gruve-Gard ないしは同様の技術を採用することになるだろうとのことである。

Decca has turned over the technical data on Gruve-Gard to its engineering department where it is now being studied. A spokesman said the method will be adopted if it is proved an improvement after tests are made.

Decca は Gruve-Gard の技術データを同社技術部門に引き渡し、現在研究中である。広報担当者によると、テストの結果改善効果が証明されれば、この方法が採用されるとのことである。

Columbia has also taken the manufacturing technique under advisement. In Columbia’s case, its use of injection molding rather than traditional compression molding for some of its LP output may call for special study in connection with Gruve-Gard.

また Columbia は製造技術についても検討を行っている。Columbia の場合、一部のLPにおいて従来の圧縮成形ではなく射出成形を採用しているため、Gruve-Gard との関連で特別な研究が必要となる可能性がある。

“RCA to Offer Other Firms ‘Gruve-Gard’”, The Billboard, Sep. 18, 1954, p.11 & 19

本記事の最後ではさらに、RIAA が Gruve-Gard を競合他社にロイヤリティフリーで提供することに賛辞を送っています。

RIAA Praise
Following Thursday’s meeting John Griffin, executive secretary of the Record Industry Association of America, lauded Victor’s offer to the industry with the following statement:

RIAA が賞賛
木曜日の会合後、RIAA 事務局長 John Griffin 氏は、業界への Victor の申し出を賞賛し、次のように述べた:

“The management of the RCA Victor record division should certainly be congratulated on the accomplishments of its engineering department in developing a practical means for protecting the delicate surfaces of long-playing reords.”

「RCA Victor レコード部門の経営陣は、同社技術部門がLPレコードのデリケートな記録面を保護する実用的な手段を開発した功績について、間違いなく祝福されるべきである。」

“Of equal and most significant importance is the decision of RCA Victor to make this engineering advance available for use by all other record manufacturers on a royalty-free basis.”

「それと同様に、かつ、最も重要なのは、RCA Victor がこの技術的進歩を、他の全てのレコードメーカがロイヤリティフリーで使用できるようにする、という決定を下したことである。」

“The RIAA was organized three years ago for the principal purpose of fostering in lawful and appropriate ways good relations between all segments of the phonograph record industry, and it seems to me that this fair and far-sighted decision on the part of RCA Victor is a most conspicuous example of effective cooperation on the part of a leading member of our association.”

「RIAA は、レコード業界のすべてのセグメント間の良好な関係を合法的かつ適切な方法で促進することを主目的として3年前に組織された。RCA Victor によるこの公正で浅見の名のある決定は、当協会の主要メンバの効果的な協力、その最も顕著な例であると思われる。」

“RCA to Offer Other Firms ‘Gruve-Gard’”, The Billboard, Sep. 18, 1954, p.11 & 19

RCA + Columbia + Decca + Capitol + Mercury のメジャー5社の影響力が強かったであろう RIAA のこのコメントを、グルーヴガード技術で先んじて特許取得していた Ellsworth 氏と Tempo Records(または Research Craft プレス工場)は、当時どのように受け止めたのでしょうか、気になるところです。

1954年9月頃から製造された RCA Victor の LP の裏ジャケットには「Gruve/Gard」のロゴと説明が印刷されています。

RCA Victor “Gruve/Gard”

Notice on this long play record a new raised center and outer edge which is an RCA Victor improvement designed to help protect the playing surface of the record from abrasion, scratches, and any contact with other records. This important new feature will give you hours of additional pleasure from your RCA Victor records.
この新しい長時間レコードの中央部と外側のエッジが盛り上がっていることに気づかれたでしょうか。これは RCA Victor による改良で、レコードの再生面を摩耗や傷、他のレコードとの接触から保護するために設計されたものです。この重要な新機能により、RCA Victor のレコードをいつまでもお楽しみいただけます。

そして、Gruve/Gard 採用のタイミングとほぼ同時期から、レーベル上の Nipper Dog がカラー印刷になった、とされています。

また、クラシックのみ RCA Victor の Indianapolis 工場にプレス委託していた Mercury ですが、1955年1月頃からジャズやポピュラーの RCA プレス委託も開始します。

ちょうど EmArcy レーベルでいわゆる「銀縁」(Silver Rim)になるのがこのタイミングで、銀縁からグルーヴガード盤となります。つまり、銀縁は Gruve-Gard 盤であることを分かりやすく表したものと言えるのかもしれません。

EmArcy MG-26046 “Big Drummer w/ Silver Rim”

“Introducing Joe Gordon” (EmArcy MG-26046, 1955)
当初は自社プレスだった EmArcy が、RCA Victor Indianapolis 工場への委託プレスを開始した際の最初の盤の1枚。12インチの MG-36000 もこの最初期に登場、共に Silver Rim 付レーベル。

Jun. 1955: “Engineering in the RCA Victor Record Division”

RCA Victor 社内エンジニア向けの技術紀要の創刊号、RCA Engineer 1955年6/7月号 の技術解説記事の中でも、Gruve-Gard について触れている箇所があります。

RCA Victor レコード部門における1955年当時の技術概要を解説した「Engineering In The RCA Victor Record Division」というその解説記事は、レコード部門の当時のトップだった H.I. Reskind 氏によって執筆されたものです。

H.I. Reiskind, Chief Engineer, RCA Victor Record Division

H.I. Reiskind, Chief Engineer, RCA Victor Record Division
source: RCA Engineer, Vol. 1, No. 1, June-July, 1955, p.48

録音部門における技術、メタルマスターやスタンパー製造の技術、レコード製造時の原材料となる熱可塑性成形材料の技術、プレス時の技術、それらの各工程で使用される機械・機材開発の技術などについて平易に解説されたあと、(1955年当時として)近年の開発成果を紹介するなかで「Gruve/Gard」が登場します。

The Gruve/Gard design has materially improved the long play record by reducing susceptibility to surface scuffing. The selection of the final contour and the reduction to practice of this design involved molding tests, the redesign of press tools, the development of methods of forming the stamper, a warpage evaluation, and field testing to assure that operation on changers would be satisfactory. At some point in the work, each group in the laboratory was involved.

Gruve/Gard の設計により、レコード表面のこすれの影響を受けにくくすることで、LPレコードを大幅に改善した。最終的な輪郭の選定、および本設計の実用化のために、成形テスト、プレス用機械の再設計、スタンパー成形方法の開発、反りの評価、レコードチェンジャーでの動作が満足いくことを保証するための実機テストなどが行われた。本設計開発のある時点においては、(レコード部門の)研究所の各グループが関与していた。

“Engineering in the RCA Victor Record Division”, RCA Engineer, Vol. 1, No. 1, June-July, 1955, p.48

Oct. 22, 1955: “Sunken-Faced LP Becoming Disk Standard”

RCA Victor が Gruve-Gard を開発し、競合他社にロイヤリティフリーで技術供与を発表してから1年後、The Billboard 1955年10月22日号 では「グルーヴガード盤が業界標準となってきている」という記事を掲載しています。

記事のタイトルが「Raised-Faced LP」(盛り上がった面のLP)ではなく、「Sunken-Faced LP」(沈んだ面のLP)であることは、ユーザのメリットよりも製造側のメリットを強調していると言え、これはいかにも業界誌 The Billboard らしい視点であると言えそうです。

NEW YORK, Oct. 15. — LP’s with raised rims and label areas, essentially similar to RCA Victor’s Gruve-Gard development, now appear more likely to become an eventual industry standard both here and abroad.

ニューヨーク、10月15日 — RCA Victor が開発した Gruve-Gard と本質的に類似した、縁とレーベル部分が盛り上がったLPは、いまや国内外を問わず、最終的な業界標準になる可能性が高いようだ。

Victor introduced the process a year ago, and all releases since from the company feature Gruve-Gard. It’s prime function is to preclude abrasion of LP playing surfaces, particularly during shipment.

Victor は 1年前にこのプロセスを導入して以来、同社からリリースされた全ての盤で Gruve-Gard が採用されている。その主な昨日は、特に輸送中に LP の再生面が摩耗するのを防ぐことである。

Capitol, which long had experimented with a similar development, has issued many LP’s with the feature. Columbia is now beginning to release such platters and is gradually shifting production to the new process. A slightly different contour is used in each case.

Capitol も長年に渡り、同様の開発を試みており、この機能を備えた LP を数多くリリースしている。Columbia は現在、同様の盤をリリースし始めており、徐々に新しい製法に生産移行しているところである。この両者では(RCA Victor の Gruve-Gard とは)微妙に異なる輪郭が使われている。

Also, some LP’s pressed in England by Electric & Musical Industries and released here by Angel Records also sport raised edges. More will be coming thru, it is reported.

また、英国の Electric & Musical Industries (EMI) 社でプレスされ、我が国では Angel Records から販売されている LP の中にも、エッジが盛り上がっているものがある。今後も(グルーヴガード盤が)続々と発売される予定とのことである。

“Sunken-Faced LP Becoming Disk Standard”, The Billboard, Oct. 22, 1955, p.16 & 18

恐らくは、Ellsworth 氏の特許に書かれた内容(特に最外周の断面形状)とは微妙に違う形状にすることで、RCA Victor を含め他社が同様の目的のグルーヴガード盤製造技術を生み出したのでしょう。

一方、記事タイトルが「Sunken-Faced LP」であるにも関わらず、「原材料削減やコスト節約にはあまり寄与しない」という現場の意見が掲載された最後のパラグラフ、ここは非常に興味深いところです。

Altho the new process permits the used of less material in the production of a vinyl platter, manufacturers state the difference is so slight that no appreciable savings in cost is realized.

この新しい製法により、レコード盤製造に使用する材料を少なくすることができるが、各製造メーカによると、その差はごくわずかであり、コストの節約にはならないとのことである。

“Sunken-Faced LP Becoming Disk Standard”, The Billboard, Oct. 22, 1955, p.16 & 18

Oct. 1956: Research Craft’s “Rim-Drive”

さらに1年後の1956年10月、Ellsworth 氏の名前がついに Billboard 誌面に登場します。

RCA Victor の Gruve-Gard 発表の1年前に特許取得していたにも関わらず、Gruve-Gard の類似技術として紹介されているのが、メジャーレーベルに優しい?贔屓目?の業界誌なのかしら、と思ってしまったりします(笑)

Oct. 20, 1956: “‘Rim-Drive’ Unveils New Disk Process”

まず、The Billboard 1956年10月20日号 に、Ellsworth 氏が社長を務める Research Craft 社が、新たな技術を開発した、という記事が掲載されます。

当時 Research Craft 社に委託プレスしていた独立系レーベル、BethlehemKeyRiversideChapel などの名前が登場します。

HOLLYWOOD — A new “Rim-Drive” record process, designed to prevent turntable slippage, thereby cutting down on speed-variation and breakage, has been perfected by Research Craft Company here and will be utilized by Capitol and labels for which Research presses, including Bethlehem, Key, Riverside, Chapel and others.

ハリウッド発 — ターンテーブルのスリップを防止し、速度変動と破損を提言させるよう設計された、新しい「Rim-Drive」レコード製法が、ここ Research Craft 社によって完成され、Capitol で使用されることとなったほか、Research Craft 社がプレスを担当する Bethlehem、Key、Riverside、Chapel などの(独立系)レーベルでも使用される。

The first record mass-produced under the new process is Key’s new LP “Jazz, Highway 20,” by the Joe Howard Trio. The patented “Rim-Drive,” invented by Research prexy, Allan R. Ellsworth, features an elevated outer rim.

この新製法で量産される最初のレコードは、Key レーベルの新譜LP「Jazz, Highway 20」(Joe Howard Trio)である。特許を取得した「Rim Drive」は、Research Craft 社の社長である Allan R. Ellswirth 氏によって発明され、レコードの外縁が盛り上がっているのが特徴である。

“‘Rim-Drive’ Unveils New Disk Process”, The Billboard, Oct. 20, 1956, p.20

確かに、当時の Riverside LP のデッドワックス部分には「US PAT # RE 23,946」「GB PAT # 713,418」という刻印があります。前者は元々の特許 2,631,859 の改訂版 Re. 23,946 を、後者は同等の英国特許 713,418 を、それぞれ指します。

US PAT # RE 23,946 / GB PAT # 713,418 (Riverside S-3)

“Riverside Modern Jazz Sampler” (Riverside S-3)
デッドワックスに「US PAT # RE 23,946」「GB PAT # 713,418」の刻印が確認できる

現物は所有していませんが、Pacific Jazz レーベルの 78回転盤「Stairway to the Stars c/w Speak Low / Laurindo Almeida Quartet (Pacific Jazz 620, 1955)」や Astrology レーベルの「You Are Aquarius! c/w January Sanctuary / Paul Page (Astrology 11, 1954)」のデッドワックスにも「RESEARCH CRAFT, NON SLIP, PAT #2,631,859」という刻印があるそうです。つまり、これらは Research Craft でプレスされた盤ということになりそうです。

記事に戻ると、「レコードが軽量になり、流通時の送料を節約できる」「必要な原材料を少なくできる」ことが強調されて書かれています。

LP pressings stamped by the process weigh from 4 3/4 ounces to 5 1/4 ounces, as compared to 6 1/4-7 1/2 ounces in conventional microgroove disks. Research claims distributor will save a pound in shipping charges on every seven or eight LP’s. Price-wise, Research claims the process is compatible with other pressing process charges, since “less vinylite per record is required under the “Rim-Drive” process.

この製法でプレスされたLP盤の重量は、従来のマイクログルーヴ盤の 6¼オンス(約177g)〜7½オンス(約213g)と比較して、4¾オンス(約135g)〜5¼オンス(約149g)である。Research Craft 社によれば、販売業社は LP 7〜8枚につき1ポンド(454g)分の送料を節約できることになるという。また同社は、Rim-Drive 製法ではレコード1枚あたりの製造に必要なヴィニライトが少なくて済むため、費用面でも他の製造プロセスと十分に対抗できる、と主張している。

“‘Rim-Drive’ Unveils New Disk Process”, The Billboard, Oct. 20, 1956, p.20

Oct. 27, 1956: “Cap Gets Rights To Ellsworth’s Rim-Dr. Process”

翌週の The Billboard 1956年10月27日号 では、Capitol が Ellsworth 氏の「Rim-Drive」特許について、その独占権を獲得した、というニュースが報道されています。

Cap Gets Rights To Ellsworth’s Rim-Dr. Process

Capitol が Ellsworth 氏の Rim-Drive 製法の権利を取得

Hollywood — Capitol Records have exclusive rights to the patented Rim-Drive process (The Billboard, October 20) developed by Al Ellsworth, president of Research Craft, Inc., with the company planning a merchandising campaign to exploit the process.

ハリウッド発 — Capitol Records は、Research Craft 社の Al Ellsworth 社長が開発した特許取得済の Rim-Drive 製法(10月20日号を参照)の独占権を獲得、同社はこの製法を利用した販売促進キャンペーンを計画している。

In use on Capitol’s LP’s for almost a year, the firm purchased the rights from Ellsworth, with the latter retaining the inventor’s right to manufacture under the patent. New process, tho similar to RCA Victor’s Gruve-Gard, differs in that the outer edge of a record is higher than the enter hole.

Capitol 社は、同社の LP 製造でほぼ1年間(Rim-Drive 製法を)使用したのち Ellsworth 氏から権利を購入したが、Ellsworth は特許に基づく製造の発明者の権利を引き続き有している。新しい製法は、RCA Victor の Gruve-Gard に似ているが、レコードの外周の厚みがセンターホール(レーベル面)より厚みがある、という点で異なっている。

Capitol 社はこの製法を「トルク・リム」を略した「T-Rim」と命名し、この名称を業界および購買層向け広告に使用する予定である。

“Cap Gets Rights To Ellsworth’s Rim-Dr. Process”, The Billboard, Oct. 27, 1956, p.24

この書かれ方から想像するに、やはり、RCA Victor の Gruve-Gard 技術や Columbia の独自製法では、厚みや断面形状を微妙に変えることで、Ellsworth 氏の Rim-Drive 特許侵害を回避していたであろうことが伺えます。

それにしても、なぜプレス工場も複数所有していたメジャーレーベル Capitol が、RCA Victor や Columbia のように、独自開発のグルーヴガード盤製法を生み出せず、Research Craft 社の技術の独占権獲得に動いたのか、少し不思議に感じるところではあります。

もしかしたら、Gruve-Gard 発表の1年以上前から Capitol が独自開発していた、というのは、Ellsworth 氏との共同開発だった、ということなのかもしれませんね。

Capitol’s examples using Ellsworth’s Patent and “T-RIM”

1950年代当時の Capitol LP のレーベル面をみると、Ellsworth 氏特許由来の技術が使われた痕跡をみることができます。

1955年〜1956年頃のリリースでは、レーベル上のクレジットの下の方に「U.S. Pat. No. 2,631,859」と印刷されているものがあります。

“U.S. Pat. No. 2,631,859” (Capitol T-721)

“This Is Teagarden!” (Capitol T-721) Label Side-A
“U.S. Pat. No. 2,631,859” が印刷されている(印刷されてない T-721 も確認済)
“U.S. Pat. No. 2,631,859” printed on the label (I confirmed that some copies of T-721 didn’t have it printed)

Capitol が Ellsworth 氏特許の独占権を得て、さらに「T-Rim」と命名したのちは、レーベル外周部分に「T-RIM RECORD U.S. PAT. NO. 2,631,859」と印刷されるようになります。

“T-RIM RECORD U.S. PAT. NO. 2,631,859” (Capitol T-844)

“Four Freshmen and Five Saxophones” (Capitol T-844) Label Side-A
“T-RIM RECORD U.S. PAT. NO. 2,631,859” が印刷されている
“T-RIM RECORD U.S. PAT. NO. 2,631,859” printed on the label

「T-RIM」という名称はほどなく使われなくなりましたが、特許表記自体は、1960年代〜1970年代になっても続いたのは、みなさんご存知の通りです。

U.S. PAT. NO. 2,631,859 (Capitol 2490)

“Get Back c/w Don’t Let Me Down / The Beatles” (Apple/Capitol 2490)
1969年リリースのビートルズの45回転盤シングルにも当然 Ellsworth 由来の T-RIM 特許番号が印刷されている

Sep. 1957: RIAA Bulletin E2 “Dimensional Standards of Disc Phonograph Records”

グルーヴガード盤の製造があっという間に米国のレコード製造業界で浸透したことを受け、RIAA 技術委員会が新しい標準規格を策定し、1957年9月に承認されました。

それが「RIAA Bulletin E2 “Dimensional Standards of Disc Phonograph Records”」です。

The RIAA Engineering Committee (H.E. Roys, 1967)

source: “The RIAA Engineering Committee”, H.E. Roys, Audio Engineering Society 33rd Convention Preprint.

1958年の 45/45 ステレオ盤登場後、Bulletin E2 は改訂が行われ、「RIAA Bulletin E4 “Dimensional Standards of Disc Phonograph Records for Home Use”」として、1961年3月16日に承認されました。

これにより、米国レコード業界の標準規格として、グルーブガード盤の仕様が明確に定義されたことになります。

Aug. 1976: “Engineering and music at RCA Records”

RCA Victor 社内エンジニア向けの技術紀要 RCA Engineer 1976年10/11月号 に、RCA Victor レコード部門における過去のさまざまな技術を回顧する記事「Engineering and music at RCA Records」が掲載されており、ここでも Gruve/Gard について触れられています。

しかし、そこで強調されているのはなぜか、「レコード製造時の原材料の量を大幅に削減できる」という点であり、まるで1969年から RCA Victor のトレードマークとなった、あの賛否両論のペラペラなレコード、dynaflex のことと混同されて書かれているのかも、と思ってしまいます。

Another accomplishment then was a new record profile called “Gruve /Gard,” which reduced record weight from 185 to 135 grams. It was proposed by RCA Recording Manager Don Richter and developed by Record Engineer- ing to be accepted throughout the industry.

(ステレオレコードの開発、および、Philips カセットテープの原型となった RCA テープカートリッジの開発と並ぶ)さらなる成果は、レコードの質量を185グラムから135グラムにまで減らした「Gruve/Gard」と呼ばれる新しいレコードの仕様である。これは、RCA の録音マネージャであった Don Richter 氏が提案し、レコード技術部門によって開発されたものであり、業界全体に受け入れられることとなった。

“Engineering and music at RCA Records”, by J.F. Wells, RCA Engineer, Vol. 22, No. 3, October-November, 1976, p.4

Summary (So Far)

1953年に Ellsworth 氏が特許申請したものの、翌年に RCA Victor が特許回避した独自技術 Gruve-Gard を発表、ライセンスフリーで競合他社に技術公開したことで、グルーヴガード盤は1955年頃に米国で一気にデファクトスタンダードとなったことが分かりました。

Columbia や Decca などは、Gruve-Gard を参考にした上で、それぞれ独自技術を開発し、グルーヴガード盤を実現しました。恐らくは、その後登場した多くの独立系プレス工場でも、同様に Gruve-Gard を参考にしたり、RCA Victor の技術協力を受けることで、グルーヴガード製造技術を確立していったのでしょう。

一方で Capitol は、Ellsworth 氏の特許の独占的使用権を取得し、一時期は T-RIM という名称で使用していました。なぜ Capitol が独自開発のグルーヴガード盤製造技術を生み出さなかった(生み出せなかった)のか、は謎として残っています。ただ、Capitol が1953年より自社独自開発に取り組んでいた、と上の記事にありましたが、もしかすると Ellsworth 氏との共同研究だった可能性があり、そうすると Capitol が最終的に権利取得したのも頷けます。

そして1957年に RIAA Bulletin E2 として、グルーヴガード盤の仕様自体が標準規格となり、レコードの断面形状が厳格に定義され、今に至る、ということになりそうです。

Postscript

本記事を X (was: Twitter) 上で紹介したところ、Toru Nagata さんから、特許文脈での情報や推論をお寄せいただきましたので、以下に引用しておきます。

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